約束の物語   作:CSNKFC
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第2話 集結する希望

 松風天馬が異変に気付いたのは雷門に戻ってきた時だった。
 “消失”したサッカー部、“忘却”した仲間達――まるで今までの出来事が夢物語だったかのようにされて、天馬は困惑するしかなかった。
 その後告げられた事態――未来のサッカー消滅計画という恐ろしい内容を告げられ、それに天馬自身も巻き込まれてしまう所だった。

「“サッカーは必要だ!”――これは君の言葉だよ」

 寸前の所で出会った協力者――同じ未来で敵対するサッカーを“必要”とする者に助けられた天馬は時空を駆けた旅路にその身一つで乗り込む。
 未来への片道切符を握りしめて――。

 次に降り立ったのは十年前――サッカー部が復活する直前の時間だった。
 その立役者である彼の前に未来からの刺客は現れると特定し、天馬は彼の行動を追いかけていた。
 百閒は一見に如かず――天馬の時代に置いて美談とされる伝説は、実際に見れば苦労の連続にしか思えなかった。
 当時の事情も知らない訳では無かった。しかし周囲の環境は想像以上に重かった。
 まるで改変された“現実”で一人孤独になっていた自分自身に写し重ねてしまう程に――。
 そして刺客は現れた、サッカーを消去するために。
 天馬にとって想定外だったのは場所を変えられてしまった事だった。
 彼の強さを知っていてもそれは天馬の知る彼であって、今の彼では無い。
 増してや一人で、味方がいない状態で襲撃をされれば結果は一つだ。
 その結果が天馬の時代に起きた異変に繋がるのだから……。

 協力者の存在もあり、最悪の事態は避けられた。
 しかし、何もしなければ再びサッカーは失われてしまうという瀬戸際だった。
 目に映るのはまるで焼き直し。
 サッカーによってサッカーを否定する刺客達の常套手段。
 本来ならば協力者の指示を待つべきだっただろう。自分だけでなんとかなる相手じゃないのは理解している。
 だが、彼が漏らした一言が天馬の耳に突き刺さった。
 言葉の内容ではない。
 世界から否定されたような……それを受け入れて諦めようとしたのが、天馬には認められることでは無かった。
――諦めないことを教えてくれた貴方が何故諦めようとするんですか!
 言葉よりも身体が、身体よりも心が動いた。
 世界とか、未来とか、破壊とか今はどうでもいい――。
 少なくとも自分にとって彼は不必要な存在ではないのだ――。
 不意に協力者から言われた言葉を思い出す。自分自身が言ったらしいその内容は見事にこの場面に相応しい物だと思った。
 相手に、世界に、未来に、宣戦布告するように、天馬は宣言する。

