共和党はトランプが指名候補に必要な代議員数を確保したので実質的に予備選は終了した。
しかし、民主党はまだ、9つの地区の予備選が残っている。このなかでも特に6月7日が重要だ。
6月4日 ヴァージン諸島
6月5日 プエルトリコ
6月7日 カリフォルニア、モンタナ、ニュージャージー、ニューメキシコ、ノースダコタ、サウスダコタ
6月14日 ワシントンDC
なぜかというと、ヒラリーはすでに2309を獲得しており、スーパー代議員(特別代議員)を含めた勝利に必要な「マジックナンバー(過半数)」は2383で、その差は74。
つまり、6月7日にヒラリーがマジックナンバーに達し、民主党の指名候補の座を確実にすると見られているからだ。
なにも時間の問題という退屈な話をしたいわけではない。
あとでくわしく述べるが、ヒラリーとサンダースが長く戦えば戦うほど、本選(共和党のトランプとの争い)に影響が出るから、まだまだ悠長に構えるわけにはいけない。
文字通り、まだ本番は始まっていないのだ。
サンダース陣営の抵抗
サンダース陣からは「党のエスタブリッシュメントであるスーパー代議員が圧倒的に支持しているせいでヒラリーが優位になっているのはアンフェアだ。有権者の意志に反する」、「予備選のシステムは不正操作されている(rigged)」という反論が出ている。
たしかに、州によってルールが異なる予備選のシステムは複雑で非論理的なものが多い。それが不公平に感じることはあるだろう。
しかし、このどうしようもない予備選システムはずっと前からあったもので、民主党がヒラリーを勝たせるために今年作ったものではない。
『シグナル&ノイズ』の著者で、2008年と2012年の大統領選挙を誰よりも正確に予測した天才データサイエンティストのネイト・シルバーも、ブログで「システムは、サンダースに不利になるように不正操作はされていない」と説明している。
この記事にもあるが、それが明らかなのがワシントン州の予備選だ。
ワシントン州には、なぜか予備選が2つある。ひとつは「党集会(コーカス)」で、もうひとつは「投票(プライマリ)」だ。
参加者が会場に集まって何時間も討論しないと投票できない「党集会(コーカス)」のシステムでは、仕事がある人、身体が不自由な人、小さな子どもがいる人、老人などが投票に参加できない。また、自分の支持を明らかにしなければならないので、本当は別の候補に投票したくても、伴侶や職場の上司の意見に従うしかないこともある。
そんな「党集会(コーカス)」より、不在投票や手紙投票などがある「投票(プライマリ)」システムのほうが公平だというのは言うまでもない。
だが、ワシントン州で民主党が代議員を割り当てるのは「党集会(コーカス)」のほうだけなのだ。3月26日に行われたコーカスでは、72.7%対27.1%でサンダースが圧勝し、大量の代議員数を獲得した。しかし、5月24日に行われた「投票」では、54%対46%でヒラリーが勝ったのだ。党集会参加者が23万人だったのに比べ、「投票(プライマリ)」の投票者は70万人を超えていた。
民意は、ヒラリー支持ということになるが、この「投票」の勝利でヒラリーが得た代議員数は「ゼロ」だ。「代議員の数に反映しないのに、なぜ投票するのか?」と不思議に思う人はいるだろう。だが、「党集会」に参加できない有権者も、ちゃんと自分の意見を表明したいのだ。それを考えると、「投票(プライマリ)」結果のほうが、「党集会(コーカス)」より有権者の意志をきちんと反映している。これが逆の立場なら、サンダース陣は「不公平だ!」と言うにちがいない。
イギリス生まれの知的なコメディアンのジョン・オリバーもユーモア混じりに説明しているが、たしかに予備選のシステムはおかしい。でも、どのシステムを使っても、どんなシナリオでも、ヒラリーのほうが有権者の支持が多く、予備選に勝っているのは紛れもない事実なのだ。
CNNの記事にあるグラフを見るとよくわかる。
ルールの変革は以前から必要だったが、いったん予備選が終わると、文句を言っていた人たちも興味を失う。だから、システムは直らず、毎回怒る人が出てくる。ゲームの途中でルールを変えるのは、それこそ不公平だ。だから、オリバーが示唆するように、現在怒っている人は、ぜひ来年がんばって変える努力をしてほしい。
ところで、2008年のオバマ対ヒラリーの予備選は、2016年のヒラリー対サンダースよりもずっと接戦で、スーパー代議員がそのままならヒラリーが勝っていただろう。だが、終盤になってオバマのリードが明らかになってきたとき、ヒラリーを支持していたスーパー代議員はオバマ支持に乗り換えた。
スーパー代議員の制度は、党が支援できないトランプのようなポピュリストが指名候補になるのを防止するためにあるのだが、制度ができてからこれまでに、スーパー代議員が候補の勝敗を決めたことはないという。
それでも「スーパー代議員は不公平では?」という人のために、スーパー代議員を取り除いた代議員(pledged delegateと呼ばれる)だけで数えてみよう。
この過半数であるマジックナンバーは2026だ。
現時点では、ヒラリーが1769で、サンダースの1497を遥かにリードしている。サンダースが逆転勝利するためには、今後すべての州で圧勝して67%以上の代議員を獲得しなければならない。代議員数が多いニュージャージーとカリフォルニアの世論調査ではヒラリー有利と出ているし、たとえサンダースが勝てたとしても圧勝するのは無理だ。ヒラリーがたとえ負けても、6月7日に代議員数は十分過半数に達する。
絶対にあり得ないとは言えないが、サンダースの大逆転はほぼ不可能と言えるだろう。
民主党の副大統領候補にサンダースは見込み薄?
