トランプに眉をひそめる女性の有権者
誰にも止めらないほどの勢いがあると見られていたトランプだが、代議員の過半数獲得が微妙になってきている。最近の予備選でクルーズが好戦しているのだ。
以前「トランプにハイジャックされた共和党の奥の手」でも書いたように、たとえ獲得代議員数がトップであっても、過半数が取れなかった場合には、オープン・コンベンション※で、ほかの候補が選ばれる可能性があるのだ。
※ブローカー・コンベンションの別名(ブローカー・コンベンションではイメージが悪いので名称を変えたようだ)。投票で過半数を得る候補がいなかった場合、予備選の勝者ではない候補者を、「談合」で「党の指名候補」に選べるという裏ワザ。
共和党のエスタブリッシュメントとエスタブリッシュメントを推す外部政治組織がこれまで大金を注ぎ込んでもほとんど影響も与えることができなかったのだが、本選では、エスタブリッシュメント以上にパワーを持つ集団が動きそうな気配がある。
その集団とは、「女性」である。
民主党のイベントに来た、ヒラリーとサンダース両方の女性支持者
女性を侮蔑する行動にかけては、トランプはこれまでも有名だった。コメディアンで人気トークショーの司会者だったロージー・オドネルとは、2006年から公の場で喧嘩を続け、これまでに「負け犬(loser)」「太った豚」などと呼んでいる。また、2012年にはハフィントンポストを開設したアリアナ・ハフィントン本人へのリプライの形で「アリアナ・ハフィントンは、中身も外見も魅力がない。前夫が、ほかの男のもとに走った理由がよくわかる。彼は良い決断をした」というツイートをした。
「アリアナ・ハフィントンは、中身も外見も魅力がない。前夫が、ほかの男のもとに走った理由がよくわかる。彼は良い決断をした」(2012年8月28日|Twitter)
そして、昨年8月からは、フォックスニュースのベテラン女性司会者メーガン・ケリーに対して、異常ともいえる攻撃を続けている。 その発端は、共和党候補者ディベートでのトランプの過去の女性蔑視発言に関するケリーの質問だった。「女性を『太った豚、犬、だらしないズボラ、胸くそ悪いけだもの』と呼ぶ行動は、大統領にふさわしい行動かどうか?」という質問である。これは、大統領候補のディベートとしては、とりたてて厳しい質問ではない。だが、トランプは激怒し、CNNの番組で「(ケリーの)目から血が流れ出しているのが見える。ほかのどこかからも血が出ている(のだろう)」と、ケリーが月経で機嫌が悪かったことを示唆する発言をした。
けれども、予備選開始前の2月のニューハンプシャー州では、まだトランプの発言が過激になっていなかったせいか、顕わな嫌悪感を示す女性はいなかった。
トランプのイベントで会った労働者階級の女性は、「トランプにするかバーニー(サンダース)にするか迷っている。どちらも、思ったことを隠さず口にするから、信頼できる。でも、バーニーが言うように大学をタダにしても、私の息子が抱えている大金の学費ローンは戻ってこない。それは不公平」とトランプになびいているようだった。
トランプのイベントに来たファンの女性
マルコ・ルビオのイベントで出会った女性たちは、トランプのラリーとはまったく異なるタイプだった。カジュアルな身なりにしても、服の質と装飾品で高所得層だということがすぐにわかる。そして、夫婦で参加している人も多い。何人かに話を聞いたが、トランプの話題になると、彼女たちは一様に「フフン」と鼻で笑う。ある女性は、「話は面白いけれどね」と断ったうえで、「私たちが選んでいるのは大統領よ。王様じゃないわ」と肩をすくめた。
しかし、それでもトランプのファンの女性はけっこういたし、勢いに翳りが見えることはなかった。だから、前回「『選挙は金次第』の常識が変わった2016年の大統領選」で書いたように、トランプは「何を言っても許される」という無敵感を抱くようになったのだろう。
女性に対してエラー続きの王様トランプ
しかしこのところ、トランプはいくつかのミスを連続でおかした。
ひとつは、ライバルである共和党候補クルーズの妻ハイジの写真と、スーパーモデルの自分の妻の写真を並べたツイートだ。しかも、ハイジ・クルーズの写真は、わざとひどいものを選んでいる。
政治的信念や、候補者のクルーズの好き嫌いにかかわらず、これに不快感を覚えない女性はほとんどいないだろう。
さらに次の失言は、もっとインパクトが大きかった。
MSNBCのクリス・マシューズが、「女性の(中絶を)選ぶ権利(pro-choice)」について質問していたときに、最初ははっきりした答えを避けていたトランプが、「なんらかの処罰があるべきだ」と口を滑らしたのだ。
これを知った女性たちは当然怒った。妊娠は女性1人ではできないのに、トランプは妊娠させた男の責任は問わず、中絶した女には刑罰を与えるつもりなのだと。
また、先のケリーに対する共感と同情も、トランプへの反感につながった。トランプは、3月になっても、「Crazy @megynkelly 」(気が狂ったメーガン・ケリー)と本人へのリプライの形で、4日にわたって10以上のツイートを送り続けたのである。これらを読むと、まるでストーカーのようだ。たくさんのフォロワーがいる有名人にこのような攻撃をされ、リツイートされる恐怖を、普通の女性なら自分のことのように感じるだろう。
