直感の精度を上げるために、本屋の雑誌を全部読む
——仕事で行き詰まったときは、どうやって状況を打開しますか?
とにかく、おもしろそうなものに飛びついてみる。ぼく、人生で重要な意思決定は直感に頼ることにしてるんです。結婚したのは22歳のときなんですけど、そのときも直感で決めました。
「これだ!」と思うときって、腰が浮くんですよね。これって、ロジックじゃないんです。体と心が反応するかどうか。そういう意味で、ぼくはいつも「腰が浮く」という表現を使っています。例えば、会議でも誰かのアイデアを聞いて「それおもしろいね! もうちょっと聞かせてよ!」(ちょっと席から立ち上がる)となったら、それは本物。やったほうがいいんですよ。聞いているときに椅子の後ろに寄りかかって「ああ、なるほどね。いいんじゃないですか」って言ってる時は、たいていダメ。自分の腰の浮き具合で判断できます。
——腰が浮くくらいのもののほうが、成功するということでしょうか。
成功確率は上がるでしょうね。腰が浮くものは、寝食忘れてのめりこめますから。そこまでやって失敗したなら、自分のスキルの限界です。もし違う方に決めていたら、80%くらいの力しか出せないでしょう。そうなるとやっぱり、成功確率は落ちますよね。しかも全力でやってダメだったら、ダメでもしょうがないと思える。後悔もあまりしないんです。
——自分の直感を信じられない人も、けっこういると思うのですが……。
うーん、誰しも日々の決定って、ほぼ直感でやってると思うんですよね。例えば、いつごはんを食べるかとかって、あまりロジカルに考えない。「あ、おなかすいた」と思ったら、時間を見つけて食べる。何を食べたいかも、理屈というより気分で決まります。だから、誰でも直感で意思決定することはできると思うんです。もしできないとすると……自己啓発本を読みすぎているのかもしれない(笑)。世の中には、「自分探し」みたいなコンテンツが多すぎると思うんですよね。そういうものを読んで、考えすぎてしまっているんじゃないでしょうか。そんなに探すものじゃないですよね、自分って。
あと、「これはいい!」という感覚を磨くためには、インプットの量とバリエーションを増やすことが必要です。特に大事なのは、バリエーション。自分とは関係ないと思うようなことでも、なるべくふれてみるようにする。そのためには、好奇心を持つことも大事。なんでもおもしろがろうとしてみる姿勢を持つと、何かを直感で決める時の精度が上がるんですよ。
ぼく自身、もともと好奇心が強い方なのですが、インプットのバリエーションを増やすために意識的にやっていることがあります。それは、本屋の雑誌コーナーを総ざらいすること。中学くらいからずっとやっていて、今でも週に1回はやるようにしてる。もう半ば義務ですね(笑)。
自動車やスポーツなど、もともと興味があるジャンルの雑誌はもちろん見ますし、旅雑誌や女性向けのファッション誌、主婦向けの収納術に料理の雑誌、果てはティーン誌まで見ますよ。本屋に入ったら、少なくとも2時間は雑誌コーナーにいます。これを続けていると、一見関係ないこと同士がつながってくるんですよね。
古典が大好き。季節の変わり目には古今和歌集を読む
——忙しいと思うのですが、そのための時間は捻出しているんですね。
いまは深夜までやってる本屋さんも、けっこうありますしね。こういうインプットの量とバリエーションを増やす自分なりのメソッドを、特に若い人は身につけておいたほうがいいと思います。ぼくは雑誌ですが、人によってはネットを使うこともあるだろうし、方法はなんでもいい。ただ、多様性を担保するということを心がけてほしい。多様性のある知識を持っていることが、すなわち教養と呼ばれるものだとぼくは考えています。ネットだけだと、これはぼくたちのせいでもあるのですが、すでにキュレーションされた情報ばかりが出てくる。ソーシャルネットワークのバイアスも、それを加速しています。好きなものだけ見ていても、教養は身につかないんですよね。だからこそ、我々もサイトのなかで多様な知識にふれる機会をユーザーさんにつくっていかなければいけない、と思っています。Yahoo!ニュース トピックスなどは、ひとつそれを体現しているのではないかと。