「違う! サッカーは必要だ!」

 反撃の凱歌はここから始まる――。



 目の前にいる彼も未来から来たらしい……。
 いつもなら夢だと疑ってしまう内容だが、身体のあちこちから訴えている痛みがそれを否定してくれる。
 事態を整理しよう。
 現在進行形でサッカーを消去しようとしているアルファ達。
 そしてアルファ達と対峙するのは松風天馬と言う少年。雷門のサッカー部に所属しているサッカーを愛する者。
 今、自身が巻き込まれている状況を円堂は完全には理解できない。
 ただこれだけは分かる。
「なんだ……辞めることなんてないじゃないか」
 サッカーを諦めなくていいのだと――。
 世界中から否定されたって、目の前にいる天馬は円堂のサッカーを肯定してくれる。必要としてくれる。その事実だけで十分だった。
 震える足を気力で立たせる。いつまでも倒れている訳にいかない。
 一人より、二人。
味方の存在が、心強かった。
「こんな俺でもいいなら……よろしくな天馬」
 力を貸してくれと言われた所で、誇れる物など持ち合わせていない。
 それでも天馬の真っ直ぐな言葉を否定する気は円堂に無かった。
「――! はい、よろしくお願いします!」
 それまでの凛々しい表情を一変させて、感激するように礼を言う天馬。
雷門にいるなら少なくとも円堂とは同い年以上のはずなのだが、まるで年上に向かうような口ぶりに少しだけ調子を崩される。
一方アルファ達にとって、天馬の乱入は想定の範囲外だった。
しかし表情にそれを出すような愚行はしない。インカムから原因を検索し、即座にそれを把握した。
「なるほど……どうやら先の時間軸で妨害されたらしい」
「アルファ様、いかがなさいますか?」
 アルファの部下であるエイナムが対応を乞う。他のメンバーも同様で、この後の言葉を一言一句聞き漏らさないように注目している。
「当然、このまま遂行するだけだ」
 その決定に全員が同意の意志を示す。
 定まった方向性と重圧に円堂と天馬は身構える。
 しかし数が増えた所で結果は変わらない。
アルファ達の実力と彼らの実力では大きな差がある。データが示す数値は任務の遂行に微塵の影響も与えないと言っていた。
 勿論天馬もそれは承知済だ。徐々に険しくなっていく表情を円堂は見る。
「……大丈夫か」
「はい、もうすぐ“来ます”から」
「“来ます”?」
 ふと自然に掛けられた声。それに視線だけ合わせて天馬は待っていた。
 一瞬、全てが止まった感覚を受ける。
 次の瞬間に上空に“歪み”が生まれた。
 そこから飛び出してきたのは青と白のツートンカラーの車だ。
 車体の側面には何故か飛行機のエンジンに似ているブースターが取り付けられていたが、空中で静止すると車体の中に格納された。
 それが天馬の待っていた存在だった。
「全く……準備ができるまで待機って言ってたのに」
 車から現れた少年は呆れを含ませた口調で天馬に言う。
そんな言葉とは裏腹に間に合ったことへの安心が表情に現れている。
「信じてたから……フェイなら必ずって」
 天馬の協力者であるフェイは車から飛び降りる。決して低いとは言えない高度にあるのにもかかわらず、何事も無いかのように着地した。
 その身のこなしはまるで兎の様。翼のように広がる淡い緑色の髪が動きに合わせて踊っている。
 フェイは天馬と、円堂を見てからアルファ達にその身を向ける。飄々としているように見えて、静かな怒りを蓄えた表情に円堂は少しだけ圧倒された。
 それを真正面から受けているアルファは全く動じない。
「我々の任務を妨害しているのはお前か?」
「妨害しているのはそっちの方だよ――サッカーを消すなんて歴史を変える真似、許されることじゃないよね?」
「YES……しかし我々にも引けない理由がある。既に覚悟はできている」
 会話は平行線。話し合いで解決できる事態ではもうない。
 ため息をついてフェイはアルファ達を見据える。
「だったら戦うしかないね――サッカーで決着をつけよう」
 その提案に目を見開いたのは円堂だ。
 アルファ達は11人――フィールドに出せるメンバーちょうどである。
 しかしこちらは僅か3人――試合など成立できる訳がない。
「ちょっと待ってくれ、こっちのメンバーが――」
 フィールドの隅に降り立った新たに選手が出てくる気配はない。円堂の懸念はその通りでフェイ以外に車にいる人はいない。
 尤も“人”はいないが、“味方”はいる――。
「その心配はないぞ円堂君!」
「ク、クマ!?」
 心配無用だと言うのは水色のクマみたいな“何か”だった。しかも話せる機能付きのクマだ。
 しかしそれはクマにとっていい印象ではなかった。
「クマとは何だ!? 私は天才アンドロイド、そして世紀の大監督――クラーク・ワンダバット様だ!」
「ク、クラーク……?」
「ワンダバでいいよ。彼も僕たちの味方さ……それにワンダバの言う通りメンバーの心配はない」
 あまりにも情熱的なワンダバの自己紹介兼自己評価に円堂は圧倒される。それを引き継ぐようにフェイはメンバーの心配を解消した。
 フェイが指を鳴らす。
 それが引き金になったかのように複数の影がフェイの周りに召喚された。
 フェイと同じ淡い緑色の髪を持つ以外に共通点は無い。ただ分かるのはフェイと同じくらいの大きさであることだけだ。
「これが僕の化身――“デュプリ”さ」
「ひ、人が出て来た!?」
「俺も初めて見た時は驚きました……でも、みんな凄いプレーをするんです!」
 突然現れた8人の人物に円堂は目を丸くする。
 その反応は天馬も通った道で、実力を知る今は頼りになる味方だと思っている。
 二人の反応を見つつフェイは挑戦的な口ぶりでアルファに確認する。
「これで試合はできるよね?」
「そのようだ……試合を受けよう。我々は“プロトコル・オメガ”だ」
 アルファの言葉に応じるかのようにスタジアムの得点板にチーム名とエンブレムが表示される。
 視線でフェイにチーム名を問うアルファ。そしてフェイは既にチームの名前を決めている。
「――“テンマーズ”。僕たちのチーム名さ」



