2人が夏目に理解を示す場面
番組開始から5年間、『マツコ&有吉の怒り新党』(テレビ朝日)で進行役を務めてきた夏目三久アナウンサーが3月末で番組を降板した。この番組をほぼ欠かさずに観てきたが、ずっと謎に思ってきた点があって、もしかしたら数名くらいとなら共有できるかもしれない。読者から届いた「怒りの声」について2人が議論し終えると、採用か不採用かを決め、夏目が隣に置かれている箱に仕分ける。仕分け終えると「続いて参ります」と次のお便りに移るのだが、次の「怒りの声」を読み上げるまでの1秒ほど、カメラは高いアングルからの3ショットを映す。そのショットに映る夏目の口の動きと、映像に被さる夏目の声が必ずズレるのだ。夏目の正面ショットに切り替わると、音声と映像は合致している。あのズレた1秒を、なぜわざわざ残し、繰り返したのだろう。疑問が晴れぬまま辞めてしまった。
番組が始まった当初は、毒舌ブームを象徴する2人の「怒り」の切れ味を堪能する番組だったが、その切れ味は徐々に弱まっていった。弱まったというか、2人が意識的に弱めていった。始まったばかりの頃は「怒り」の攻勢に困惑していた夏目も、そのうちに2人を活かすための冷静さを発揮するようになる。夏目が投稿側の意見に自分の意見を滲ませるようになり、その意見を2人が抽出することで、牧歌的な空気が生み出されていった。2人でまとめあげた意見であっても、投稿者を介した夏目の意見を受け止めて「んまぁ、それもそうね」と理解を示す場面が見受けられるようになったのだ。
作り上げたテンションを「間」で崩す
夏目がMCを務める朝のワイドショー『あさチャン!』(TBS)は2014年春からスタートしたが、最初の1年間は学者・齋藤孝と夏目が横並びのスタイルだった。バファリンの半分は優しさでできているらしく、私たちは残りの半分に期待して飲み続けているわけだが、齋藤孝は全てが正しさでできていて、深刻なニュースでもコミカルな話題でも「これぞ正答」しか並べてこない。朝から注げる優しさを半分どころか少しも用意できなかった自分は『あさチャン!』にチャンネルを合わせることができなかった。夏目が1人で全体を管理するようになってからも、番組全体に正しさが充満する傾向は変わらないものの、ひとまず温度調節は可能になりました、くらいの柔軟さは伝わってくる。
特に目新しい考察でもないが、マツコや有吉がお題に対して前のめりになっている時の、夏目の「間」の取り方は絶妙だった。2人の議論が一通り熟して終わらせるべき段階に入っても、すぐには参加せずにひと呼吸おく。かと思えば、まだ2人の議論が続いているのに、ズケズケと切り込んでいく。2人が築くテンションの強弱を「間」で崩していくのだった。
アナウンサーは「滑舌」より「間」に悩む
アナウンサーが書いた本をいくつかまとめ読みしたら、押し並べて「間」についての悩みや技法が吐露されていて驚いた。テレビ東京の狩野恵里『半熟アナ』(KADOKAWA)には、『モヤモヤさまぁ~ず2』を大江麻理子アナから引き継いだばかりのとき、さまぁ~ずから「間を埋めすぎ」と注意されたとあるし、フジテレビに在籍していた高島彩『聞く 笑う、ツナグ。』(小学館)には大塚範一から、無理にコメントを挟まなくていい、と言われて「大塚さんの作る『間』を邪魔しないように心がけました」とあるし、日本テレビに在籍していた馬場典子『ことたま』(実業之日本社)には、間を埋めるための早すぎる返事、早すぎる反応、適当な相槌が増えがちだが、「間を恐れない」「間は魔ではない」と思うことが大事だと繰り返し主張されている。
元NHKアナウンサー・松平定知も、「おアイソ相槌」だけはうたなかったと、『アナウンサーの日本語論』(毎日新聞社)で述懐している。自分がインタビュアーになったときには「自分がわかる、わからないに関係なく聞くことに徹する、聞くことに耐えることこそ大事だ」と先輩から教わったのだという。つい私たちは、アナウンサーの技量の足らなさを「あの人、しょっちゅう噛むじゃん」で指し示しがちだが、当人たちは噛む・噛まないよりも、「間」の取り方に頭を悩ませてきたようなのだ。夏目は、生じた空間をそのままにしたり遮断したりして「間」を統率する。ようやく寝静まろうとした議論を夏目が起こすことで、大きな笑いを生み出す場面も散見された。
優劣ではなく突破口を切り開く
松平アナは『ニュース11』で隣り合っていた久保純子アナが「なにげに」という言葉を使ったとき、生放送中にもかかわらず「次からは『何気なく』って言いましょうね」と指摘した。すると、NHKには視聴者からの反応がいくつも寄せられ、その大半は「その通りだ」「よく言った」だったが、なかには「弱い立場の女性を公衆の面前で罵倒するとは何事か」という意見もあったという。なんだか指摘する側の登場人物全員が面倒くさいなぁ、という印象だが、女子アナというのは、こうして、ただひたすら誰かから計測される職種として更新され続けている。レベルに達しているか達していないか、とジャッジされやすい職種にあって、「間」を統率しつつ、マツコと有吉に向かって淡々と「お2人がクズなんだと思う」などと言ってのけた夏目は、アナウンサーとしての優劣を計測してもらうのではなく、そもそもそういう根本を打破する方法を模索している人なのではないかと思う。
(イラスト:ハセガワシオリ)
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