意外と知らない?!VCの投資決定のプロセス
by 高宮慎一(投資家)
「あのベンチャーが、あのVCから出資を受けた!」などのニュースを目にすることが多いと思います。
ところが、なかなか外に情報が伝わってこず、意外に知られていないのが、ベンチャーキャピタル(VC)の投資の意思決定プロセスです。VCはメジャーな業種じゃないし、実際に資金調達したことがないとなかなか実態が見えにくいのではないでしょうか。
投資の表側として見えてくる大まかな流れは、
- ベンチャーとVCが会い、資金調達の話が出る
- ベンチャーが事業計画をVCの担当者にプレゼン
- デューデリ(投資のための調査)
- VCの投資の意思決定
- 条件の合意
- 契約の締結
- 資金の振り込み
という感じです。
この中には当然、普通の会社でいう、稟議を回して取締役会の決議を取って…みたいな意志決定のプロセスがVCにもあります。
VCの意思決定プロセス
VC内における最終意思決定機関(まさに普通の会社の取締役会)は、パートナー(普通の会社の取締役に相当)による投資委員会になります。
独立系、金融機関系、CVC(事業会社系)か、さらに細かいところは個社ごとに異なります。僕が所属しているグロービス・キャピタル・パートナーズをベースに、一般化しながら説明していきたいと思います。(必ずしもグロービスのものとも完全に一致しない部分もあります)
まず、意志決定という意味では、大きく4つのステップがあります。
- 案件会議
2. マネジメント・プレゼン
3. 投資委員会
4. 会計・法務デュー・デリ
1~3の各ステップでは、パートナー全員による意思決定が必要です。
各ステップの具体的な内容は次のようになります。
1.案件会議
案件会議は、そのベンチャーを担当するキャピタリスト(=担当者)が、社内向けに「これから時間やお金を掛けて、本格的に検討していいか」の承認を受ける会議です。担当者がベンチャーから資料をもらったり、ヒアリングを行なったりして、そのうえで、どうしてこの会社に投資をすべきかという投資仮説を上程する場となります。
また、後述しますが、次ステップではマネジメント・プレゼンが行なわれます。マネジメント・プレゼンに向けて、プレゼンで経営陣からどのようなポイントを聞きたいか、VCが意志決定をするうえで何が論点となっているのかを担当者が吸い上げるステップにもなっています。これらのポイントを、いかにマネジメント・プレゼンでカバーするかが大事です。
そして、このステップでは、投資委員会メンバーから、いかに具体的な質問や気になっている点を引き出すのが重要となります。
2.マネジメント・プレゼン
マネジメント・プレゼンでは、起業家が直接投資委員会メンバーに対してプレゼンを行います。
こちらも後述しますが、VCの判断基準の中でも、経営チームは大きなウェイトを占めています。直接チームを印象づけるという意味で、意志決定プロセスの中で一番重要なステップとも言えます。
グロービスの場合は、マネジメント・プレゼン全体で1時間、そのうち20分程度がプレゼンで、残り時間がディスカッションとなります。前述の通り、VCの担当者を通じて、あらかじめ投資委員会メンバーが気になっているポイントを把握しておき、プレゼン資料または口頭でカバーするのが良いでしょう。
プレゼンそのものよりも、ディスカッションが重要だったりします。
このディスカッションの中で、意見が一致することや“正しい”答えを言うことは、さして重要ではありません。スタートアップの世界は、環境変化がはやく、不確実性も高くなっています。そんな世界に、正しい答えなどありません。ここでは「計画の正しさ」「受け答えの正しさ」ではなく、「いかにロジカルに環境を分析し、戦略を考えられているか」、「環境が変化したときに、再現性をもって戦略を再構築できるか」が注目されます。
3.投資委員会
マネジメント・プレゼンをクリアしたら、いよいよ最終段階です。
マネジメント・プレゼンを受けて出た“宿題”に対して、VCの担当者が投資委員会に答えます。「市場は本当に予測通りに伸びるのか?」、「このプロダクトはターゲットとしているセグメントに本当に刺さるのか?」などの宿題に対して答えるわけなのですが、ここは経営陣とVCの担当者がタッグを組んで、事前に準備したうえで答えることになります。
これがOKであれば、ほぼクリアです。
4.会計・法務デューデリ
最後のステップは、会計・法務デューデリです。これはどちらかというと、会計・法務的にアウトなことをしていないかの最終確認です。なので、ここでダメになることは、ほとんどありません。
余談ですが、まだまだ荒っぽかった2000年以前などは、「投資してみたら、ダメダメ三種の神器(=マンション・愛人・フェラーリ)に会社のお金を使っていた!」「ものすごい隠れ債務が出てきた!」などもあったそうです。今となってはまずないと思います。僕自身はまだ見たことがありません。
以上4つのステップをクリアすると契約書を締結し、いよいよ増資資金の払い込みとなります。
VCが意思決定するための判断基準
上記のプロセスの中には、VCによってさまざまな意思決定スタイルがあります。
グロービスの場合は、全パートナーの全会一致制の意思決定が採用されています。ほかにも多数決制や拒否権制など、さまざまな意志決定のスタイルがあります。グローバルに見渡してみると、おもしろい仕組みでは、否決された場合でも、各パートナーが限られた数“ゴールデンカード”を持ち、自分がどうしてもやりたい案件は、ゴールデンカードを使えば自分の一存でリスクを取って投資できる制度などもあります。
どのようなスタイルで意思決定するかは、VCの組織運営上、どういったパワーダイナミックスになるかを決定づけるので、VCという事業を経営するうえでの大きな肝になります。また、起業家にとっても、今話をしているVCがどのような形で、どのようなダイナミズムになっているかを把握しておくことで、意志決定プロセスをうまく前に進めることができるでしょう。
判断基準についてはステップが異なっても、項目自体は概ね同じです。ステップが進むにつれ、仮説の検証度合い、確度が上がっていくイメージです。究極的にはVCの判断基準は、VCの背後にいてVCにお金を出資している投資家に求められるリターンを生み出せそうかどうかに尽きます。
判断基準を具体的に要素分解すると、1:経営チーム、2:市場性、3:競争環境、4:投資条件となります。この辺りの大きな項目は、VC間でもそんなに大きく違わないと思います。
1:経営チーム — 経営チームとして、この事業で勝つために必要な機能を備えているか?
