最高のサービス
彼はこう言い放った
”最高のサービスを受けるには最高の御客様でなければならない”
19才の私は学費を貯める為に住み込みでホテルのレストランで配膳の仕事をしていた
そこは厳しい世界でお金を得る代わりにはじめての私にもサービス業の現場でプロの仕事が求められた
彼は23才のメガネを掛けたサービスマン
調理の専門学校を出てフランスに留学し本場のフレンチを学び自由が丘の腕のいいフレンチのシェフの元でも働いていた
当時住み込みで働いていたホテルは地方のリゾートホテルで、寮費5000円を払えば食費も無料で食べる事が出来、仕事場までは10分程度歩いてゆくだけでつく事が出来る
そこにはお金を貯める為に1月に400時間働く人や着の身着のままインドを回り戻って来た者、年の2/3をオーストラリアのビーチで過ごし残りの期間をこちらで働いて暮らしている者、なんらかの性格的な問題で流れ着いた様な流れ者がたくさんいた
彼は3年間で1000万を貯めて自分の店を出すとのだという気持ちでそのホテルのレストランで働いていた
彼からは多くの事を学んだ、19才の私はまだかろうじて敬語を覚えたくらいのものでとてもじゃないが玄人のサービスマンとは呼べなかった
調理場のコックには生意気だとチャンバー(大きな冷蔵庫)の中で胸ぐらを掴まれ、どこぞの女の人には俺の事信用出来ないんですかと言ったら信用出来ないと言われて若干ブチギレそうになった思い出とかがある
そんな中でも23才のメガネ君はかなり厳しく色々ないろはを教えられたが、私も学費を貯める為に現場で仕事をしていた事もあり同じ様な目標があった為に意気投合し、私のサービスマンとしての師匠となった
その当時の記憶は結構鮮明に覚えていて自分の人生の中で一番多くの経験や人を見て来た様に思う
”最高のサービスを受ける”
あまり感覚としては感じた事が無い人も多いいかもしれないがサービスというのは奥深いものでマナーや相手の気遣いの知見を深めて行くと本当にその人のサービスに対して感慨深い感動を覚える事が出来る様な、一瞬の素晴らしい体験を気遣いの中から得る事が出来る
その最高のサービスを受ける事が出来るのは最高のマナーを知り、相手への尊敬を忘れる事のない御客様だろうという話をしていたのを不意に10年振りくらいに思い出したので綴ってみた
その当時のスタッフは人気のある人がいて元美容師のちょっとチャラいけど笑顔が素敵な25才の男性、彼の身に付けている時計やペン、ワインオープナーは皆御客様からの贈り物で彼も明るい話術で人の心を魅了するタイプの人だった
23才のメガネ君も御客様が感動する様なワインの知識と博識な対応で手紙が送られて来る様な人だった
実はサービスという物にはきまった形はなくホテルであればある程度格式高く意識の高い系のサービスを、居酒屋であれば明るく場の雰囲気を上げて行く様なサービスをその当時張り合う様に人気のあった二人はそれぞれの個性で相手に最高の体験を与えていたのだ
この経験は商社や営業の仕事、他の仕事でも役立つもので私も話術はだいぶ磨かざるを得ない状況が続いていたのもあり人が先に何を望むのかを判断して話をどのように持って行き落とし込むのかは心得ている
私が20才の頃ある程度まとまったお金を手にして東京に戻る事になったのだが
その別れの最後の飲み会で私のメモ帳に彼はこんな事を寄せ書きで書いてくれていた
”お皿の持ち方やワインの注ぎ方を教えて来たんじゃない”
”本当に教えたかったのはもっと違う部分の何かだ”
そう書かれていた
10年前に出逢った彼らはいったい今何をしているのだろうか
夢が掴めたのかお金が掴めたのかは分からない
だが彼らもまたもっと違う何かを手にいれてあの頃の未来を歩んでいるのだろうと思う