簡単に検索できる時代だからこそ、知識はますます必要
—— 今後、音声認識や人工知能がさらに発達していくと、社会が変化していくと思うのですが、この先、我々はどのように対応していくべきとお考えでしょうか?
野口悠紀雄(以下、野口) 仕事は全部人工知能に任せて、人間は何もしないで生きていけるようになれば、これほどすばらしいことはないですね。そういう仕組みができればユートピアそのものじゃないでしょうか。もちろんそうなるとは限らないので、将来は不確実だとしか言いようがありません。 ただ、人工知能によって、それまで人間がしていた仕事がどんどんなくなっていくのは間違いない。それに対応するためには、月並みな言い方ですが「労働力の流動化」が必要です。あるいは、企業が流動的にビジネスモデルを変えていかないといけない。
—— 社会も、企業も、個人も、変化に対して柔軟になるしかないというか、受け入れるしかないという。
野口 ただ私はもっと身近で、かつ緊急の問題として、『話すだけで書ける究極の文章法』にも書きましたが、教育の問題があると思います。
—— 本の中には、「漢字は書けなくても読めればいい」と書かれていましたね。
野口 これだけPCが普及して、「読めれば問題ない状態」になっているのですから、書き方は必要ないと思っています。
—— 学校教育はいまだに知識の暗記が中心だと思いますが、そういうのも必要なくなっていきますか?
野口 いえ。私は、覚えることは大変重要だと思っています。知識がないと新しいアイデアが出てきません。新しいアイデアはこれまであったアイデアの組み合わせで出てくるので、知識が多ければ多いほど新しいアイデアが生まれやすいのです。ですから、知識は非常に重要です。漢字にしても、書くことは必要ありませんが、読むことに関してはむしろ今までよりたくさん読めるようになる必要があります。
—— そうか。これからは、もっと知識が必要になるんですね。検索すればいいから、暗記はいらないという指摘に対してはどうですか?
つめこみ教育や受験はした方がいい
野口 いえ、そんなことはありませんよ。私はその意見に反対です。知識は今後、ますます必要になります。だからつめこみ教育をどんどんやるべきだと思っています。たとえば、歴史で“西暦何年に誰が何をやった”というたぐいのことは非常に重要です。
—— よく、「歴史は流れが大事だから年号は覚えなくてもいい」とか言われますよね。
野口 そんなことはありません(笑)。年号がわからなかったら、いつのことかわからないから流れもわからない。ヨーロッパで起こったことと日本で起こったことを比較するには、西暦の年号を覚えていないとできない。だから、今までどおりに語呂合わせで年号を覚えるのは非常に重要です。
—— なるほど。たしかにそうですね。
野口 ものをよく覚えられる年齢はある程度限られていますから、若い時にどんどんつめこみ教育をやるのは大事なことだと思います。
—— 受験とかで、がっちりと勉強するのはむしろいいことなんですね。
野口 もちろん。受験という機会があるから、つめこまざるを得ない。その期間につめこむ、ぎゅうぎゅうに。以前、創造力を伸ばそうと導入されたゆとり教育は、先生たちがサボるための口実にすぎなかったということが、もうはっきりしています。「創造力教育」とは、要するに何もしないということです。
—— もう一つ、うかがいたいのが、本の中で語学の話を書かれていましたが、自動翻訳が発達すると語学学習が必要なくなるのかもしれないなと思ったんですが、いかがですか?