 後に伝説となる少年達を前にしてフェイは高まる期待を抑えるのに必死だった。
 松風天馬に会っていたことが一種のクッションとなっていたので、それを表に出すことは無かったが……。
「紹介が遅れたかな? 僕はフェイ・ルーン――天馬と同じくサッカーを必要とする者だ……君と同じようにね」
 少しだけ格好を付けてみたおかげか場の雰囲気が少しだけ柔らかくなった気がした。
 しかし試合は待ってくれない。
 待たせている相手がいる以上、お互いを知るのは後でもいい。
 そう……負ける訳にはいかないのだ。未来の為に。
「とりあえず前の試合で使った陣形でいこう。僕はFW、天馬はMFで……当然円堂君はGKだよね?」
 質問する必要はないようなものだ。呼び出したデュプリの中にGKをポジションとする巨漢の彼はいないのも理由の一つだが、それ以前に二人の活躍を記憶している以上この割り振りを変えることなど愚の骨頂だ。
 当然天馬も同じことを考えていた。緊張よりも期待感の方が上回っているのが容易に分かる。
「貴方がいるなら百人力ですよ!」
「あ、あのさ……」
 しかし複雑そうな表情で遠慮しがちに円堂が待ったをかける。
 何か不都合なことでもあるのかとフェイは思う。
 だが円堂の懸念はフェイの前提を揺るがす物だった。
「GKってゴールを守るポジションだよな? それなら俺じゃなくて経験のある奴がしたほうがいいんじゃないか?」
 経験? 少なくともこの中でGKに適しているのは円堂以外にありえないのが……。
 しかしフェイは忘れていた。誰だって始まりは素人なのだ。全知全能の神でもなければ、最初はポジションの概念すら知らないのだ。
 真相に気付いたのは天馬が先だった。
「もしかして円堂さん……GKの経験って今まで無いとか?」
 確かに円堂はサッカーにのめり込んでいたのは事実だ。しかしチームですることは今日まで一度も無かった。
「ああ、サッカーって脚しか使わないだろ……基本的に」
 つまり円堂がGKになるのは今日が初めてだと言うことだ。
 フェイは思わず空を仰いだ。誰も悪くない……単純に知ることができなかっただけなのだ。



 初めての試合、初めてのGK……あんなに夢見た光景が、入学した日に叶ってしまった。
 だが初めての試合にして、自身のサッカーを懸けた戦いになるという幸先の良い物では断じてないのだが……。
「さあ、対に試合開始だ! テンマーズ対プロトコル・オメガの戦い。既に選手全員がポジションについたー!」
 フィールドの横で声を挙げている男性――矢嶋陽介が実況を引き受ける。
 “サッカーにおいて実況は必要不可欠な存在”と言い、アルファが以前から召喚している男だった。
 この場にいる誰とも知り合いでは無いのに、何故か呼ばれ続けている謎の人物だ。
 手に持つマイクに選手全員のデータがインプットされ、矢嶋本人にはマインドコントロールで違和感を持たないようにされている。
「ボールを取ったら俺にまわしてください。前線まで運びますから」
 ドリブルが得意と言う天馬がくれた指示はそれだけだ――。
「無理はしないで……こっちもフォローはできるだけするから」
 デュプリを操るフェイは心配そうに先程から円堂を見ている。
先程の一件においてアルファ達のシュートを見ることはできなかった。
つまり――シュートを打たれた場合止められる可能性は零に等しい。
仮に正面から来たとしても、力で敵わないのは身体で教えられた。
ならば、どう戦う?
「――呑まれるな、今できることを全力でやるだけだ」
 後ろを見る必要は無い。あるのは守るべきゴールだけだ。
 そして前で紅白のユニフォームを纏うのは今日で会えた仲間達――天馬が、フェイが、デュプリがそこにいる。
 ベンチに視線を向ければワンダバが堂々と不敵に立っている。
 それが円堂には心強い。
「来るよ!」
 強めのフェイの声と、試合開始の笛が同時に響いた。

