同じ罪を犯すことで、相手への信頼は深まる
石川善樹(以下、石川) ここまでは、感情が乱れたときに、平常心に戻るための方法について話してきました(第1回『仕事の質に深く関わっていたのは、「感情」だった』)。つまり、マイナスをゼロに戻す方法です。ここから、感情をうまく活用して、さらに高みにのぼるためにはどうすればいいのか。
——それは、知りたいです。
石川 これには、2つの方法があります。ひとつは、ゾーンに入る方法。つまり、集中力を異常に高めるという方法ですね。もうひとつは、クリエイティビティをマックスまで高める方法です。この場にいるのはコンテンツに関わる方やエンジニアの方が多いので、後者の話をしようと思います。
ここで、感情の分類についての話をします。感情の分類は、以前は、ポジティブかネガティブかの2つでした。ですが、近年になって研究が進み、ネガティブ感情は、「怒り」「イライラ」「悲しみ」「恥」「罪」「不安(恐怖)」の6つ、ポジティブな感情は「幸せ」「誇り」「安心」「感謝」「希望」「驚き」の6つ、計12に分けて研究が進められています。ハーバード大学には意思決定センターというところがあり、そこで初めてこうした分類がおこわれました。
——驚きはポジティブな感情なんですね。こんなふうに感情について考えたことはありませんでした。
石川 ここから同じネガティブ感情でも、リスクに対する反応などがそれぞれ違うことがわかったんです。例えば、「怒り」を感じている時、人はリスクを低く見積もります。ものすごく強い敵が目の前に現れて、その敵に対して怒りを感じていたら、無鉄砲に立ち向かっていけるんです。でも、その敵に対して「不安(恐怖)」を感じていると、リスクを高く見積もるので、逃げるという選択をする。
——へえ、おもしろいですね。
石川 情報処理の仕方も、感情によって変わってきます。怒っているときは、脳が情報をあまりちゃんと処理しなくなるんです。考えずに動いてしまう。逆に不安や恐怖を感じているときは、分析的に理屈っぽく考えます。そして、怒りを感じている時は、相手に対する信頼度や協力度が下がります。でも、相手に対して「罪」の意識を感じていると信頼度や協力度は逆に上がります。
この結果を聞いて、政治家から聞いた話を思い出しました。「一生の友達をつくるのには、3つの方法がある。本気でケンカをする、人に言えないことを一緒にする、生死をかけた戦いを共に乗り越える」だそうなんです。こうした、感情にともなう反応を知っていると、リスクや情報処理、対人関係などをコントロールできるはずです。
幸せなときに、大事な決断をしてはいけない?
——ポジティブ感情でも、こうしたリスク認知や情報処理における対応の違いがあるんですか?
石川 ありますね。「幸せ」だと、リスクを低く見積もる傾向があります。幸せなときは、不用意に約束をしないほうがいいということですね。例えば、結婚とか。……判断力が鈍っている状態だからこそ決断できるということなのかもしれませんが(笑)。あとは、誇りを感じているときも、リスクを低く見積もります。情報処理でいうと、幸せや誇りを感じているときは、あまり深く考えないんですね。反応だけを見ると、怒りと幸せというのは非常に似ているんです。どちらも、リスクを低く見積もり、あまり考えずにふわっと決定してしまう。
——たしかに、そうですね!