——教養と聞いて思い出したのですが、村上さん、『方丈記』が愛読書だとか。
そうなんですよ。ぼく、日本の古典作品が好きなんです。学生時代のテストは、国語の点数が一番よかったんですよね。『方丈記』も好きなんですけど、平安時代の『伊勢物語』『古今和歌集』もいいですよね。日本のかなのやわらかさと短歌のバランスがとれてるのは、『古今和歌集』『新古今和歌集』の頃だなと思います。「古今和歌集の部屋」っていうサイトがあって、それはスマホのブックマークに入れてときどき見ています。巻数ごと、ジャンルごとにカテゴライズされていて、目的のものがすぐ見つかるんですよ。やっぱり、季節の変わり目とか、無性に読みたくなるんですよね。
——ものすごく意外です(笑)。ITと『古今和歌集』、一見遠いもののように見えますが……。
ぼくがITをやってるのは、それが目的だからじゃないんですよね。もちろんITにまつわるもの、ガジェットとかも好きなんですけど、そもそもは「こういう世界にしていきたい」というビジョンがあって、それに役立つものとしてITがあるんです。つまり、ITはツール。働くためのツールであり、自己実現のためのツールでもある。ITを使うと、自分の持っているスキルも含めて、一番世の中に貢献できそうだから、ITの分野で仕事をしている。だから、一生ITの仕事をやり続けるかというと、そうじゃない。ITが真の意味でのインフラになったら、ぜんぜん違うことをしている可能性が高いと思っています。
ぼくは、ITを使っていろいろなことを機械に任せたいんですよ。「攻殻機動隊」の世界みたいに、頭のなかも電脳化してしまいたい。そうすると、今と同じことが半分以下の労力でできるようになるはずです。そうすると、空いた時間で好きなことができる。ぼくは長らく音楽を趣味にしているので、音楽ももっとやりたいし、個人的に開拓してる森ももっと手を入れたい。生きるための仕事は極力効率化して、文化的な活動に残りの時間をあてたいんです。言うなれば、スマートなギリシャ時代を実現したいんですよ。
——スマートなギリシャ時代! それはとてもおもしろい未来ですね。
いま残っている文化って、ギリシャ時代に端を発してるものが多い。例えば星座。星座ってロマンがあって、すごくいいですよね。あれを生み出すって、そうとう暇人しかできないと思うんですよ。夜な夜な集まっては、空を見上げて「あれ、くまに見えない?」「いや、あれはこぐまだ」みたいなことをやってたわけでしょう(笑)。そういう生活はむちゃくちゃ楽しそうだし、文化を生み出してる。でもギリシャ時代にそれが可能だったのは、奴隷制度があったから。それは不幸な歴史ですが、奴隷じゃなくて労働をITに置き換えられればみんなハッピーです。そのためにITを使いたいんですよね。そうしてみんなが高等遊民になったら、いつか宇宙人が来たときも「この星、めちゃくちゃ文化が発展してる!」ってビビらせることができますよ(笑)。
■村上臣(むらかみ・しん)
青山学院大学理工学部物理学科卒業。在学中に仲間とともにベンチャー企業、有限会社電脳隊を設立。モバイルインターネット黎明期において特に「WAP」の普及に尽力する。2000年、株式会社ピー・アイ・エムとヤフー株式会社の合併に伴いヤフー株式会社入社。2006年6月ソフトバンク株式会社による買収に関連して、ボーダフォン株式会社(現ソフトバンクモバイル株式会社)出向。一方で「Yahoo!ケータイ」の開発に従事。2011年、ヤフー株式会社を円満退社し、モバイルベンチャーであるピド株式会社の取締役に就任。2012年、ヤフー株式会社に入社、執行役員 CMO(チーフ・モバイル・オフィサー)に就任。
構成:崎谷実穂
企画:早川書房