 円堂は知る由もないが、以前に天馬とフェイはアルファ達と試合をしている。
 結果的にアルファが撤退した為に無効試合となったが、それなりの実力を持つ天馬でさえ彼らの動きに対応できたのは終盤になってからだった。
 幸か不幸か、初めての試合にして最高峰の次元にその身を投じた円堂は目前で展開されている試合の行方を追うだけで精一杯だった。
「す、すげぇ……」
 重力など無いかのように動き回る両者。
 瞬きでもすればボールの行方など見失ってしまうだろう。
 それでも懸命に構えを崩すことなく、円堂はいつ放たれるか分からないシュートに備えていた。
 流れを先に掴んだのはテンマーズだった。
 パスを受け取った天馬は、状況を変えるために持ち札を切る。
 高鳴る胸の鼓動を走らせ、瞬間的に光速の世界にその身を加速させる必殺技――。
「アグレッシブビート!」
 カバーに入ったDFは光速移動の衝撃に弾き飛ばされる。
 ゴールまでの距離は僅か。そして直線状にいる相手はGKのみだ。
「行け、天馬!」
 ワンダバの指示にも応援にも取れる声を受けて天馬は再び加速する。
 唯一、誰にも負けないドリブルを武器に格上の相手に戦い続けて来た天馬のシュート技も、ドリブルを活かした必殺技だった。
 高速ドリブルの勢いを持続したまま全てをボールに叩き込む。
 勢いを風に変えて、突風の如く突き進む風の必殺技――。
「マッハウインド!」
 全力で叩き込んだ地点からボールは風の砲弾と化してプロトコル・オメガが守るゴールに向かう。
 それを最後の砦であるザノウは冷静に注視していた。
 どんなに圧倒的な実力差があったとしても油断するなど彼にはありえないことだ。
 それを証明するように、的確で適切な距離で必殺技の構えに入る。
 両腕に力を込めて一気に振りぬく。
 一見単純な物だが、交差した腕を振りぬくことによって局地的な乱気流が発生する。
 これはそれを利用した必殺技なのだ――。
「キーパーコマンド03!」
 プロトコル・オメガは必殺技を名称では無くコマンドで管理している。
 その理由はスポーツとしてのサッカー以外――戦闘目的で使用する必殺技だからだ。
 そして正式名称は“ドーンシャウト”――直接触れずに対象物との衝突を防ぐザノウが得意とする技術の完成形だった。
 乱気流によって発生した空気の壁がマッハウインドと激突する。
 数秒の均衡の末に勝利したのは乱気流の壁だった。
「くっ……必殺技じゃ点は取れないか」
「我々の力を甘く見ないでもらいたいな……」
 力を誇示するようにボールを突きつけるザノウだが、即座に思考を切り替える。
 プロトコル・オメガに渡ったボールはこれまで以上の速度で前線に待つFW陣に回される。
 そしてボールを受け取ったのはエイナム。受けたパスをそのままにゴールに向けて射抜くように足を振りぬいた。
「円堂さん!」
 天馬の警告と懇願を混ぜた叫びがフィールドに響く。
 しかし円堂にそれを聞く余裕は無かった。
(来る――!)
 FWにボールが渡った瞬間に円堂の意識はボールの動きに全て向けられていた。
 力で敵わないと知っているがそれ以前に、ボールに触れなければ勝負の土俵に立てないのである。
 幸運なのか、円堂が思う限りシュートコースは真正面から変わることは無いようだ。
 最初の勝負は取った、次は力比べだ。
(腰を低く、ボールから目を逸らさず、両手で捉える!)
 何処かで呼んだ雑誌の内容を思い浮かべて身体を動かす。
 侵食する恐怖を気合で屈服させて、覚悟を決める。
(重要なのは最初……吹っ飛ばされなければ勝機はある!)
 打たれたシュートを認識してから、実際に辿り着くまでに考えられたのはここまでだった。
 数秒にも満たない中で取れる手を全て打った円堂の両手に、ボールが衝突した。
 その衝撃に身体が浮きそうになる。
 それを堪えると次に車にぶつけられたかのような重みが両腕に乗りかかる。
 何か一つでも意識してなかったらとっくに弾き飛ばされたであろう状態で、円堂は震える腕をなんとか制御した。
「ぐっ……負けるかぁぁぁぁぁ!!」
 最後は気合しかなかった。
 腹の底から吠えて、限界を超えている身体を奮起させる。
 数秒にして数時間の攻防――その果てに。
 ボールは円堂の両手に収まった。
 その結果に沈黙がフィールドを走る。
 それを壊したのはテンマーズを率いるキャプテンだ。
「と、止めた!」
 当事者よりも喜びを露わにしている天馬。
 意外と当然を入り混じったフェイ。
 無表情の中に僅かな驚愕を覗かせるアルファ。
「……よし!」
 初めて成し遂げた勝利に円堂は静かに喜ぶ。
 だがそれは試合全体から見れば僅かな物にしか過ぎない。
 それでも円堂にとっては大きな一歩だった。

