民主党で指名候補が確定したヒラリーの勝利
6月7日の予備選では代議員数が多いニュージャージーとカリフォルニアが注目の的だったが、ヒラリーはニュージャージーで30%近い差をつけて圧勝し、サンダースが全力を費やしたカリフォルニアでも二桁の差をつけて勝った。
これでヒラリーは、得票数と勝利した州の数でもサンダースに大差をつけ、民主党の「推定党指名候補」になった。
つまり、スーパー代議員(特別代議員)を含めたマジックナンバー(2383)を超える2755(6/8午前10時現在)を得ただけでなく、選挙で獲得できる代議員数(合計4051)のみでも半数を超える2184に達したのだ。公式に「指名候補」になるのは党大会でのことだが、伝統的にこの時点で党の指名候補とみなされる。
女性が二大政党の指名候補に選ばれるのは、アメリカの建国後初めてのことだ。アメリカで女性が参政権を得てから95年後の歴史的な達成である。ヒラリーの勝利スピーチを聴いて、目に涙を浮かべたアメリカ人女性は多いことだろう。
通常は、この時点で、敗北が明らかになったほうの候補は「敗北宣言スピーチ(concession speech)」というものをする。そこまでどんなに激しく戦ってきても、相手をどんなに憎んでいても、健闘を讃え、自分の支持者に感謝とねぎらいの言葉をかけ、党の統一を呼びかけるのが習わしだ。
ヒラリーの勝利宣言の後に「サンダースがスピーチをする」という情報が入り、メディアのように私も通常の「敗北宣言スピーチ」を期待した。オバマ大統領がこの日サンダースに電話をかけたこともニュースになっていたからだ。
革新的な「社会的正義」をスローガンにしているサンダースなのだから、たとえ個人的にヒラリーを嫌いでも、表向き「二大政党初めての女性候補」という歴史的な達成に言及するだろうと思った。
サンダースの意外なスピーチ
サンダースは、スピーチのはじめに「政治改革の一端を担ってくれたことを感謝したい」と支持者をねぎらい、「22州の予備選で勝ち、1千万人以上の票を獲得し、すべての州で大差をつけて若者の支持を得た」と自分のキャンペーンの達成を評価するものだった。そして、「共和党右翼が政府を操るのを許してはならない」と人種差別的なトランプ批判に移った。
ここまでは予期したパターンだったのだが、そこから意外な展開になってきた。
「来週火曜日にあるワシントンDCでの最後の予備選まで戦いを続ける。われわれは、ワシントンDCで勝つために激しく戦う。そして、社会、経済、人種、環境面での社会正義の戦いをペンシルバニア州フィラデルフィア(7月に党大会がある場所)に持ち込む」というのだ。その言葉に、サンダースの支持者たちはわきかえった。
そして、最後まで「二大政党初の女性候補」という歴史的な達成には触れなかった。
このサンダースの態度に、民主党の指導者たちは頭を抱えたはずだ。
もうすでに党に大きな亀裂が入っているのに、このままサンダースがヒラリー批判を含む激しい選挙を続けたら、トランプの思うつぼだ。
同じ夜、共和党サイドでもトランプがスピーチをした。そこでトランプは「スーパー代議員という不正なシステムで置き去りにされたサンダース支持者たちよ、われわれは大手を広げて歓迎するよ」と呼びかけた。
熱狂的なサンダース支持者は、今でも敗北を受け入れていない。民主党がサンダースの支持者の多さを軽視していると信じている。だが、若いサンダース支持者は知らない(あるいは、あえて無視している)のだろうが、2008年のオバマ対ヒラリーの予備選はもっと接戦だった。選挙ルールによる代議員数ではオバマが勝っていたが、得票数はヒラリーのほうが多かったのだ。スーパー代議員(特別代議員)がヒラリーからオバマに乗り換えなければ、ヒラリーが勝つ可能性は高かったのだ。
だが、ヒラリーは涙を飲んで敗北を認め、党大会では自分の支持者にオバマを支援するように呼びかけ、全米を回ってオバマの応援運動をした。もちろん苦々しい気持ちは残っていただろう。それでもヒラリーは「民主党員として、やるべきこと」をやったのだ。
サンダースに同じことを期待した民主党の指導者たちは多かっただろうが、この裏切りに苛立っても、民主党を堂々と批判するサンダースの行動にはもうあまり驚きはしないだろう。なんせ、サンダースは元々民主党員ではなかったのだから。
サンダースの迷走が止まらない
