社会人5年目の若者(27歳)は、近頃少しずつ収入も増えてきて、オシャレなレストランに行ったり、投資に手を出したり、新しいことに挑戦し始めていた。
最近、ちょっと背伸びして通い始めた南青山のバーでマスターにある人を紹介された。それが金持ち紳士との出会いだった。マスターは、「投資に興味があるなら、金持ち紳士の話を聞いたほうが良い」と言って、紳士を若者に紹介した。
金持ち紳士は背が高くて、質の良さそうなスーツを着ていた。40代くらいの風貌で、ひげを生やしていた。若者は、自分のことについて少しだけ話して、投資に興味があることも伝えた。紳士はウイスキーを二人分注文して、それから話しだした。
個人型確定拠出年金(個人型DC)とは?
紳士「君は老後に備えて、何かやっているかな?」
若者「老後ですか…正直、何もやってないですね。漠然と、定年後は年金もあるし」
紳士「そうか。君の場合は会社員だから、国民年金と厚生年金の給付があるね。しかし、それで十分かな?定年後に生活費が足りずに、さらに再雇用で働くハメになったりはしないか?」
若者「そんなの嫌です!老後ぐらいゆっくり暮らしたいです!」
紳士「いいかい、60歳なんていうのはあっという間に来る。君が60歳の頃に、定年が引き上げられているかどうかはともかく、若いうちからある程度、老後資金について考えておくことはとても重要なんだ。年を取ってから後悔したって遅い」
若者「確かに、何かやらなくちゃいけないなとは思っています。でも、実際どうすればいいんですか?毎月、定期預金とか、投資信託に積み立てたり?NISAならやってるんですけど」
紳士「そうか、NISAについて知っているのなら、話は早い。個人型確定拠出年金という言葉は聞いたことがあるか?」
若者「か、かくt…すいません、聞いたことないかもしれません」
紳士「個人型確定拠出年金。個人型DCや、日本版401kとも言われている。聞いたことがないのも無理はない。これはまだまだ知名度が低いんだよ。しかし、政府はNISAと2トップでこの個人型確定拠出年金に優遇税制を導入している。使い方によっては、個人型DCの方が、メリットが大きかったりするんだよ」
若者「え?NISAと2トップ?NISAはそこらじゅうで聞くけど、個人型確定拠出年金なんて初めて知りましたよ!いったいどういうものなんですか、それは!?」
紳士「これから話すから焦らないで落ち着いてくれ。確定拠出年金は、基本的には年金だ。だから、他の年金と同じように、毎年掛け金を拠出して、ある一定年齢(確定拠出年金は最短で60歳から)になったら、給付金がもらえるという仕組みだ。」
若者「うーん、なんかいまいちピンとこないですね…それをやると、どういうメリットがあるんですか?」
紳士「そう、そこだ。この個人型確定拠出年金の一番のメリットは、最初にも話したけど、税制優遇なんだよ。さっき、NISAと2トップだと言っただろう。個人型DCでは、まず1つに、掛け金の拠出が所得控除になる。2つに、その運用益が非課税になる。最後に、給付時に所得控除が受けられる。非常に優遇されているんだよ」
若者「ちょ…ちょっと待って下さい。なんか良さそうだなっていうのはわかるんですが、いきなり詰め込んでもよくわかりません。ひとつずつ説明してもらえませんか。」
毎月の掛け金が所得控除になる
紳士「ああ、もちろんだよ。まずひとつ目の掛け金拠出の所得控除だね。確定拠出年金に毎月掛け金を拠出すると、その支払った金額がまるまる所得から控除されるんだ。経費として認められるって言う方がわかりやすいかな?」
若者「その分、税金を払わなくていいってことですか?」
紳士「その通り。具体的に金額でイメージすると、君が上限金額の2万3千円を毎月拠出したとすると、大体年額で4万円くらいは本来払うはずだった税金を払わずに済むんだ。所得税は所得の多い人ひど税率が高いから、年収や家族構成によって、節税額は変わってくるけれどね」
(出典:個人型の確定拠出年金、節税で賢く活用 :日本経済新聞)
掛け金の上限額は?