 試合は止まらない。
 円堂が奇跡的に掴んだ勝利は、流れを大きく引き寄せはしたもの得点には至らない。
 サッカーの試合に置いてどんなに圧倒したとしても点が取れなければ意味は無い。
 既に天馬の必殺技はザノウの前に屈した以上、得点を取れる可能性はFWであるフェイにかかっていた。
「せめてあの力があれば楽だったけど……」
 前哨戦となる試合でフェイは確かにザノウから点を奪ってはいた。
 しかしその手段をこの試合で使うことはできない。
 その為にフェイが取れる手は限られていた。
「フェイ!」
 天馬のパスがフェイに届く。
 先程の天馬と同じく、GKと1対1の状況に持ち込んだ。
 フェイはボールを両足で固定して必殺技の構えに入った。
 溜めをつけて大きく空中に舞い上がり全身をバネにしてボールを叩きつける――。
「バウンサーラビット!」
 回転と勢いを与えられたボールは独特の動きでゴールに向かって飛び跳ねて行く。
 その動きはまるで兎の様だ。
「キーパーコマンド03!」
 しかしザノウは冷静に軌道を読みドーンシャウトを発動させる。
 威力よりも攪乱を狙った必殺技である以上、読まれてしまえば通用する訳も無かった。
「……やっぱり、得点は無理か……」
 ザノウの前に完全に静止したボールを見てフェイは落胆するまでも無く、淡々と結果を受け止めた。
 諦めるにはまだ早い。試合時間はまだ有り余っているのだから。
 虎視眈々とチャンスを窺い、隙を逃さない。
 それがフェイの戦略だった。

