​『デッドプール』 饒舌は孤独の裏返し

「クソ無責任ヒーロー」を主人公にしたティム・ミラー監督のヒット作『デッドプール』。強くて下世話で自己中心的なヒーローが活躍するアクション満載の本作で、伊藤聡さんはどこに注目したのでしょうか?

現在アメリカ映画において、スーパーヒーロー作品は広く支持される人気ジャンルのひとつとなった。マーベルコミックスのキャラクター「デッドプール」を主役に据えた本作は、ヒーロー映画としては低予算ながら(本年度全世界公開『X-MEN アポカリプス』の4分の1)*1、作品評価、興行成績ともに大成功。米国において過去に公開された全てのR指定作品(17歳未満の鑑賞に保護者の同伴が必要)のなかで最高の収益を記録する*2など、異例のヒットが続いている。自己中心的で無責任なヒーローというユーモラスな設定が、アメリカン・コメディの明るさと結びついた快作だ。

主人公は、若くして末期ガンを診断された元傭兵、ウェイド・ウィルソン。見知らぬ組織から、ガンの治療法があると持ちかけられた彼は、不審におもいつつもその申し出を受ける。治療によってウェイドはガンを完治させただけではなく、不死身の肉体を持つ超人に生まれ変わったが、副作用として全身の皮膚がただれ、異様な外見に変貌してしまう。くだんの組織は、人体実験を施した被験者を奴隷として扱う、犯罪的な集団であった。組織から逃亡した彼はマスクで顔を隠し、コスチュームを身にまとった「デッドプール」に変身した。彼の目的は、自分を怪物に変えた組織への復讐であった。

何の予備知識もなく映画を見に行った観客は、スクリーンから客席へ向かって 「ハロー!」と呼びかけてくる主人公に戸惑うだろう。原作コミックのデッドプールは、「自分がコミックの登場人物であることを知っているキャラクター」として描かれている。デッドプールはメタ的な視点と自己言及が特徴なのだ。これは映画にも取り入れられ、主人公はストーリーの途中でカメラを通して観客に語りかけ、この映画は予算が足りていない、これから音楽をかけよう、カメラは引きの画になってエンディングだ、などと身も蓋もない説明を始めてしまう。

昨今、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(’13)、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(’15)、米テレビドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(’13〜)などで見かけるようになった「第四の壁を破る」手法である(舞台に立つ役者が、客席の人びとを存在しないものとして芝居を進めるという基本的な約束事を破る行為。舞台と客席のあいだに存在する境界線を「第四の壁」と呼ぶ)。手法として流行化しつつある第四の壁破りだが、本作においては決して表層的な引用にとどまらず、デッドプールの人物造形と結びつきつつ効果をあげている。映画的ルールを壊しながら進むことの解放感。下品なジョークやマニアックな映画ネタなど、観客を笑わせる仕掛けにも事欠かない。しかし、第四の壁を破る演出は、主人公の孤独を表現するもっとも適切な方法として選択されているのではないか。

いっけん陽気で軽口を叩いてばかりいるように見えるデッドプールだが、彼の饒舌は孤独の裏返しである。人体実験でただれた皮膚を隠し、グロテスクな見た目を気にするあまり、かつての恋人へ会いに行く勇気を持てずに悶々とする主人公。デッドプールの多弁は、彼が社交的で健康な人物であることを意味しない。主人公が観客に向かってたわいもない冗談を連発するとき、伝わるのはむしろ間の持たなさである。物語の内側に、思いを伝える相手が見つけられない彼は、スクリーンの外側(観客)に話し相手を求めなくてはならない孤独な人物なのだ。

物語冒頭、敵の登場を待ちながら、デッドプールがひとりでお気に入りの曲を聴いている場面は印象的だ。音楽にあわせてラップをしたり、絵を描いたりしている覆面の男。まわりには誰もいない。観客のまなざしを感じた彼は、すぐさまカメラをのぞきこみ、くだらない話を始めてしまう。その姿だけで、彼の抱える孤独はたちどころに伝わり、観客は主人公に好感を持たずにはいられない。『デッドプール』がコメディ映画としてすぐれているのは、主人公に抜群のユーモアセンスと孤独を同時に与えることで生まれた陰影である。

第四の壁破りは、遅くとも1930年代にはすでに存在したが、この手法を取り入れた映画の登場人物には、孤独で愚かな男たちが数多くいたようにおもう。『アニー・ホール』(’77)で失った女性に未練を抱く主人公。『ハイ・フィデリティ』(’01)で恋人との同棲を解消された男。彼らはいい歳をして未熟で、女性には決まって愛想を尽かされてしまう。そして、一度しゃべりだすとなぜか止まらなくなる。孤独で愚かな主人公には、第四の壁を破って観客に向かって語りだす習性でもあるのだろうかと疑いたくなるほどだ。孤独な者にとって、ユーモアはほとんど唯一といっていい武器となり、生き抜くための道具となる。饒舌さの裏側にある孤独が、デッドプールを信頼できるヒーローたらしめているのだ。

*1 映画秘宝 2016年7月号(洋泉社) p6
*2 http://www.forbes.com/sites/scottmendelson/2016/0... なお、日本でのレイティングはR15+(15歳未満の映画館入場、鑑賞を禁止する指定)

『デッドプール』
公開日:2016年6月1日
劇場:TOHOシネマズ 日劇ほか全国ロードショー
監督:ティム・ミラー
出演:ライアン・レイノルズ、モリーナ・バッカリン、エド・スクライン、T.J.ミラー、ジーナ・カラーノ
配給:21世紀フォックス
© 2016 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

ケイクス

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およそ120分の祝祭 最新映画レビュー

伊藤聡

誰しもが名前は知っているようなメジャーな映画について、その意外な一面や思わぬ楽しみ方を綴る「およそ120分の祝祭」。ポップコーンへ手をのばしながらスクリーンに目をこらす――そんな幸福な気分で味わってほしい、ブロガーの伊藤聡さんによる連...もっと読む

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コメント

apotton とてもよいレビューでした。もう一回観に行きたい。>> 36分前 replyretweetfavorite

miyakonoko 『デッドプール』 饒舌は孤独の裏返し|伊藤聡 @campintheair https://t.co/UJ6hQkncJR 約2時間前 replyretweetfavorite

YuyaTakegawa 観にいくか > 約6時間前 replyretweetfavorite

chakuriki 観客は、スクリーンから客席へ向かって 「ハロー!」と呼びかけてくる主人公に戸惑うだろう。舞台と客席のあいだに存在する「第四の壁」を破る演出は、主人公の孤独を表現するもっとも適切な方法として選択されている https://t.co/aIlcAzCbWI 約7時間前 replyretweetfavorite