野口 その意見には絶対に反対です。外国旅行をした時に「駅はどこにありますか?」と聞く程度の翻訳は、スマートフォンでできるようになってきていますし、精度を高めていってほしいと思います。でも、その国の文化や人々を理解しようと思ったら、自動翻訳では絶対にできません。ゲーテの『ファウスト』はドイツ語から英語に翻訳しただけで、価値を失ってしまう。ドイツ語で読まない限り、本当の価値はわからない。
音声検索の便利な使い方
—— 音声入力や人工知能の発達に対して、社会や教育は、変えるべき部分と変えるべきでない部分があるということですね。でもこれだけ音声入力が便利なものになったのに、意外とみんな使わないんですよね。前回も話しましたが、ぼくがいろんな人に「便利だよ」「使ってみなよ」と言っても、なかなか理解を得られないんですよ。
野口 それは、その人たちがキーボ―ド入力やフリック入力など、今の入力方法を習熟しているからです。これは一般に生じることで、ある技術に適応した人は、新しい技術が登場した時にそれに対応しようとしない。
—— パソコンが出た時もそうでしたよね。俺は手書きでいい、って。
野口 逆に、いま、キーボード入力やフリック入力に適応していない高齢者や、最初から新しい技術を使う若い世代は、今後、キーボード入力を跳び越えて、音声入力を使うようになるでしょう。こういう現象を「リープフロッグ(蛙跳び)現象」と言います。ITオンチだった人が、音声入力で検索ができるとわかったら、「今日の天気は?」とか、そのたぐいの検索を頻繁にやっている場合は多くあります。iPhoneのSiriを使えば、Googleの検索ウインドウを開かずに検索できるようになったので、かなり簡単です。
—— あぁ、音声入力のおかげで、検索を意識することがなくなったんですね。
野口 音声入力、および、セマンティック検索のおかげですね。単なるキーワード検索ではなくて、検索の意図を理解するようになってきている。それから私が非常に便利だと思っているのが、アラームです。「7時にアラーム」とか、「7時に起こして」と言うだけで、アラームを設定してくれます。これは非常に便利で、私は忘れそうなことがあると、必ず音声入力でアラーム設定をするようにしています。電車の時刻表や四則演算、西暦と和暦の変換も非常に便利です。
—— 換算計も便利ですよね。ぼくは為替もよくやりますね。「1000ドルを円で」とか。
野口 日経平均株価は頻繁に使います。「日経平均株価」と言うだけで、株価を表示してくれます。ただし、簡単に検索ができるのは、キーワードがわかっている単純な検索の場合だけですね。キーワードがわからないものをどうやって検索するか。本に詳しく書いていますが、そのテクニックは今後も必要だと思います。
将来、音声入力よりももっと便利なものができる?
—— 最後に、音声入力の今後についてうかがいたいのですが、ぼく自身、もともとコンピューターオタクで、キーボードマニアだったんですよ。それで、以前、仲間とキーボード談義をしていた時に、ぼくが「でも、よく考えると、キーボードって不自然だよね。100個くらいボタンがあるものをみんなが覚えて使う世の中が、長く続くとは思えないんだけど」と言ったら、仲間から猛反発を受けたんですよ。
野口 大局的歴史観からいえば、キーボードは不自然ですね。そういう意味で言えば、手で書くことだって不自然です。
—— そう言われてみればそうですね(笑)。で、野口先生は、本によると、昔から音声入力をお試しになっていたんですよね。
野口 そうです。かなり初期から試していましたが、どれもまだ実用には程遠かった。ようやくいま、スマートフォンで現実的になったなと実感します。
—— お使いの機種は、iPhoneですか?
野口 そうです。iPhoneはずっと前から使っていたのですが、当時持っていたiPhoneは古いものだったので、音声入力ができなかった。だから、最初はAndroidのスマートフォンで試して、音声入力のためにiPhone 6sを購入しました。6sでなくとも、OS5.1以降ならいけるはずです。
—— ぼくはAndroidなんですけど、どちらも音声入力の精度、そうとうよくなってきてますよね。
野口 Androidは検索には優れていて、単語の認識に関しては、ほぼ間違えることはありませんね。iPhoneのSiriは単語をしばしば間違えますが、文章を書くには優れています。現状は、単語はAndroid、文章はSiriがいいと思っています。ただ、これらはどちらも急速に改善されるでしょうね。
—— 将来はどうなるのかな。脳波で入力できるところまでいきたいですよね(笑)。
野口 それはそうです(笑)。まさに「直接入力」ですね。それができれば、さらに速く、楽に入力ができると思います。
(おわり)
構成/撮影:小林ぴじお
まるごと1冊音声入力で書いた初めての本!