個人的な話です。
いくつか強烈に面白いなと思っているプログラミング言語があって、どれも興味を惹かれるのであっちを使ったりこっちを調べたり、と引っ張られています。
他にもいろんなツールを試したり、プログラミング以外にも音楽を作ったり絵を描いたり武道をやったりと興味を散らかしています。
それはそれで楽しいこともあって、多趣味と言われる度に密かに誇っていたりもします。
しかし、特に
- 選択肢が多すぎて迷うストレスが大きい
- それぞれにかけられる時間が少ない
というデメリットが大きく、またもう若いと言われる年齢ではなくなってきたので、「選択と集中をしていれば」とかなり焦っているのが現状です。
時間やタスク管理の手法を試したり、選択肢ごとのメリット・デメリットを書き出して比較してみたりしましたが、一向に改善されません。
一つの選択肢に集中できている人がうらやましく、こんな事なら選択肢を広げなければ良かった、誰かに選択を強制して欲しいとさえ思うことがあります。
扉をあけておく
そんな中、最近買って積んでいたダン・アリエリーの「予想どおりに不合理」をパラパラとめくっていました。
予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: ダンアリエリー,Dan Ariely,熊谷淳子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2013/08/23
- メディア: 文庫
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そしてタイトルがひっかかった9章「扉をあけておく なぜ選択の自由のせいで本来の目的からそれてしまうのか」を読んで、衝撃を受けました。まさに上の悩みに対する答えが書いてありました。
選択の自由の何がこれほどむずかしいのだろう。たとえ大きな犠牲を払ってでも、できるだけ多くの選択の扉をあけておかなければならない気がするのはなぜだろう。わたしたちは、なぜはっきりした態度をとることができないのだろう。
このような疑問を持った著者は、MITの学生を相手にゲームを使った実験をします。実験の内容は省きますが、実験中の選択肢は「扉」で表されます。(以下、この記事でも選択肢の意味で「扉」という言葉を使います)
その実験によると、
- 全ての扉をいつでも選べるなら合理的な行動を取れる
- 扉が消える(閉じる)可能性があると、消えないよう必死になるあまり、非常に不合理な行動を取ってしまう
- 扉を残す行動で損失があるようにしても、関係無く残そうとしてしまう
- それどころか、一度消えた扉が後で復活できる場合でも、損失に関わらず残そうとしてしまう
- 一部の協力者には何百回も練習してもらったが、(おそらく)改善は見られなかった
という驚くべき結果が得られたようです。
また、実験以外にも
- あまりにもゆっくり閉じる、価値のある扉を忘れてしまう
- 大きい扉を閉じるのは苦労する
- 同じくらい魅力のあるふたつの選択肢を閉じるのは最も難しい
なども言及されています。
著者自身の体験談も書かれています。今の大学にとどまるか別の大学に移るか悩み、慎重に吟味して考えを重ね、それらに心をすっかり奪われて研究に支障をきたすまでになったそうです。
扉をあけておかない
結局扉が閉じないように必死になるのは愚かなこと、しかしとびきり賢い人々もその愚かな行動を取ってしまう、ということがわかりました。
残念ながら、扉が閉じるのを我慢する方法は提案されていませんでした。しかしいくつか、自分の悩みに対する答えは得られました。
一つの扉に集中できている人たちがうらやましかったのですが、そういう人は他の扉が閉じるとは考えていないのかもしれません。または、集中している扉と比べて、開いたままにしておくほどの価値を他の扉に感じていないだけかもしれません。
私は友人と買い物や食事などに出かけると、決断の速さに驚かれることがよくあります。それなのに冒頭に挙げたことには延々と悩み続けます。振り返ってみると、前者ではそれぞれの扉の価値を、開けておこうとするほど感じてなかったのだと思います。
それぞれの選択肢を、一旦「閉じたくない扉」として意識してしまったら、もはや悩んでも無駄だと考えられます。むしろ比較して熟慮を重ねるほど泥沼に沈んでいくので、コイントスか何かで決めた方が良いかもしれません。
いたずらに「閉じたくない扉」を増やすのを避けて、今心の中にある扉、特によく考えると後からでも開けるものは、意識して閉じていきたいと思います。それが多分、ものすごく難しいのですが……
わたしたちは、扉をあけておきたいという不合理な衝動を抱えている。人間はそのようにできている。しかし、だからといって扉を閉じる努力などしないほうがいいというわけではない。(略) そのままにしておくと、ほんとうにあけておく扉からエネルギーと献身を吸いとってしまうし、わたしたちの気が変になってしまうからだ。