UXPRESSのFounder and CEO・井出健太郎氏
製品の優劣が、スペックのような「機能価値」ではなく「体験価値」で判断されるようになって久しい。
それゆえ、ハードウエアやソフトウエア、スマートフォンアプリなど、さまざまな分野の製品開発でユーザーエクスペリエンス(UX)のデザインが重視されるようになってきたのは当然の帰結だろう。この流れは、BtoCのみならずBtoBの分野にも、かつ製品だけでなく取扱説明書にまで浸透し始めている。
これから普及フェーズに入っていくと見られているIoTプロダクトのように、目に見えない技術領域まで「サービス」となる開発では、UXデザインがいっそう必要不可欠なものになるはずだ。
そんな中、米カリフォルニア州サンディエゴでUX専門のコンサルティング会社UXPRESSを創業した井出健太郎氏は、「UXをデザイン面だけで考えるのは危険だ」と警鐘を鳴らしている。
同氏はソニーの米国子会社Sony Electronics Inc.でUX Team Leadを6年務め、6カ国120件を超えるローカライズおよびUX改善プロジェクトを担当。その経験を活かし、2015年1月にUXPRESSを創業している。
現在は自社製品の海外展開を考える日本企業へのUXコンサルティングも多数手掛けている(※企業サイトも日本語版を展開している)が、世界で通用するUXの設計に必要なものとは何なのか。
そして、タイトルで触れた、優れたユーザビリティ(使いやすさ・使い勝手)を実現するために押さえるべき「EES」とは何か。井出氏の話から紐解いていこう。
軽視されがちな「リサーチ」の重要性
井出氏は明治大学を卒業後、留学生として台湾、中国、アメリカと海外を渡り歩く生活を送ってきた。Sony Electronics Inc.に入社する前は、市町村でIT講習の講師を務めたり、米サンディエゴ州立大学大学院で応用言語学を学び言語教育にも携わるなど、ITと教育という2つの畑を経験している。
そんな経歴を持つ井出氏は、UXをデザインするためのコンサルティングを行う際、ある“こだわり”を持っている。
「ユーザーにあれこれ教えなくても、使い方に『気付いてもらう』のが究極のUX。これは、講師をしていた時に学んだ教育の本質とも似ています」
作り手側の意図を押し付けず、この「気付き」を導くために大切なのが、ユーザーリサーチだという。冒頭で、UXがデザイン面だけで語られることへの危惧をコメントしていたのも、井出氏自身、過去の業務でリサーチの甘さがもたらす負の面を体感してきたからである。
「本来、UXをデザインするのは事前のリサーチがないと不可能なもの。ですが、開発費に十分な予算を割けない場合も多く、さらに開発にスピードが求められる現在、とりわけグローバルに展開する製品となると各地域のユーザーの嗜好や行動習慣を十分にリサーチできないままリリースしてしまう傾向があります」
そこでUXPRESSは、拠点をサンディエゴに置くことでコンサルフィーの高いサンフランシスコやシリコンバレーに比べて30%以上のコスト削減を実現しているほか、
■リサーチ被験者のリクルートを自前で行う
■各種ツールを用いてデザイン工数を削減する
などの施策で、成果物の納期を最短2週間で行うことを強みに事業を展開している。
これは、「世界中のコト・モノをもっとやさしく(優しく・易しく)シンプルに」という企業理念に基づき低コスト・短納期を実現することで、より多くの企業にユーザーリサーチの機会を提供するためでもある。
「UX/ユーザビリティリサーチは、ユーザーテスト、ヒューリスティック評価、統計的なサーベイなど複数のアプローチを組み合わせて行います。ただし、大切なのは専門的な手法を駆使することではありません。それ以上に肝心なのは、ユーザー参加型デザインをはじめとした各種ユーザー調査から得た生のフィードバックを、その後のデザインプロセスの『根拠』とすることなのです」
リサーチ結果を踏まえて、作り手たちがUX向上における共通理解・共通言語を持つことで初めて、実際のデザイン・開発プロセス(ペルソナ作成→ストーリーテリング→カスタマージャーニーマップ→ワイヤーフレーム・プロタイプ作成)で製品を磨き上げていくことが可能になると井出氏は強調する。
リサーチのROI(投資利益率)を調べたある調査では、「ペルソナ設定の精度向上で収益は4倍に」、「ワイヤーフレームの見積もり精度が約50%も改善」、「リリース後のリワークとバグ修正が25%減」などといった事例も出ている。UXの向上・改善に向けた各種リサーチを初期投資として考えることは、未来のコストダウンにもつながるというわけだ。
大切なのは「真のユーザー目線、引き算の発想、ストーリー思考」
井出氏自身が「真のユーザー目線」を持ち続けるために行っている行動習慣とは?
こうしたリサーチを経てUXの設計フェーズに移った後は、ユニバーサルなデザイン(例:なるべく文字ではなくピクトグラムで機能を説明するなど)を行う各種テクニックが求められるが、ここでも手法以上に重要なことがあるという。
それは、「UX向上の担い手がどんなポジションで旗を振るか」だ。
そもそも、製品開発で高いUX/ユーザビリティを実現するためには、冒頭に記した「EES」、
【1】Effectiveness(効果)=ユーザーがどの程度タスクを達成できたか
【2】Efficiency(効率)=どれだけ効率的にタスクを達成できたか
【3】Satisfaction(顧客満足度)=ユーザーの主観でどれだけ満足できたか
の3つを高い水準で保たなければならないと井出氏は言う。
それらを横断的に見ながら製品づくりを進めるには、「経営、開発、カスタマーサービス、マーケティングなどといった関連部署の真ん中にいる人でなければならない」とのこと。このことからも、UXがUIやグラフィックデザイナーのみの仕事ではないことが分かるだろう。
では、ある意味でプロダクトマネジャーのような振る舞いが求められるUXの担い手が、良い製品・サービスを提供・作成するために気を付けるべき点は何なのか。
「一つは、徹底したユーザー目線を持つこと。つまり独りよがりでないおもてなし、真の思いやりの視点を養うことです。次に、ユーザーは機能がてんこ盛りになっている製品だと使い切れない場合が多いため、『引き算』の発想で手掛けるモノを見つめ直すのも大切でしょう。
そして最後に挙げられるのが、体験・ストーリーベースの思考です。今の世の中はモノやサービスが氾濫しており、自分が何を求めているのかユーザー自身が不明瞭だったりするケースが増えています。ユーザーがその製品・サービスを使って何ができるのか、そしてどんな体験ができるかを、ユーザー自身に実感してもらう『仕掛け』を考え抜く必要があります」
「Bad UXなモノ」に敏感であれ
ちなみに井出氏自身がユーザー目線を養い、持ち続けるために行っているのが、日常生活で見かけた「Bad UXなモノ」を写真に収め続けること。
例えばエレベーターに乗る際、ボタンを見て瞬時に何をすればいいのか分からなかった時などに写真を撮り、「なぜ使い方が分からなかったのか?」と自問自答するようにしているのだという。
「海外で長く生活していると、日本固有の暗黙知とアメリカの暗黙知はまったく異なるということにも気付くようになっていきます。こうした違いに敏感になることが、グローバルに通用する良いUXを作り上げる最初の一歩になるのだと思っています。
日本企業は世界に通用する技術やサービスが多数持っていますが、それを海外に普及させるのが苦手な面があります。その壁を越えるためには、特徴を各地域の方々にも分かりやすい形で表現し、落とし込むことが必要です。UXPRESSはそのための橋渡しができればと考えています」
取材・文/伊藤健吾(編集部) 撮影/川野優希