「そろそろ行くか……」
 硬直する状況を好ましくないと思っていたのはフェイだけでは無い。
 アルファも得点を狙うことを決めていた。
 あくまでこの試合は勝つのが目的では無いのだ。
 どれだけサッカーが無意味で不必要かを知らしめる為の試合なのだ。
 隣に立つ女性FWレイザに指示を出す。
「次で決める。パスを回せ」
 そしてレイザは尊敬する彼の指示に承知で返す。
 その時は即座に来た。
 視界の中で動きを把握していたザノウがレイザにロングパスを回す。
 それを受けてレイザはアルファにボールを回す。
「ご存分に――お暴れください」
「――YES」
 これまで動きを見せなかったアルファが初めて明確に動いた。
 プロトコル・オメガのキャプテンは実力も別次元だった。
 これまで以上のスピード、パワーでデュプリの守りを蹂躙する。
 障害など無いかのように円堂が守るゴールに突き進む。
「……来い!」
 これまで以上の気迫でアルファに対峙する円堂。
 そしてアルファはそれに対し全力で応えようと決め空に跳ぶ。
 自身とボールを一つに回転させて竜巻と化す。
 上空に達した所で竜巻の力をボールに融合させる。
「シュートコマンド01――!」
 ファーストナンバーを与えられたアルファだけの必殺技。
 アルファの蹴りがトリガーになり、鋭い槍の様になったボールがゴールに飛来する。
 スピニングトランザム――加速していく圧縮空気を利用した必殺シュートの名だ。
「これが必殺技――!」
 直接向けられた必殺技を前に円堂は鋭い視線を向ける。
 実際に見るよりも、向けられた方がその脅威を実感できる。
 それでも持てる全てを両腕に込めて勝負に臨む。
 だが素人とエージェント、素手と必殺技では結果など見えている様なものだ。
「ぐあああ!」
 槍に貫かれるようにネットに身体を叩きこまれる。
 失点――。
 身体の痛みよりも、その事実が円堂には辛かった。
 それでも試合は待ってくれない。
 激痛を訴える体を無視して立ち上がると笛の音が耳に入る。
「ここで前半終了だー! 得点差は一点、後半で逆転成るか!? それとも守り通すのか!?」
 やはり限界だったのか、身体から力が抜けるのが分かった。
 駆け寄る天馬に苦笑いしか円堂は返せない。
「わりぃ……入れられちまった」
 顔を上げることができない。
 任された以上、その責任を果たしたかった。
 失望されていると感じる円堂を呼び戻したのは、やはりキャプテンだった。
「そんなことないです! 一点に抑えるだけで十分ですよ!」
 掛けられた言葉は真逆だった。思わず目を丸くして声の主を見る。
 そこには至近距離で感激している天馬の顔があった。
「天馬の言う通りだよ。初めてでこの結果は想像以上さ」
「一点差などすぐに逆転できる様なものだ。心配しなくていいぞ」
 安心させるようにフェイが付け足す。
 ワンダバが堂々と宣言する。
「そっか……よかった――」
 チームの意味が少しだけ分かったような気がした。



 ベンチに戻ったテンマーズだが、後半に向けた不安は依然としてあった。
 誰もが思っているそれを口に出したのはワンダバだ。
「問題は攻撃面だな……」
「天馬も僕も彼から点を奪えない以上、必殺技で真っ向から勝負しても勝ち目は薄いね」
 明確なパワータイプではないフェイや、ストライカーでない天馬が事実上の最大決定力を担っているテンマーズにこれ以上の決め手は存在しない。
 一点差の戦況でさえ上等の流れなのだが、最低二点以上必要の今火力不足の欠点が大きな問題になっていた。
 デュプリも必殺技は持つが、主であるフェイには劣る。
 円堂はそれ以前に必殺技を持っていない。
 万事休すな状況。打開策が無いまま後半戦を迎えようとしていた。
「――その試合、俺も入れてくれないか?」
 声の元は上からだった。
 円堂達だけでは無く、アルファ達もその方向に顔を向ける。
 彼は観客席の入り口から静かに降りて来た。
 藍色の髪と鋭い目付き、そして口元のほくろが目に入った。
 その姿に天馬は見覚えがあった。
「剣城――!?」
「知り合いなのか?」
 確かに彼は天馬の知り合いである。しかし天馬の認識している人物とは少し違った。
 その回答にも彼は納得していた。この事態について既に把握はしている。
 観客席の手すりを身軽に飛び越え彼は天馬達の前に着地した。
 天馬は自身の思う人物とは雰囲気が違う……それを察知して断言ができなかった。
「初めまして天馬君。俺は剣城優一……君の知っている俺とは違う俺だけどね」
「そうだ……優一さんだ。でも優一さんは――!」
「君の時間軸だと俺はサッカーをしてないみたいだね……でも俺の時間軸は反対にサッカーを続けている」
 サッカーを必要とする者は確かに存在する。
 そして時空の歪みが新たな出会いを齎す。

「サッカーを取り戻す為に俺も共に戦うよ――さあ、反撃開始だ!」