若者「掛け金はいくらまででもオッケーなんですか?」
紳士「いいや、上限が決まっている。ちなみに、君の会社は企業年金をやっているかな?」
若者「いえ、やっていないと思います」
紳士「それならば、月額上限23,000円になる。企業年金のある会社員や、公務員は今のところ個人型確定拠出年金は利用できないんだ*1」
若者「そうなんですか。利用できない層がいるのはちょっとかわいそうですね」
紳士「月額上限も層によって変わってくる。たとえば、自営業者は月額上限68,000円を拠出できるんだ」
若者「そんなに違うんですか?」
紳士「これは大きな違いだね」
(出典:確定拠出年金 : 掛金はいくらでもいいのですか? | 三菱東京UFJ銀行)
運用益が非課税になる
紳士「拠出した掛け金は、君が選んだ金融機関が運用する。これはちょっとわかりずらいかもしれないから後で説明するけど、運用先やその商品は君自身が選ぶんだ。これも確定拠出年金の特徴と言える。」
若者「うーん、ちょっとイメージしずらくなってきました…」
紳士「大丈夫。この部分は、もう少し話を聞けばわかってくるはずさ。例えば、君が投資信託を運用する商品に選んで、毎月掛け金を拠出して運用してもらったとする。この場合に、もし運用益が出ても、それが非課税になるんだ。利益に税金がかからないってこと。これは、どこかで聞いたことないかな?」
若者「投資信託…利益に税金がかからない…?…に、NISAもそうだったような?」
紳士「その通り!NISAをイメージしてもらえばわかりやすい。」
若者「なるほど。なんとなくイメージできました」
給付時に控除が受けられる
紳士「さて、そして最後に残った税制優遇が、給付時の所得控除だ。当然、君が積み立てた掛け金は、原則として60歳になったら、受け取ることができる。それは一時金として受け取ることも出来るし、年金のように定期的に受け取ることも可能だ。そして、その受取る際に、税制優遇があるんだ」
若者「普通は受け取りにも税金がかかるんですか?」
紳士「そうさ。この給付金は、収入いわゆる所得だからね。所得があるところには、所得税がかかる。君の給料だって、毎月所得税が天引きされているだろう。確定拠出年金では、この給付金を受け取る際に、一時金として受け取るときは退職所得控除、年金として受け取るときは公的年金等控除という特別な控除があるんだ。控除というのは、まあこれも経費を引いてあげますよってことでイメージしてもらえばいい。この控除によって、ほとんど税金はかからない」
若者「へえー。せっかく積み立てたのに、受け取るときに税金かかったら嫌ですもんね。それは助かるなあ」
紳士「ここまでが、税制優遇3本の矢だ」
若者「3本の矢、ですか」
紳士「ちょっと言ってみたかっただけだ」
運用管理会社と運用商品を選ぶ
紳士「さっき、運用する商品は自分で選ぶ、って言ったのは覚えているかな?」
若者「あ、…はい。でも、あんまりよくわかりません。NISAと似てるってことは、投資みたいなものなんですか?」
紳士「うん、君は物分りがいいね。確定拠出年金は選ぶ商品によっては投資に限りなく近いんだ。といっても、商品もいろいろあって、自分が取るリスクに合わせて選べばいい。例えば、拠出した掛け金をそのまま老後に受け取りたい、という人は“預金型”の商品を選べばいいし、どんどんリスクをとってリターンを大きくしたいという人は、新興国など利回りの高いポートフォリオで運用する“アクティブファンド型”の投資信託にすればいい。運用益は欲しいけど、そこまでリスクは取れないな、という人は、日経平均などの指標に連動する“パッシブファンド型”の投資信託にすればいいしね。それは人それぞれさ。」
若者「迷いますね…利益は欲しいけど、あんまりリスクは取りたくないなあ…」
