情報学者の西垣通氏を迎えて送る対談の第3回。公共哲学における功利主義、自由主義、共同体主義は、現実の社会問題を解決するには、どれも一長一短なところがある。では、それらを統合したモデルを考えてみたらどうだろう? というのが、西垣氏の発想だ。その名も「N-LUCモデル」。それはオンラインの世界も含む、大きな共同体における意志決定にも応用できる考え方である。
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“正義”を用いて、具体的な決定をするには?
武田 前回までは、功利主義、自由平等主義(リベラリズム)、自由至上主義(リバタリアニズム)、そして共同体主義という、政治哲学における4つの正義について考察してきました。どの正義も一長一短で、納得できるところもあれば、危ないと思うところもある。完全な”正義”を実現するのは難しいという印象を受けました。
東京経済大学コミュニケーション学部教授。東京大学名誉教授。1948年、東京生まれ。東京大学工学部計数工学科卒業。工学博士(東京大学)。株式会社日立製作所と米国スタンフォード大学でコンピュータを研究した後、明治大学教授、東京大学社会科学研究所教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、2013年より現職。専攻は情報学・メディア論であり、とくに文理にまたがる基礎情報学の構築に取り組んでいる。近著として『ネット社会の「正義」とは何か』(角川選書)、『集合知とは何か』(中公新書)など。『デジタル・ナルシス』(岩波書店) でサントリー学芸賞(芸術・文学部門)を受賞。
西垣 そうですね。この正義について、公共哲学者のあいだでは学術的な議論が熱心になされてきました。しかし、結論はなかなか出ないし、いくら議論を精緻にしたところで、現実の社会問題は、学術的な議論とは別の次元、つまり政治的力や経済力の関係によって事実上決まってしまいます。一般の人々の知らない複雑な力関係によって、十分な討議もされないまま物事が進められていきます。
武田 だから、もっと具体的で現実的な方法で正義の理論の活用を考える必要がある。
西垣 そう。そこで出てくるのが「集団の規模」を考慮しつつ、4つの正義原理を組み合わせ、最適解を模索していく、という方法です。
武田 規模…ですか。規模というのは集団を形成する人数のことですね?
西垣 はい。
武田 それは私の専門のオンライン・コミュニティにも通じます。
西垣 そうなんです。詳しくは拙著『ネット社会の「正義」とは何か』(角川選書)を読んでいただきたいのですが、ざっくり説明すると、集団の規模が小さい時は共同体主義が有効です。でも、規模が大きくなるにつれてその有効性はだんだん減少していってしまいます。