人類に残されたのは、言葉と論理。アルファ碁が示した人工知能の可能性とは

Google傘下のディープマインド社が開発した「アルファ碁」と、イ・セドル九段が5局戦った「Google DeepMind Challenge Match」。コンピュータ囲碁の進化を一気に早めたと言われる囲碁プログラム「アルファ碁」は、イ・セドル九段に4勝1敗で勝利しました。この対局の意味とは。そして、3Dゲームさえ自己学習で攻略してしまう人工知能は、この先どんな進化を遂げるのでしょうか。コンピュータ囲碁に詳しい棋士・大橋拓文六段と、将棋プログラム・Ponanza開発者で囲碁プログラムも開発している山本一成さんと共に振り返ります。(聞き手 cakes加藤貞顕)

アルファ碁が、囲碁というゲームの伸びしろを教えてくれた

加藤貞顕(以下、加藤) さて、ここまで全5局を振り返ってきたわけですが、イ・セドルさんとアルファ碁の対局結果について、囲碁のプロ棋士はどういうふうに受け止めてるんですか?

大橋拓文(以下、大橋) もうアルファ碁が強すぎたので、よく「アルファ碁先生に代わって打ってもらいたい」とぼやいてます(笑)。

山本一成(以下、山本) 本当に囲碁界のみなさんは、柔軟性があるよね。ありすぎるくらいだ(笑)。国際的なゲームだからなのかな、業界全体にオープンな感じを受けました。


左:山本一成さん、右:大橋拓文六段

加藤 山本さんは、将棋プログラムのPonanzaで最強になって、次はということで、囲碁のプログラムに挑戦しているんですよね。ドワンゴがサーバー環境などのリソースを用意して開発をすすめる囲碁ソフトZENのチームに加わったと、先日発表がありました。この対局を受けていかがですか?

山本 いやあもう、やばいですよね。とにかくやばい。手放しで賞賛しますよ。チェスや将棋、囲碁といったゲームソフトの世界で、アルファ碁はまさに金字塔を打ち立てました。レーティングでいったらZENとアルファ碁は、1月に『Nature』でアルファ碁についての論文が発表された時、1000点くらい離れてたんです。ZENが2000、アルファ碁が3000くらい。 ※レーティングは強さを表す指数。400点差で勝率90%程度になるように数字を調整していく仕組みが一般的。

大橋 ZENはアマチュアのトップより少し弱いくらいだよね。

山本 ほかの囲碁プログラムも2000年代後半からけっこう強くなってきてはいたんだけど、アルファ碁は桁違いです。やっぱり開発における人的リソースが潤沢なのが強いですよね。

加藤 Googleが2年前に、ディープマインド社を約5億ドルもの大金で買収したのは、何より人材がほしかったからですよね。

山本 このチャレンジマッチは、興行としても最高の盛り上がりを見せましたよね。囲碁界にとってもすごくよかったんじゃないでしょうか。

大橋 「最高の斬られ方だった」と言われていましたね。

山本 まさにそうですよ。だからこれ以降は、いま世界のレーティングトップの棋士・柯潔(カケツ)さんが出てくるかどうかじゃないかな。私が対局のコーディネーターだったらそう考える。

加藤 セドルさんとの対局が決定してから、ヨーロッパチャンピオンに勝ったことを論文といっしょに発表するという、Google側のプロモーションの流れも絶妙でしたよね。しかもヨーロッパチャンピオンと戦った時は、まだここまで強くなかったから、その棋譜を見てセドルさんも油断してしまったんじゃないでしょうか。

大橋 あの対局のアルファ碁は弱いという評価が多いんですけど、ぼくはけっこう強いと思っています。間違いなく今のほうが強いですけど、あの当時対局しててもセドルさんと結構いい勝負だったかも。

山本 さすがにそれはないんじゃないですか。論文により強くしたって書いてあったし、じっさい今回セドルさんと対局したバージョンは、もうレーティング4500に達したそうですよ。数ヶ月で1500アップって、おそろしい数字ですよ。