石川 あとは、「驚き」と「希望」です。この2つは、情報処理において、人を理屈っぽくさせます。人は、驚くと理解したくなるんですよ。例えば、予想外の人混みを見てびっくりした時、なんでこんなに人が集まっているのか知りたくなりますよね。驚きと納得はお笑いの基本です。驚きがボケで、納得がツッコミ。その2つで、おもしろいという感情がおきます。そして「希望」は、未来に可能性を感じたときに持つ感情です。可能性のある物事を実現したいとき、人は計画的になり、理屈っぽくなります。最後は「誇り」ですが、対人関係においては、人は誇りを感じると信頼度や協力度が落ちるという結果が出ています。
——へえ! 誇りを感じると、人を信頼できなかったり、人と協力できなくなったりするんですか。天狗になる感じなのかな。おもしろいですね。
石川 逆に、感謝、希望、驚きを感じた時は、信頼度や協力度が上がります。なぜなのかは、まだ詳しくわかっていません。ただ、クリエイティビティを高めるために、感情というのはすごく重要な役割を果たします。
ここで、友達の石田淡朗くんという俳優の話を紹介します。彼は、イギリスの俳優学校を卒業したのですが、「イギリスでは俳優は感情の達人だと言われているんだ」と教えてくれたんです。役柄として「親しい人が亡くなって悲しむ」「裏切られて激怒する」など、いろんな人の感情を演じるから、感情の扱い方に長けているんだと。
クリエイティビティの高い人の特徴は、少し前まではポジティブな人だと思われていました。ポジティブ感情だと、たしかに発想が広がるんです。逆に、ネガティブ感情のときは発想が縮こまる。だから、企画やアイデアを考える場合はポジティブな方がいいと思われていました。でも、最近そう簡単には言えないということがわかったんです。クリエイティブな人というのは、いろいろな感情を経験している人だということがわかった。だからクリエイターというのは、人生のどこかで俳優のトレーニングをした方がいいんじゃないかと僕は思っています。そうするといろいろな感情を理解できるようになるからです。
——なるほど。感情もトレーニングできるのか。
あえてこわいドラマを観る。あえて恥をかきにいく
石川 人というのはいろいろな行動をすぐ習慣化してしまうので、特定の感情しか経験しなくなるんです。俳優の石田くんは自分の感情を振り返って、「最近、悲しんでないな」「最近、恐怖を感じてないな」と思ったら、そうした感情をわざわざ経験しにいくんだそうです。僕もそれを聞いて、自分は日々どういう感情を感じていて、逆にどういう感情を経験できていないかをモニターすることにしました。去年の感情を振り返ったら、あまり恐怖を感じていなかったんですよ。なので、年末年始には「ウォーキング・デッド」というゾンビものの海外ドラマを観ることにしました。これが、めちゃくちゃこわいんですよ。何がこわいって、ゾンビももちろんこわいんですけど、それ以上に生き残った人間たちのつぶし合いがこわい。年明け最初の打合せのとき、僕はまだ「ウォーキング・デッド」の世界にひたっていて、なんだかこわくてドキドキしてたんです。でも、誰も僕を襲ってこないし、友好的だし、この世界には希望がある! と幸せな気持ちになりました(笑)。その打合せでの僕のクリエイティビティはすごく高かったと思います。
——いろんな感情を体験するには、ドラマを観るのでもいいんですね。
石川 はい。たとえば「恥」の感情を感じていなかったら、週刊誌などで芸能人のスキャンダルを読むのでもいいと思います。本当は、自分で体験するのが一番いいんですけど。人はなにも意識していないと快を求めて不快を避けるので、そうすると1年がルーティーンであっという間に過ぎていくんです。その逆が、大前研一さん。大前さんは毎年、自分が知らないジャンルの本を1冊書くようにしているそうです。それは恥の感情を感じる機会になり、チャレンジを乗り越えることで自信もつく。僕も、毎年恥をかこうと決めています。だから去年は、Googleがやっている「Search Inside Yourself」というリーダーシップ研修に参加しました。自分のことをまったく知らない人たちの中に飛び込んで、そこで自分が通用するか試すんです。今年は、僕の専門ではない分野の学会に参加する予定です。
——恥をかく機会をあえてつくる。たしかに、意識しないと避けてしまいそうなシチュエーションですね。
石川 昔から、研究者が偉大な発見をする時は、ストレス状況下であることが多いんですよ。例えば、アインシュタインが相対性理論を打ち立てたのは、離婚訴訟中でした。あと、作詞家の松本隆さんは、奥さんとの仲が悪い時ほど、良い歌詞を書くと言われています(笑)。この話のポイントは何かというと、感情にいい悪いはないということ。ネガティブ感情もクリエイティブには必要なんです。こういう内容を、感情を擬人化することで描いたのが、ピクサーの『インサイド・ヘッド』[※]という映画です。
※2015年アメリカ映画。ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ムカムカ、ビビリの5つの感情と、11歳の女の子ライリーが繰り広げる脳内感情ストーリー。
ここでちょっとしたワークをやってみましょう。1週間を振り返ってみて、ネガティブ・ポジティブの12個の感情について、感じられていたら○、あまり感じられていなかったら△、全然感じられていなかったら×を書き込んでみてください。
次回「クリエイティブな仕事をするためには、怒りも不安も必要」5/30公開予定
構成:崎谷実穂