隆二と別れてから一カ月の月日が流れていた。別れを告げてから一度だけ、「もう一度やり直せないか?」というメールがあったが、「その可能性は1ミクロンもない」と告げてから、隆二が連絡をしてくることはなかった。
「1ミクロンもない」と言い切る私を読者諸兄は薄情な女だと思うだろうか? ……きっと思うだろう。
私だって思う。でも、可能性がないのに思わせぶりな言動はできない、というのが私の決論だ。誠意ともいえる。
これでも付き合っているときは誰もが私を「いい彼女」だと言う。私は相手の真意を懸命に見抜き先回りをするのが得意だった。ゆえに、付き合ってから彼氏が私に向ける愛情は例外なく増幅した。自慢じゃないが付き合ってから振られたことはただの一度もない。口幅ったいがそりゃあそうだろうと思う。
私は好きな男のためにはいつだって一生懸命なのだ。掃除洗濯家事全般はもちろんやる。(自分の部屋に触れてほしくない男もいるだろうが、そういう男とは付き合ったことがない)手料理だって喜んでするし、健気に彼の帰りを待っていたりする。
でも男は違った。どんな男も、付き合う前の必死さは明らかになくなっていく。隆二だって付き合う前は「俺はユウカちゃんのこと毎日迎えに行きたい」と胸を張ってアピールしていた。それは、私が帰りが遅くなったときに迎えに来てくれる男の人がいい、と話したからだ。別に強要した覚えはない。隆二は自ら立候補したのだ。なのに、付き合ってみたら迎えには来てくれるものの、明らかに不機嫌なときもある。この変化は一体なんなのだろうか? ふざけてるとしか言いようがない。それなら来てくれなくていいとハッキリ思う。
こんな風に、隆二は次第に不機嫌なときは平気でそれを表に出すようになったが、私は不機嫌になったことは一度もないと思っている。事実、彼に訊ねてみたことがあるが、「ユウカはたしかにないなぁ。生理のときもいつもと変わらないしな」と言われた。そんなの私にとってみれば当たり前なの話なのだが。
機嫌が悪いそぶりを見せる人間は、はっきり言って相手をなめている。より素に近い自分を出せることはいいことだと言う人もいるが、やはり交際相手をなめていると私は思う。どこかでこの人なら許してくれる、そう思っているのだ。しかし勘違いしないでほしい。私は彼の親ではないのだ。許してあげるのは大人の対応をしているだけであって、こちらだってイイ気はしない。胸がざわざわと波立つのを必死で抑えているのだ。
しかし、しかしだ。たまにならば愛情でなんとかなる。むしろ自分にしか見せない一面はかわいいとさえ思える。これは人間の心理だ。だから私は“小さなわがまま”はあえて言ったりする。彼が自尊心をくすぐられるような「できないからやって」は効果絶大だ。ただここで勘違いをしてはいけない。図に乗ると相手の負担が大きくなり、辟易とし、破綻する。モテる女はこれを本能で知っている。どこまでが“かわいいわがまま”なのかということを。しかし男は違う。男という生物はこちらが許しているとどんどん図に乗るという習性がある。私はそれを痛いほど学んだ。結果、私の愛はどんどん冷めていく。
たいてい、どの彼の場合も私の方から姿を消す。いつまでも未練たらしく付きまとうのはいつだって男の方なのだから。「悪い所を直すから」、「君の思いを尊重するから」今更、そんな論点の違う所を責めてきてもらっても困る。
私は別に無理に合わせてもらたいと思っていない。相手を本気で思っているのなら、自然と相手の望むことをしているはずだ。お互い無理をする必要はない。彼も私なんかに固執せず、自分と価値観の合う人間と付き合った方が幸せなはずだ。私と彼の人生は一瞬交錯したけれど、たぶん、もう1ミクロンも交わることのない道をこれから歩いていく。
これで30代に入って、3人目だ。原因は……なんだろうか?
私は男を見る目だけには自信がある。今まで付き合ってきた男たちは、全員世の中で高い需要があった。古くさい3高なんかではなく、仕事もできて友人も多く空気の読める人気者。そんな今風な、いい男だったと思う。しかし、自分が結婚する相手となると彼らは違った。私は深くため息をつく。私の目の前に横たわる結婚という川は、狭くなったり広くなったりを繰り返している。勇気を出せば、私の跳躍能力(容姿・性格・家柄を含めた総合点)なら簡単に飛び渡ることもできるだろう。しかし、私はまだ飛べずにいる。
そんな私に友人たちが付けたあだ名はレジェンド・ユウカ。
結婚市場に残された最後の掘り出し物という意味だと説明されたが、たぶん揶揄する意味もあるのだろう。
妥協を知らない私が最後にどんな男と結婚をするのか、既婚の友人達は全員興味深げに私を見ている。
でも、私は必ずいい男を捕まえる。
彼女たちの残酷な期待に応えるつもりは一切無いのだ。待ってろ、いい男。私は34歳になる今年、結婚の川を越えることを決めた。
(イラスト:ハセガワシオリ)