加藤 短期間で、どうやってそんなに強くしたんでしょうか。

山本 いろいろなバリエーションが考えられますが、ひとつは自己対戦の質を上げること。普段学習しているときの自己対戦はおそらく、時間をほとんど使わない脊髄反射みたいな手を打ってると思うんですけど、もっとちゃんと計算してしっかり対局させる。その棋譜を使って学習する。そういうことをしたんじゃないでしょうか。私ならそれをまずやりますね。なにしろGoogleですから、計算リソースは無限レベルにありますし。

大橋 ぜひディープマインド社にはこのまま開発を終わらせないで、アルファ碁くらい強いソフトが常時どこかにいる状態にしてほしいですね。ほかの強いソフトが出てくるのでもいいんですけど。アルファ碁の碁を見て、囲碁の伸びしろはまだまだあると知ることができました。

山本 それは前から知っていたんじゃないの?

大橋 知ってはいたけれど、対局として見せられるまで、具体的にどういうものかがイメージできていなかった。それはぼくだけでなく、他の棋士もそうだと思います。どうすればセドルさんに圧勝できるのか、誰もわからなかった。それを見せてくれたんですよね。

山本 将棋だって、まだまだ上がありますからね。囲碁はわかっていない部分も多いし、もっと伸びしろあるでしょう。

世の中でおこなわれている判断のほとんどは、囲碁より簡単だ

加藤 そういえば、先日、将棋倶楽部24(ネット上の将棋対局サイト)に山本さんが開発した将棋プログラム・Ponanzaが参戦したんですよね。

山本 そう。2日間だけやったんです。

加藤 あれ、棋譜を見ましたけど、えげつなかったですね。24の猛者たちが、次々にやられていく。完全に人外レベルの強さになってませんか。驚きました。

山本 結局、69戦やってPonanzaが全勝しました。

大橋 すごい! トッププロでも同じ条件で全勝は無理じゃないかな。

山本 だと思います。人間だと、どんなに強くても1割くらい負けるんじゃないかな、と。将棋って、自分がアマ三段くらいになってからは、本を読んでもあっと驚くような手はなくなってきたんです。なるほど、考えてみたらそうだよね、という手ばかりで。でも、Ponanzaは次々と「え、そんな手あるの!」という手を指すんですよね。将棋というゲームにはまだ先があるんだなと思わされます。

加藤 いや、あんな将棋みたことないですよ。一見悪手にも見える強引な手を指して、そこからぐいぐい攻めて、勝つ形にもっていく。人間のレベルをはるかに超えてしまったなと思いました。

大橋 Ponanzaって相当ぐいぐい系だよね。将棋はぐいぐい攻めたほうが強いゲームなのかな。囲碁は、今回のアルファ碁を見ても、強くなったからってぐいぐいいくわけじゃなかった。上品だった。

山本 たしかにね。

大橋 それはちょっとうれしかった(笑)。

山本 でもそれは、アルファ碁が追い詰められなかったからかもしれないよ。アルファ碁よりも強いソフトが出てきたら、下品な碁を打つのかも。

大橋 まあね。正直言って、今回セドルさんはアルファ碁にさらっと流されてるからなあ。

加藤 このアルファ碁の勝利は、これからの人工知能の活用にどういう影響があると思いますか? というのも囲碁って、世の中にある問題の半分くらいよりも、むずかしい気がするんですけど。つまり、人工知能が人間にかわっていろいろできそうな気がします。

山本 いや、むしろ、人間のやっていることで囲碁よりむずかしいことって何かありましたっけ?(笑)

大橋 え、そんなに囲碁むずかしい?

山本 むずかしいよ。私は囲碁よりむずかしいことなんて、思い浮かばない。例えば、医療のX線の画像診断ってもうだいぶ人工知能がうまくやれるようになってきたんだよね。医者の仕事は人工知能に置き換えられるかもしれない。

加藤 たしかに。政治も人工知能で代替できそうじゃないですか?