紳士「ははは。最近の若者に典型的な保守的思考だね。しかし、その考えは悪く無い。自分のできる範囲でリスクをコントロールすればいいんだよ。私も個人的には、個人型DCについては、君の考え方が正しいと思う。つまり、“パッシブファンド型”の投資信託の商品が良いと思うよ。まあ、あくまで参考だがね」
※以下のサイトで各社の商品、手数料が比較できます。
モーニングスター [ 401k(確定拠出年金)ポータビリティガイド ]
運用管理料と運用手数料
紳士「最後に、個人型確定拠出年金に係るコストについて話しておこう」
若者「え、掛け金以外にも何か費用がかかるんですか?」
紳士「そうなんだ。他人に運用してもらうってことは、それなりの対価を支払わなければならない。これが資本主義さ」
若者「でも、お、お高いんでしょ…?」
紳士「テレビショッピングじゃないんだから(笑)確定拠出年金に係るコストで大きなものは、口座管理手数料と、運用手数料だ。SBI証券*2やスルガ銀行は口座管理手数料が無料だが、その他は口座を持つだけで年間数千円かかる。さらに、信託報酬といういわゆる運用手数料が、運用資産のだいたい0.1%~2.0%/年ぐらい発生してくる。これは、長期間運用するとなると、馬鹿にならない数字だよ。例えば300万円運用した場合に、運用手数料が1.5%なら、4.5万円も手数料がかかるわけだからね。さっき、“パッシブファンド型”がオススメだと言った理由はここにもあるんだよ。“アクティブファンド型”は信託報酬が高いんだ。だから、大きなリターンが見込めるかもしれないけれど、費用がかさむ。そこは、検討しなければいけないよね」
若者「いくら運用で利益を出しても、手数料で結局差し引きゼロになってしまったら、意味ないですもんね。なんとなく、仕組みはわかってきました。」
紳士「あとコストで言うと、国民年金基金連合に支払う手数料等で毎年2千円ぐらいかかってしまうけど、これはどこで運用したってかかってしまうので、気にしないでも良い。先に挙げた税制優遇で、これらの数千円のコストはペイできるからね。」
なぜ確定拠出年金はこんなに知名度が低いのか?
若者「でも、どうしてこんなに良い制度なのに、全然知名度がないんですか?正直、確定拠出年金なんて聞いたことありませんでしたよ」
紳士「それはね、簡単なことさ。金融機関が儲からないからだよ」
若者「え?」
参考リンク:
なぜ、金融機関はおトクな確定拠出年金(DC)を提案しないのか? | ZUU online
紳士「金融機関というのは手数料商売なんだ。株式投資のように、頻繁な売買が想定できない確定拠出年金は、金融機関も積極的に売ろうとしない。だから、NISAのCMは見ても、個人型DCのCMなんて見ないだろう…」
若者「なるほど…なんだかもったいないですね」
紳士「だから、自分でこの制度を勉強して利用できる人は、とてもお得だということさ。君も本気で検討するなら、もう少し自分で勉強してみたらいい。正直、今日の話はメリットを中心に話したからね。細かいところでは、デメリットもいくつかあるんだ」
そう言って、紳士は若者に本を渡した。
紳士「それじゃあ、この話のお礼に、今日は奢ってもらうことにしよう」
若者「えー!聞いてないですよ!」
紳士「若者よ、それが資本主義というものだ。何かを与えられたら、その対価を支払う。わかったかい」
若者「とても有意義なお話を聞けたんで、それくらい全然。むしろ奢らせてください」
紳士「ははは。それでは今日はこれで失礼するよ」
紳士は高そうなコートを羽織って、バーを後にした。
若者は、紳士から渡された本をしばらく読んで、グラスに残ったウイスキーを飲み干すと、マスターにチェックをお願いした。
若者「マスター、そろそろチェックで」
店主「お勘定はもう頂いておりますよ」
若者「えっ…?」
「これが紳士の振る舞いか…」と思いながら、若者はバーを後にした。