何かと物騒な世の中であり、自分の身を守るために護身用具を携帯することについては合理性を見いだせずにはいられない。しかし、転じてそれが軽犯罪法に触れ、罪となる可能性もある。今回は過去の裁判事例から、護身用具の携帯について考えてみる。
護身用具
様々なグッズが売られているが、有名なところでは催涙スプレーやスタンガンといったところだろうか。その威力は言うまでもなく、防犯力には大いに期待できる反面、相手に与えるダメージを考えると使役することに恐ろしさを感じる。
スタンガンは当てた部位と時間により命に関わり、催涙スプレーは眼部に直撃した場合には失明する危険性もある。相手は卑劣な犯罪者で同情の余地がないにしても、同じ命を持った人間でありそれをみだりに殺めることは法でも認められていない。過剰防衛というのもある。
また、これらグッズを何の理由もなしに携帯することは、ある法律に触れる可能性がある。
軽犯罪法
第一条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
一 (略)
二 正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者
刃物や銃など、もっと重たい法に触れるものは当然として、「人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」を隠して携帯していた場合には、拘留または科料という刑罰が下されることがある。引用文の赤字部分が肝と言える。
護身グッズは先述の通りかなりの威力を有し、生命や視力の奪取などの効果を考えると、このような器具に該当すると言わざるをえない。さらにそれを「正当な理由」なくして携帯していた者は、この法律が適用されてしまうのだ。
多額の現金を持ち運ぶ必要がある場合や、女性の夜道の一人歩きなど、正当な理由に該当する事項はいくつか想像できる。しかし、これは摘発する警察官の場に応じた判断であるとか、色々な背景を鑑みた判決次第といった部分もあり、グレーである。携帯していた本人がいくら「これは正当な理由だ」と訴えても、もちろんまかり通らないことがある。
「身の安全のため」という理由で防犯グッズを持ち歩く際は、常にこの法律により制限若しくは非合法の範疇になる可能性を考慮する必要があるということ。これを覚えておこう。次に、過去の裁判事例から護身用具携帯の合法・非合法について学んでみたい。
軽犯罪法違反被告事件
・平成19年8月26 日午前3時20分ころ
・正当な理由なしで西新宿において催涙スプレー(以下スプレー)1本をズボンの左前ポケット内に隠して携帯していた
・第1審判決→科料9000円に処される
- 催涙スプレーが「人の生命を害し、又は人 の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」に当たる
- これをズボンの左前ポケット内に入れていた→かくして所持(以下隠匿携帯)に当たる
- 正当な理由も認められないと判断
・以下最高裁所論
- 本件スプレーの諸元調査により、「人の生命を害し、又は人の身 体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」に該当することは明らか
- 被告人は経理の仕事を担当、多額の現金などを電車や徒歩で運ぶ場合があり、護身用として催涙スプレーを入手しようと考えて本件スプレーを購入
- 被告人は、ふだん,かばんの中に本件スプレーを入れて出勤、仕事で銀行へ行くときには同スプレーを取り出して携帯
- 被告人は健康上の理由で医師から運動を勧められており、サイクリング等の運動に努めていた。本件当夜は事情により午前2時にサイクリング に出掛けることにし、万一のことを考えて護身用に本件スプレーを携 帯することとした
- 「正当な理由」とは、職務上又は日常生活上の必要性から、社会通念上相当と認められる場合をいう。これに該当するか否かは器具の用途や形状・性能、職業や日常生活との関係、隠匿携帯の日時・場所等を総合的に勘案して判断すべきもの
- 刑訴法411条1号により原判決及び第1審判決を破棄、被告人に対し無罪の言渡しをする
ちょいと長くなったが、まとめるとこんなところである。さらに短くまとめると以下のようになる。
強力な催涙スプレーは法に触れるアイテムであり、携帯して合法と認められるには常識的な状況や背景が必要
最高裁所論の後段、「正当な理由」に該当する要件について、具体性はないものの該当する条件を推察するには十分な答えが示されている。もし、あなたが護身用具を携帯して外出する際は、そこに社会通念上相当と認められる理由があるかどうかを判断する必要がある。
最寄りの警察暑に相談・・・といきたいところだが、まだ起きてもいない、しかも線引きの難しいことに警察官が具体的判断や助言を示すことはまずないと考えたほうが良い。やはり、その場の状況に応じて各自で判断するしかないのだろう。
なお、裁判の詳細については、以下のリンク先を参考されたし。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=37481
身を守ることの大事さ
今回、最も伝えたかったのは「自分の身は自分で守るしかない」ということ。それなりの対価を支払えば十分な有人護衛を得られるのだろうが、そのような環境を用意できるほどの富を皆が有しているわけではない。やはり、現実に即した護身術というのは、予防を除いては防犯グッズの携帯ということくらいしか有効な手段が思い浮かばないのである。
加害にも使用できることから、軽犯罪法による取り締まりの対象になっている防犯グッズであるが、非力なものが己の身を守るためには是非もなしと考える。万が一、警察官に所持品について尋ねられた際は、はっきりと正当な所持である旨を伝えると良い。あなたがしっかりと考えた末に携行したものであれば、そこで臆する必要はないのだからね。
僕も自宅の防犯用に、クマよけのスプレーを購入しようと考えている。
持ち歩かずに自宅に置く分には法に触れることはないし、普段から施錠をして過ごしている。万が一、玄関や窓を破って侵入してくる非常に危険な犯罪者が相手であれば、このようなアイテムの使用もやむなしである。気の毒だが、浴びて頂こう。