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総数300超、『ku:nel』リニューアル号に押し寄せるAmazonレビュー
おぐらりゅうじ(以下、おぐら) 1月20日に発売されたマガジンハウスの雑誌『ku:nel』のリニューアル号が、大変な話題になっています。
速水健朗(以下、速水) かつて『Olive』や『anan』を手掛けていた伝説の編集者の淀川美代子氏が編集長となって、50代女性に向けたライフスタイル系雑誌としてリニューアル。ところが、Amazonのカスタマーレビューで大バッシングされている。リニューアルの善し悪しはともかく、このレビュー群が思わず全部読まされてしまったくらいにレベルが高い。
おぐら 現時点で300を越えるレビューが書かれていて、内容は否定的な文章ばかりなのに、すごく叙情的で、この文才には圧倒されますね。
速水 「クウネルの変貌ぶりは、木綿のハンカチーフの歌詞に出てくる彼氏のよう。故郷の良さを忘れ、都会の絵の具に染まってしまったのでしょうか。」っていうのが刺さった。どんなリニューアルだったのかを物語る言葉の強さ。
おぐら 僕は、「淀川さん、あなたと再会するまでの長い時間のなかでOlive少女はとっくの昔に、黒髪の自分がリセエンヌになんかなれないって気付いてたんですよ。」と、「クウネルは大切な魂を売ってしまったのですね。」っていうのがもう……。
速水 深いね。かつての雑誌は、アジア人でも「リセエンヌ」になれるとウソをついてくれるような存在だった。だけど、それを乗り越え、フランス人にならなくてもいいんだという答えを示したのが、かつての『ku:nel』だと。なのに、今度のリニューアルは、ここにきてもう一度、50歳で「フランス人」になろうと言い出してしまった。それはこれまでの人生の否定ということになる。
おぐら そして、最後の締めが「その魂は高く売れましたか?ありがとう、さようなら。私のクウネル。」ですよ。
速水 でもさ、雑誌もビジネスである以上、読者の言い分に寄り添うだけでは、立ち行かないという面もあるよね。雑誌の編集部に所属しているおぐら君としては、これをどう見た?
おぐら 目を背けてはいけない、という気持ちで読みましたが、指摘されている内容的には、かなりしんどかったです。美文なだけに、「リニューアルまじでクソすぎ」みたいな文体よりも、よっぽど効きました。僕のいるテレビブロスも2015年に判型を変えて、重要な個性だったモノクロの誌面もカラーになり、表紙から特集に至るまで、とにかく変革を求められたので※。
※雑誌「TVBros.(テレビブロス)」がまさかの巨大化!? リニューアル&GW3週合併号を発売
速水 もちろん、紙の出版物の売上げ低下は過去最大で、雑誌も相当な危機的状況。廃刊も後を絶たない※。
※紙の出版物、落ち込みが止まらない。本屋も激減し、雑誌は前年比91.6%
おぐら 最近だと、創刊37年の『オリ★スタ』が3月で休刊、女性誌『FRaU』が3月号からリニューアル、カルチャー誌『Quick Japan』も新装刊されます。
速水 そんなご時世にマガジンハウスは、リニューアルで成功してきたんだよね。『POPEYE』と『GINZA』の大規模リニューアルが成功。2014年に新創刊の『&Premium』も広告収入で大成功。その流れでの今回の『ku:nel』リニューアルだった。
リセエンヌになれなかったオリーブ少女たち
速水 実際リニューアルってどこが変わったの? 正直、ほかの出版社から出ているライフスタイル誌とそんなに変わらない印象なんだけど。
おぐら いや、その印象こそが正しくて、だから往年の読者は悲痛な叫びを上げたんだと思います。まず、リニューアル号の冒頭に「10年先も『マイ定番』」という新連載がありまして。ここで紹介されているのは、グッチのローファー(¥68,000)やマッキントッシュのコート(¥128,000)、フェンディのバッグ(¥306,000)にクロムハーツのブレスレット(¥140,000)です。
