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ポジ熊の人生記

ブログ継続の秘訣や記事作り・人生哲学・健康情報などを雑多に書くブログです。北海道民の知識を活かした地方情報も発信しております。

幸せはお金じゃ決まらない!いかに自分らしくあれるかだと思うんだ

お金

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20代 副業アフィリエイトで月収200万円稼げても決して幸せではない。

お金がないと生きていけない世界だから、どうしても幸せの指標ってお金に帰結してしまいがちですよね。でも、件のアフィリエイターさんは富を得ても幸福を感じず、むしろ自分の境遇を不幸と感じてしまっている。凄く皮肉なことです。

お金がある=幸福ではない

お金は欲しいですよ。僕も3000万円近くの借金があります。さらりとカミングアウトした感はありますがwとりもあえずもやぱりお金で、これから生きていくうえではこれがないと話にならない。衣食住にしてもそうです。それなりの服を着て、それなりの食物を摂取して、それなりの家に住む。これは黙ってても得られるものじゃないですからねぇ。だからお金が欲しい。以下ループ。

だけど、僕にとってお金=幸福ではありません。 現に今、僕は幸せです。だからお金がある=幸福ではない、の図式は否定します。主観的なものの書き方で漠然としていますが、結局幸せに物差しなんて存在しないのですよ。

自分の中ではここで全てが完結するのですけど、これを誰かに伝えるとなると話は別ですよね。さて、どうやって伝えたものかな。ここからが腕の見せ所と言えましょうな。良し、それでは・・・具体的に何が僕の幸せを浮きだたせているのかを言語化してみましょう。

人の縁が僕の幸せを彩る

家族、友人、同僚、そしてインターネットでの交流。自分が発した意思に対して少なからずあるレスポンスから無償の愛まで。そこには承認という喜びもあろうかと思います。これは今までお金を積んで得たものではありません。

家族

生まれいでるはお金にあらず。両親の愛の結晶としてこの世に生を受けたことは、無条件の幸福といっても差し支えないでしょう。どんなに破天荒でも、それを暖かく見守ってくれた両親。月並みですが感謝しております。この一言。

友人

連日、飲みに連れ歩いて伝票を颯爽と持っていく僕に惹かれて繋がっている人間など、一人もいません。決して単純ではない僕を理解しようと、自分の時間を割いてくれる友人たち。お金じゃ手に入らないと確信します。

同僚

おおきなアクシデントがあっても、親身になって僕のことを考えてくれる同僚。疎ましく思う方も少なくない中で、それらから向けられる負の感情すらに想いを馳せて直接の訪問であるとか電話、メールで励ましてくれる。時にはその暖かさに涙すら禁じ得ない。金銭の損得ではとても説明できないです。

インターネットでの友人

インターネットでの交流。僕に絡むことで、マネーが発生すると考えて近づく人はすくなからずいます。ですが、懇意の方々は僕が紡ぐ文章で人となりに興味を持ち、絡む方がほとんどです。逆に、僕もお金が欲しくてそれらの人と絡むことはない。結果としてマネーが発生しても、それは単に偶然の産物に過ぎない。ありきではないのですね。

 

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所属する場所での収入が自分らしさを定義するのか?

僕はサラリーマンです。ネットで少々の収益は得ていますが、主軸となるのはそこじゃない。前述の同僚の項でもそれは明らかです。なので、それに対してはインターネットよりもプライオリティ*1が必然的に高まります。だからそこにかける気持ちも強いし、軋轢を生じても乗り越えようとするエネルギーが生まれるのかもしれません。ここでは確かに、収入の差という部分が大いに関係していることは否めません。例えばネット収入が3万円/月に対し、所属する会社では30万円/月であった場合などですね。

でも、優先順位に差こそあれ、そこで自分らしくあれるかどうかなんて別問題ですよ。会社の給料が10万円だろうが、アフィリエイト収入が30万円だろうが、そこで自分らしさが変わることなど、本来はあり得ません。

件のアフィリエイターさんについては、なまじ副業収入がサラリーよりも多いものだから、相対的に努めている会社で不本意なふるまい(自分らしくあれないこと)について相当のフラストレーションを感じているのだとか(もともと人間関係を構築するのが苦手な人なのかな、とも感じま)。これって、健全なことではないですよ。所属する団体の収入に応じて自分らしくあれたり、そうじゃなかったりしている。これでは息が詰まるのも無理はない。

本来人間というのは、どこであっても自分らしく振る舞えるのがベストだと思います。そりゃ、社会のしきたりだとか会社のルールにのっとり、時には誰かに合わせて生きることも必要でしょう。ですけど、自分の変わらない幹を持ってそれらと向き合い、抜くところは抜いて、耐えるところは耐える。そうやって前進していくのがあるべき人生の姿だと思うのです。それをお金の物差しで測ってしまうことがそもそもの元凶的発想、半ば拝金主義ともいえる破滅的思想なのではありませんか?

自分らしく振る舞うために会社を辞める必要があるのでしたら、辞めるべきだと思います(無責任なことは言いたくありませんが、あえてここは)サラリーマン=幸せとは限らないわけです。副業のことを大っぴらにできないことで自分らしさが出せないのでしたら、それを本業にして胸を張って生きていけばいいじゃないですか。税制であるとか、組織に庇護されてきた従来よりはずっと社会的な脅威にさらされることが予想されます。ですが、会社に所属して庇護され、サラリーを得ているにも関わらず副業との差を理由にして「自分らしさが出せない」なんてクダをまくよりはずっと健全で、清々しい様に映りますよ。少なくとも僕からは。

 

幸せは「自分らしくあること」に帰結する(あとがき)

まとめますと、結局は幸せって「自分らしくあれるかどうか」だと思うのです。僕でいえば、自分らしく振る舞った結果、紡ぎだされる人の縁に感じるそれが結果的に幸せを呼んでいる。お金ではなく、ね。

件のアフィリエイターさんは、どうすれば自分らしくあれるか?本当の自分はどこにいるか?それを自問する必要があると思います。少なくとも今のままではー副業などを大っぴらにできないこと、収入の大小などで翻弄されつつ会社で消耗する状態ー幸せになれないでしょう。心のジリ貧は継続します。

それを打開するためには、今後、どのように舵を切れば幸運が訪れるかを考え実行しなければならないでしょう。会社に残るのであれば、そのようなジレンマと上手く折り合いをつける必要があるし、それができないのであれば独立起業するなりすれば良いわけです。

理想は「お金に対する人生の方向性についての精査をすること」ですね。ここに舵を切れれば素敵です。貯金額や稼ぐ金の大小で喜びを感じず、マネーでは得られないものに対して感謝し、幸せを感じられるようになる。これが何より素晴らしいではありませんか。

お金こそが自分らしさを形作る、と断言されるのならもはや何も言えません。物質に囚われて限られた人生を進むもまた、人生なのでしょうし。思想の押し付けはいけいませんから。

 

僕はどんなにお金がなくとも、自分らしくありたいなぁ。貯金だとか、月収だとかに関係なくね。夢じゃ腹いっぱいにならないから、最低限は必要だけどもさ・・・。

 

終わり

 

*1:優先順位