■耳を澄ませて読みたい物語
静謐(せいひつ)な文章のなかで、清らかなピアノの音が響いている。耳を澄ませるようにして読みたい一冊だ。受賞は逃したが第154回直木賞候補作であり、4月に発表される本屋大賞のノミネート作。また、紀伊國屋書店のスタッフが選ぶ「キノベス! 2016」で第1位を獲得、テレビの情報番組で年間大賞受賞と、各方面から熱い支持を得ている。
タイトルは羊毛でできたハンマーで鋼の弦を叩(たた)いて音を出すピアノを表している。主人公の外村(とむら)は17歳の時に、この鍵盤楽器の調律師に出会い、自分もその道を目指そうと決意する。ピアノが弾けるわけでもなく、音感が優れているわけでもない彼が、戸惑いながらも歩み出す様子と周囲の人間模様が描かれていく。
音楽の描写、外村の心情、周囲の人々との会話、なにげない比喩。どれもが丁寧に選ばれた言葉で表現されており、心に沁(し)み込んでくる。直木賞の選考委員の口から「芥川賞候補作になってもいい」という言葉が飛び出したのもうなずける。
非常に穏やかな作品世界だが、外村の心の動きは案外ドラマチック。愚直な彼はよき職人であろう、よき音づくりを目指そうとするあまり、すぐに立ち止まっては迷い、悩む。自分で自分をどう認めたらよいのか分からなくなっているかのよう。だがやがて彼にも、ピアノと演奏者のために自意識を捨てる瞬間が訪れる。真の成功や自己実現とは、地位や名声を得ることではなく、無心になっておのれの仕事を全うすることだ、と思わせる場面だ。そんな姿が、仕事を持つ大人や、夢を追いかける若い読者の心をとらえているのだろう。出番は少ないが外村に影響を与えたベテラン調律師、板鳥の控えめで真摯(しんし)な姿勢も、きらめきを放っている。
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文芸春秋・1620円=9刷11万2500部