速水 このご時世、ハイブランドの広告出稿なしにはどこの雑誌も成り立たないのは事実。
おぐら そして特集は「フランス女性の生活の知恵。」ということで、肩書き「ブティック責任者」や「イラストレーター」などのレポートが載っています。
速水 わかりやすく「その後のリセエンヌ」路線。オシャレな家具やキッチンのある部屋で、優雅に暮らしている感じの人たちが出てくる。
おぐら ここまで読んだだけでも、リニューアル前の『ku:nel』とは全然違いますよね。かつての『ku:nel』は、たとえばここに2007年の3月号を持って来ましたけど、表紙には色鮮やかなフルーツゼリーが並び、そこに「甘い宝石。」のコピー。誌面に登場するのは、エプロン姿のおばあちゃんと娘と孫たちで、ちゃぶ台を囲んでいるグラビアでカラー1ページ使っています。
速水 すごい地味……。
おぐら 「ライフスタイル」なんてカタカナでは言い表せない、ガチの「暮らし」ですよ。もともと『ku:nel』って、エプロン姿も素敵よね、古い家具も味があっていいのよ、というような思想だったはずなんです。それこそ、手作りのフルーツゼリーこそが「宝石」で、決してクロムハーツではなかった。長く使う定番は、自分たちでせっせと裁縫した巾着袋で、フェンディのバッグじゃない。おばあちゃんの代からずっと実家にある和たんすを褒めてくれるのが『ku:nel』だったのに、パリの高級アンティークショップで売られている家具を紹介されても、いやそれ違うから、ってなるでしょう。
速水 クラフトフェア、ハンドメイド・マーケットの世界だよね。日本では松本市のクラフトフェアが最大で、2日で約5万人規模というからコミケまではいかないけど、地方ではクラフトフェアは、盛んに行われている。東京にいるとわかりにくい現象だけど。
おぐら そう、往年の『ku:nel』が与えた影響って、東京にいると見えづらいんですよ。誌面で紹介される暮らしも地方が多かったし。だからこそ、幅広い読者を獲得できた。ここからは僕の勝手な想像ですが、淀川さんが『Olive』編集部にいた頃は、まだ読者と近い目線のフランスに憧れるオリーブ少女のメンタリティを保っていたと思うんです。だけど、その後何十年もの間ずーっと、東京の出版業界に身も心も捧げた結果、当時思い描いていた自由でオシャレな生活を現実に手に入れた。一方、リセエンヌにはなれなかった黒髪のオリーブ少女たちは、魂はそのまま、自分たちなりの心地よい暮らしを日本で見つけた。そして2016年の今、淀川さんにとってリアリティのあるストーリーが、高級ブランド品を身につけることであり、骨董やアンティークであり、フランスの業界人の生き方だった。
速水 『Olive』が育てた文化が、その後大きく発展したのに、当の淀川さんは、それに気がつかなかった。その意味では、「木綿のハンカチーフ」の歌詞の反対だね。変わらなかったのは、都会に行ってしまった側だったと。逆にクラフト、ハンドメイドは、実は世界的にも広がっている最新の流れだからね。むしろ新しい「絵の具」。
おぐら リニューアル前の『ku:nel』には、さっきのハンドクラフトもそうですけど、普通の人が自作のお弁当や、家に代々伝わる漬け物を紹介するページとかあって。その親近感がすごくよかったのに……。
速水 昔の号をパラパラめくってるだけでも、おばあちゃんとか子供とかいっぱい出てくるのに、リニューアル号に普通の人は全然出てこないね。
おぐら それがまさに、速水さんが抱いた「ほかの出版社から出ているライフスタイル誌とそんなに変わらない印象」であり、今回のリニューアルが読者に受け入れられなかった要因だと思います。だって、なんなら貧乏性じゃないか?っていうくらい、工夫と手作りで生活を豊かにする知恵を教えてくれたのが『ku:nel』でしたから。
文学レベルまで引き上げられたネット時代の苦情
速水 おぐら君の言いたいことや、読者との隔たりについてもわかった。でもさ、売り上げや広告収入のことを考えると、このリニューアルが失敗だったというのは時期尚早だよね。営業的には売れてるという話もあるし、そもそも雑誌は売れなくても広告が入れば儲かるビジネス。