山本 国会でなされている判断と囲碁の形勢判断だったら、囲碁のほうがむずかしいと思う(笑)。シンガポールでは政治への人工知能導入を本気で検討しているそうですね。まあでも、人工知能は根回しとかできないからなあ。

加藤 あと、人工知能は責任が取れない、というのはありますね。そこは人じゃないと(笑)。

大橋 でもそういう重要な決定に人工知能を使うとしたら、第4局でアルファ碁が見せた間違いのようなリスクをどうするか考えないといけないですよね。だって、5局に1局はそういう間違いが起こるってことはけっこうな頻度だよ。

山本 それは許容してもいいのでは? だって、人間はもっと間違いますよ。人間って、人間はしないタイプのミスに厳しいよね。

大橋 そうか。セドルさんに4勝1敗できる棋士はいないもんな。そうかもしれない。

山本 だから私は、運転も人工知能に任せたい派です。事故の危険があるとか言うけど、人間が運転するよりも減るのは間違いない。そういえば、ディープマインドの学習アルゴリズムのDQNは、3Dゲームもできるようになったらしいんですよ。

加藤 おお。たしかに3DのFPSゲーム(※2)は、運転よりもむずかしそう。あれができれば運転とかできますね。きっと。 ※2 First Person Shooting Gameの略。プレイヤーが本人視点でゲームの中の空間を任意に移動でき、戦うアクションゲーム

大橋 本当にSFマンガの世界がすぐそこに来ていますね。

山本 いやいや、人間が囲碁でコンピュータに負けるんだよ。もうマンガの世界だよ。

大橋 たしかに(笑)。

山本 人間に残されたのは、言葉と論理しかないんじゃないかな。

加藤 自然言語処理は、人工知能の次のフロンティアですよね。

山本 次どころか、最後のフロンティアだと思います。

加藤 本格的な自然言語処理がコンピュータにできるようになると、インターネット上にある文章から人工知能が勝手に学べるようになりますよね。

大橋 どうしよう、そんなことになっても人類は生き残れるかな。

加藤 人間は特になにもしないで、VRメガネをかけて仮想世界で遊び続ける、みたいな未来がくるんじゃないですか?(笑)

山本 その世界で無限にアルファ碁先生に碁を教えてもらえるんだよ。楽しいよきっと(笑)。

大橋 シュールな世界だ……。いろいろな物事の決定権が人間からコンピュータに移るんだろうね。それは今もそうなりつつあるか。囲碁でも人間は形を決めたがらないけど、アルファ碁はバシバシ決めてくることがわかりましたもんね(笑)。

山本 いかんせん人工知能はかしこいですから。滅ぼすにしても、上手に人類を滅ぼしてくれるはずです。まあ滅ぼすまでは言いすぎだけど、アルファ碁は本当にすごかった。私はあの5局が終わってからも、しばらく衝撃から抜けられませんでした。この対局は、歴史に残ると思います。将棋や囲碁で負けると、人間にしかないと思われていた知性の部分が人工知能におびやかされると感じるのか、仕事が奪われるなどの悲観論がたくさん出てきますよね。

加藤 人工知能によって代替される仕事、みたいな記事を最近よく見かけます。

山本 でも本来、人工知能は人間の生活を改善し、楽にするために開発されている。病気が早期に見つかったり、簡単に文章が翻訳できたりしたら、すごくいいじゃないですか。たしかに人工知能の圧倒的な性能は時に暴力的にすら感じるけれど、ネガティブな要素をうまくコントロールすれば、きっと社会は良い方向に向かうと思います。

加藤 ですよね。本当におもしろいお話でした。大橋さん、山本さん、本日はありがとうございました。

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コメント

hotori "加藤 人間は特になにもしないで、VRメガネをかけて仮想世界で遊び続ける、みたいな未来がくるんじゃないですか?(笑) 山本 その世界で無限にアルファ碁先生に碁を教えてもらえるんだよ。楽しいよきっと(笑)。" https://t.co/Le6KeVO89z 33分前 replyretweetfavorite

hagoromo_andy 面白い対談だった。 山本さんの話はもっと聞きたいよね。 約1時間前 replyretweetfavorite

mitsu_man 囲碁よりも難しいことは確かにこの世に無さそうだなぁ。 約1時間前 replyretweetfavorite

jmz 最後まで面白かった。この二人のニコ生の解説も良かったし。あと、将棋…w>「本当に囲碁界のみなさんは、柔軟性があるよね。業界全体にオープンな感じを受けました。」 約1時間前 replyretweetfavorite