さて、6月7日にヒラリーが勝利を決めたら、次の注目は副大統領候補の発表だ。
以前「勝利に王手をかけたヒラリーのエンドゲーム」で候補として囁かれている人々を簡単に紹介し、サンダースが選ばれる可能性を予測したが、その後、状況は変化しているのでそれを説明しよう。
通常は、勝つ見込みがなくなった候補が「敗北宣言(concession speech)」をし、本選までに予備選の傷を癒やし、党をまとめる努力をする、というのがパターンだ。
だが、サンダースは「まだ勝つ見込みはある」と支持者に呼びかけて選挙資金をさらに募って選挙を続け、ヒラリーへの攻撃を和らげることもしなかった。さらに、「民主党全国委員会(DNC)のプラットフォームや規則がヒラリーに有利になるよう傾いており、不公平だ」といった内容の民主党と委員長に対する攻撃を強めた。
本来なら、民主党の推定指名候補は、本選の勝敗を決めるかもしれないオハイオやフロリダでの活動に集中していなければならない時期だ。だが、サンダースがカリフォルニアで激しい予備選キャンペーンをしているので、ヒラリーはそこにも注意を払わなければならない。1人で2つの対戦相手と戦うのには、倍のエネルギーと費用がかかる。
この状況に、サンダース支持者を除く(ヒラリー支持とは限らない)民主党員は不安を覚えている。というのは、サンダースが長く戦えば戦うほど、ヒラリーの印象が悪化し、本選でトランプが勝つ可能性が高まるからだ。また、民主党全国委員長への攻撃も民主党を傷つけている。
4月26日のミニ・スーパーチューズデーの後、もしサンダースの選挙運動が政策のみのポジティブなものだったら、「ヒラリー/サンダース」というチケット(大統領と副大統領候補の組み合わせをこう呼ぶ)の可能性は高かったと思う。だが、大統領予備選出馬のプラットフォームを与えた党を自ら攻撃するサンダースに、冷たい視線をおくる古株民主党員は少なくない。
これまで我慢していた民主党議員たちも、民主党を代表する候補ではないのに、勝手に共和党の推定指名候補であるトランプに直接ディベートを提案したサンダースに対して「ブルシットだ!」「党員をまとめるために働く必要はないと思っているんだ。なぜかって? 彼が民主党員じゃないからさ」(ジョー・マンチン上院議員)、「自分に注目を集めようとしている」(ダイアン・ファインスタイン上院議員)と発言するようになっている。
ヒラリーとタッグを組むのは「女性版サンダース」?
サンダースへの批判が強まるなか、急浮上してきたのが女性として初めてマサチューセッツ州から上院議員に選ばれたエリザベス・ウォーレンだ。
ハーバード・ロー・スクール(ハーバード大学法律大学院)で破産法を専門とする教授だったウォーレンは、強い消費者保護論者であり、消費者金融保護局の設立に貢献した。「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」運動の思想基盤を作ったことでも知られ、「女性版サンダース」とも言われている。1995年まで資本主義を強く信じる共和党員だったウォーレンが、民主党の中でも特に左寄りの「プログレッシブ」として知られるようになったのはとても興味深い。
ところで、ウォーレンは民主党の上院議員なので、スーパー代議員でもある。でも、まだヒラリーもサンダースも支持していない(上院議員で支持を表明していないのは5/28日現在3人だけ)。
ヒラリー支持こそしていないが、ウォーレンは「トランプを大統領にならせない」とあちこちで激しいトーンのスピーチをしている。
それに対して、トランプも「ときに『ポカホンタス』として知られる間抜けなエリザベス・ウォーレンが、アメリカ先住民のふりをしてハーバード大学に入ったのを不愉快に思う」と反撃している。選挙ラリーでのスピーチでも、本選での対戦相手ではないウォーレンへの攻撃を強めている。
もちろんウォーレンも負けてはいない。
「ちゃんと事実を把握しろ、トランプ。私はハーバード大学になんか行っていない。ヒューストン大学とラトガース大学卒業だ」とやりかえしている。
ウォーレンの連続ツイートはこんな感じだ。
「国民の安全を守るために必要な税金をなぜ払わないのか、説明しなさい」
「私は、家族が家を買えるよう援助し、建築作業員が職を失ったときに生活に困らないようにした。そんな自分を誇りに思っている」
「もしトランプが、ネットで読んだアホな嘘を全部本気で信じているとしたら、彼が大統領になったら、私たちはめちゃくちゃ困った状態になる」
「トランプ、私は、労働者と家族のために毎日戦っている。あなたは自分のためにしか戦わない」
「いくらでも私に泥を投げつけるがよい、トランプよ。あなたが大統領にふさわしくないことを明らかにしているのは、あなた自身の言動だ。私は、黙るつもりはない」
……といった具合で、それを多くの傍観者が歓迎している。
戦いを楽しんでいるようなウォーレンとファンの増加を見て、最初は「リスクが高すぎる」としぶっていた人までが「女性+女性という組み合わせだっていいじゃないか」と言い出している。サンダース支持層に人気が高いのもプラスだ。
問題は、ウォーレンの地元マサチューセッツ州の知事が共和党員だということだ。
ウォーレンが副大統領になったら、彼女の席が空白になり、知事のチャーリー・ベイカーが共和党の上院議員を任命するのは明らかだ。すでに共和党が強い議会がさらに共和党に傾き、民主党の政策が何も可決しないようになる。だから、上院少数党院内総務のハリー・リードは、「知事が共和党の州の上院議員を副大統領候補に選ぶのは許さない」と言っている。
でも、「女性+女性」のチケットを試すなら、今年の大統領選だと思う。
なにせ、政治のプロの常識が通じず、何が起きても不思議はない選挙なのだから。