おぐら ターゲットを「50代の大人の女性たち」と明確に宣言してますからね。
速水 年齢層を明確にしたのは、いまの雑誌の流れとは逆行だけど、広告は売りやすくなる。逆に昔みたいに家庭に伝わる漬け物を紹介しても、タイアップとかは難しい。いまの雑誌って、その辺の読者のニーズと出稿側のニーズがどうも食い違ってるように見える。少なくとも、Amazonレビューを読んでわかったのは、そういうことじゃない。
おぐら ……それはどの雑誌にも言えることで、雑誌の編集者にとって今とても切実な問題です。
速水 雑誌が休刊するたびに「あんなに好きだったのに」という声と、それに反発する「じゃあずっと買ってたのかよ」っていうツッコミがセットで溢れるでしょ。
おぐら 秘宝館や名画座が潰れるときにも、「文化が消えた」とか「惜しいものを無くした」とか言う人がたくさんいます。
速水 「守るべき文化」って言い方があるよね。実際には、そんなものあるのかって思うけど。「自分は経済的にその分野には寄与できないけど、感情としてなくなったらちょっとうしろめたい」みたいなことでしかない。
おぐら 毎週のように名画座に通って、生きる糧としてお金を払い続けていた人って、ほとんどいないでしょうからね。
速水 蔦の絡まった名画座は、映画を見るために存在するんじゃなくて、心の中にあればいいんだよね。
おぐら このままだと、もう長いこと着てないけど捨てるのは惜しい服で家がパンパンになっちゃう、みたいな。
速水 断捨離か。断捨離って、必要ないけど捨てるのは後ろめたいみたいな執着心を断ってものを捨てる技術だよね。これって、一見、モノを増やしすぎる社会への批判のようだけど実際には、経済効率優先主義の徹底だよね。ノスタルジーを切り捨てよ、という思想に近い。それはミニマリストも同じ。
おぐら とはいえ、ミニマリストの反動で、これからの社会はノスタルジーにお金を払う人も増えていきそうな気がします。
速水 名画座的なものは、風景として残したいという人からクラウドファンディングで存続費用を集めた方が、生き残れるかも知れない。
おぐら じゃあ、あのAmazonレビューを書いた人たちにクラウドファンディングを呼びかけたら、かつての『ku:nel』が復活するかも!?
速水 それはどうだろう。あそこに「ときめき」を感じている人はいたとしても、そこまでの規模、人数がいるのかはわからない。
おぐら うぅ……。いや、でも皆さん感性と文才は素晴らしかったじゃないですか! あの詩的な表現力を育んだのは、紛れもなく『ku:nel』であり、なによりの財産ですよ!
速水 たしかに。あの才能を総動員すれば、かなりレベルの高い雑誌が作れるね。
おぐら あのレビュアーたちの暮らしや生き方を取材するだけでも、相当いい誌面ができますよ。特集「クウネルが教えてくれたこと。」。
速水 確かにこの『ku:nel』騒動は、ネット時代の消費者による苦情が文学レベルにまで引き上げられた記念碑的な出来事ではある。けどさ、その一方で、Amazonレビューを手始めに、あらゆるものがSNSで民主的に評価されてしまう時代みたいなものが引き起こしている、デメリットについての意見というのを最近目にするようになってもいるよね。
おぐら 食べログしかり、Amazonしかり、今は過剰評価社会ですよね。
速水 そう、その「過剰評価社会」が機能不全を起こしかけているんじゃないかっていう問題。最近、菊地成孔が、ブログに「一番安くて評価の高い店を検索するのは、非常に時間をかけて行われる、集団的な自殺だ」というのを書いている。
おぐら SNSは緩慢な自殺である説。これはちょっとおもしろいですね。
速水 あらゆるものが値段が安い順にリストアップされ、信用がまったく保証されない評価コメントが並ぶ。それが一様にダメだとは思わないけど、それがもたらす弊害は明らかになりつつあるとは思うんだよね。
おぐら ではその話題は、次回に持ち越しにしましょう。