民主党エスタブリッシュメントの心情は説明しなくても想像できるが、サンダースがどんなエンドゲームを考えているのかはわかりにくい。どんなに素晴らしいシナリオを考えても、数字のうえでサンダースがヒラリーに逆転することはない。ワシントンDCの代議員数はたったの45だ。ヒラリーに有利な場所だし、たとえ圧勝しても10票ほど差を縮められるだけだ。
サンダースの行動の意図がわからず、みんな困惑している。「引き際を迷っているだけ」という意見もある。
6月7日までサンダースの頭を占めていたのは、「カリフォルニアで勝つ」ことだったという。アメリカで最も大きい、リベラルな州でヒラリーを打ち負かすことができれば、「本選で勝てる実力があるのは自分だ」と主張してスーパー代議員を口説くことができる。それがサンダースの戦略だった。
通常、大統領予備選に出馬するレベルの政治家は、各分野の専門家をアドバイザーにし、彼らの意見を聞いた後で最終的な決断を下す。失策を避けるためにも、本人にとって耳が痛いことを言ってくれるアドバイザーは重要だ。
だが、サンダースの場合は、本人がほとんどすべてを決めているというのだ。 ネバダ州の党大会でサンダース支持者が起こした暴動を民主党指導者たちが非難したとき、サンダース陣は謝罪するどころか民主党そのものを批判する声明を出した。また、民主党全国委員会のデビー・ワッサーマン・シュルツ委員長を攻撃のターゲットにすると決めたのもサンダースだという。ニューヨークの予備選を前に、スピーチで「ヒラリーには大統領になる資格がない」と批判したのも彼だ。民主党の指定候補でもないのに、直接トランプにディベートを申し込んで民主党指導陣を怒らせたのもサンダース本人だ。
サンダースは、「スーパー代議員は(支持を明らかにしていても)党大会で投票するまでは決定ではない。自分に乗り換えてもらうよう党大会で説得する」という戦略を何度も語ってきたが、党のエスタブリッシュメントであるスーパー代議員を怒らせる戦略を立て、実行に移しているのはサンダース自身なのだ。それなのにどうやって口説くつもりなのか首を傾げる人は多い。
サンダース陣には、サンダースにすべて賛同する者(多くは若者)と、求めるものを得るためにはもっと賢く振る舞うべきだと考える者がいるようだ。けれども、サンダースは後者を重視している様子はない。
トランプもそうだが、サンダースがここまで予備選で善戦したのは、よくも悪くも、「自分の直感を信じる」候補だったからだ。プロのアドバイスを無視して自分の言葉で語るほうが人の心を掴みやすい。それで成功したのに、なぜ今さらそれを変えなければならないのか? 自分を信じてついてきてくれた支持者は、この正直さを愛しているのだ。彼らを失望させたくないという気持ちはあるだろう。
また、サンダースはヒラリーや民主党に対して深い憤りを覚えているらしい。 昨夜のサンダースのスピーチは、最初の半分は交渉の可能性を匂わせるものだったが、後半は喧嘩を売っているようなものだった。
ふだん政治に興味を抱かない若者を大量に連れてきたというのに、民主党は感謝もしないし、貢献した自分に十分な尊敬を与えない。メディアの質問に対してキレる最近のサンダースを見ると、その苛立ちが募っているのがわかる。
だが、経験を積むサンダースのアドバイザーは、民主党やヒラリーとおおっぴらに喧嘩を続けるのではなく、直接交渉して自分が求める「改革」を織り込んでもらう努力をするべきだと考えている。
サンダースへのプレッシャーは味方からも来るようになっている。左寄りの非営利政治アドボカシー団体のMoveOn.orgは、Democracy for Americaと並んで強いサンダース支持だった。シカゴでのトランプラリーで、暴動化した抗議運動にプラカードなどの援助をしたことでも知られている。そのMoveOnが、こんな声明を出した。
「以前から主張しているように、予備選の結果で過半数を獲得した候補が(民主党の)指名候補になるべきだ。民主的ではない特別代議員が有権者の意志を覆してはならない」
直接「ヒラリーを支持せよ」と書いてはいないが、「党大会で特別代議員を説得して指名候補になる」というサンダースの戦略を批判する内容だ。
オバマ大統領は、6月9日の朝、サンダースをホワイトハウスに招いて会談することになっている。 ヒラリー支持を説得することが期待されているが、サンダースがどんな決断をするのかは、誰にも予測できない。
全米のリベラルがこの会談の結果を固唾を呑んで見守っている。