女性有権者の73%がトランプに悪感情を抱いている
それまでトランプに投票することを考慮していた女性たちも、こういった言動が増えるにつれ、トランプを見る目が変わってきたようなのだ。最近の世論調査では、なんと女性有権者の73%がトランプに悪感情を抱いているという。共和党だけに絞っても、47%は「支持することが考えられない」と答えている。
これは、トランプにとって深刻な数字である。 なぜかというと、アメリカでは、女性票のほうが大きいからだ。 1964年から2012年までのいずれの大統領選挙でも、女性票のほうが男性票より多い。最後の大統領選である2012年には、女性票が7140万、男性票が6160万だった。
この2012年の大統領選挙では、共和党候補のミット・ロムニーは、男性票では54%対46%でオバマ大統領に勝っていたのに、女性票では44%対56%で負けた。その結果が、オバマ大統領の勝利だった。「女性がオバマ大統領を再選させた」と言っても言い過ぎではないだろう。
特に生真面目に投票するのは、高齢層の女性だ。 アメリカ合衆国で女性が投票権を得たのは1920年であり、まだ100年も経っていない。女性の参政権運動の厳しさを母親たちから聞いて育った世代は、それらの女性が戦って得た権利を無駄にするのは許されない行為だと思っている。だから、必ず投票する。
80歳を超える私の姑もその1人だ。 投票権を得てから、一度として棄権したことはないという。 1960年前後にハーバード大学ビジネススクールで学んだ舅を含めて、付き合いがあるのは共和党支持者ばかりだった。そのためか、今でも昔の共和党のイメージのままで忠実に投票してきている(「民主党候補に投票したのは、1992年のビル・クリントンが初めて」と打ち明けてくれたが)。
女性の「中絶の権利」による候補者のチョイス
姑とその友人たちが今回の大統領選についてどう思っているのか尋ねてみた。
姑はまず大きくため息をつき、「う〜ん、どうするか分からないわ」と答えた。「投票は国民の義務だと思っているけれど、今回は投票しないでおこうかと思っている。投票したい人が、誰もいないから」と言う。 「Aさんも、Bさんも、友だちはみんなそう言っているわよ」と。
その理由のひとつは、共和党候補者たちの中絶に関する立ち位置だ。
彼女たちは、現在では「絶滅に瀕している」とまで言われる「中絶権利擁護派(プロチョイス)」の女性共和党員なのだ。
現在の共和党は「中絶反対派(プロライフ)」がマジョリティで、これを公言しないと大統領候補になれないとみなされている。
だが、1世代前の共和党支持者には、「経済的には保守、社会的にはリベラル」という人がけっこういた。姑とその女友だちもこの部類で、しかも古いタイプのマイルドなフェミニストだ。姑たちが若かった頃には、アメリカでは中絶は違法だった。「妊娠の責任を取らされ、出産で生命を危機にさらすのは女性なのに、中絶の権利を奪い、女を罰するのは、何のリスクも取らずにすむ男というのはおかしいじゃないか?」という疑問と憤りを抱えて育った彼女たちは、1973年の「ロー対ウエイド」事件に関する最高裁判所の判決で中絶が合法になったとき、大歓迎した。彼女たちの世代にとって、「中絶を選ぶ権利」の獲得は、その前の世代の「女性の参政権」に続く輝かしい勝利だったのだ。
だから、彼女たちは、共和党支持者でありながらも、頑固なプロチョイス派であり、「家族計画同盟(Planned Parenthood)」の支援者である。今年の冬も、フロリダで仲良くみんなで「家族計画同盟」の資金集めイベントに参加してきたという。
そういった彼女たちにとって、中絶を違法にしようとするクルーズ候補や、中絶した女性への処罰を口にするトランプは許せない存在だ。ケーシックは、「すでに法で決まったことなのだから、後戻りはしない」と言うが、基本的には「プロライフ(中絶反対派)」だし、特に魅力を感じないという。
興味深いのは、姑たちのような年配の共和党員の女性のほうが、私が出会ったサンダース支持者のリベラルな若い女性よりも、「中絶の権利が奪い去られること」に危機感を持っていることだ。生まれたときから「女性が投票する権利」や「中絶を選ぶ権利」があたりまえだった20代の若い女性たちは、それらを守るために戦う必要はさほど感じていない様子だ。少なくとも、候補者に求める政策でのプライオリティは低い。
ところで、党員しか参加できない制度の州で、共和党に登録している姑たちは、予備選では民主党候補への投票はできない。でも、本選では、中絶反対派に対する「反対票」としてサンダースかヒラリーに(いやいやながらも)投票する可能性もある。あるいは、「投票しない」という可能性も。
それらの選択により、選挙の結果が決まるかもしれない。
世代の違いや、保守とリベラルの違いも含め、今年の大統領選挙では、女性たちの動きから目が離せない。