アーリーステージの場合、必ずしも完璧に経営メンバーが揃っている必要はありません。ですが、勝つために必須な機能が担保されていて、足りない機能も「そもそも足りていない」と認識されていることが重要です。
足りない機能は、仲間に引き入れたい人の顔が浮かんでいて、中長期的な視点で口説き始めているのが理想的です。
2:市場性 — 市場は大きいか、伸びそうか?
ベンチャーの場合、個別企業としていかに周りより早く&大きく成長するかよりも、市場そのものがいかに大きく伸びていて、その波に乗れるかが成長性及び最終的な規模に大きく影響します。
その点、その事業が狙っている市場の現在の規模、成長性、3~5年後の規模が重要な検討項目となります。特に、現在顕在化している規模よりも将来性、つまり成長のスピードや最終的な規模がポイントです。
3:競争環境 — 競争はどれくらい激しいか?その事業で勝つためのKey Success Factorは満たせるか?
競争環境のポイントとして、ベンチャーの場合は大企業ほど資源が豊富にあるわけではないので、その市場でどうやって競合を全員なぎ倒すかよりも、その市場が元々どれくらい競争が激しくないかが重要となります。
また、競争を考えるとき、類似のプロダクトを展開する大企業や他のベンチャーなどの直接競合を思い浮かべがちですが、それだけでは十分ではありません。同じ価値を違うプロダクトで提供する潜在競合も考える必要があります。
たとえば、音楽市場において、CDとSpotifyやAWAのようなストリーミングサービスは、プロダクトの形態は異なりますが、明らかに競合しています。そして、その事業で勝つための業界におけるKey Success Factor(KSF=事業の成功要因)を理解し、それを満たすために適切な戦略が練れていることが必要です。
さらに重要なのが、KSFが将来どのように変化し、それに伴い、どのように自社も変化していくかのシナリオを描けているかどうかです。自分たちが参入したこと自体が競争のあり方に与える影響も含めて、仮説を作る必要があります。
4:投資条件 — 投資家に求めらるリターンを達成できるストラクチャーになっているか?
投資条件を本格的に検討するのは、1:経営チーム、2:市場性、3:競争環境の観点から、そもそも投資をするという方向性が見えてきてからになります。やるとしたらどんな条件で…という検討になるのですが、その他の基準の検討と異なるのは経営陣と相談しながら落とし所を決めていくインタラクティブなプロセスになる点です。
“ストラクチャー”という言い方をしているのは、バリュエーション(時価総額=株価)一本で決まるわけではなく、優先分配などのその他の条件も含め、全体的なパッケージで判断されるからです。バリュエーションが高くても、その他の条件でカバーされていれば大丈夫ですし、逆もまた然りです。
また、VCがリターンを試算する方法は、うまくいったとしてどれくらいの時価総額になり、シェアがこれくらい、そしてステージ的にはリスクがこの程度だから、倍率としてはこれくらいないとリスクに合わない、というようなやり方です。
時価総額は、上場なりM&Aが計画されているタイミングでの、事業計画上の当期利益に対して、業界の類似会社のPER(株価収益率)を掛けて算出するという、極めてオーソドックスなやり方になります。上場時の公募価格を決める際と同じ方法です。逆に、精緻に事業計画作り、割引率を掛けるNPV(正味現在価値)法は余り使われません。NPVは、事業計画の精度、どんな前提を置いて、将来どのような成長の軌跡を描くかに大きく依拠しているため、事業の不確実性が高いベンチャーには余り向きません。
このように、全体的に判断基準は、今スナップショットでどうなっているのかよりも、将来どんなに大きなポテンシャルがあるか、それを実現するうえでの不確実性はどの程度あるか、というところに力点がおかれています。
そして、起業家の直接の言葉が一番効くのは勿論なのですが、余り知られていないのが、VCの担当者がどれくらい確信を持っているか、どれくらい成長の軌跡をリアルに思い描けているか、が見られている点です。そういう意味では、VCの意志決定プロセスは、自社内部の担当者を見るプロセスでもあるのです。
VCの意思決定ダイナミズム
うまく資金調達を成功裡に終わらせるために、そのVCの意思決定ダイナミズムを知っておく必要があります。たとえば、投資委員会は全会一致制なのか、多数決制なのか、拒否権制なのか。または、担当者の一存で押し切れるのか、などです。
実態としてどのように意思決定が行われるのかという組織の力学は非常に重要です。場合によっては、正式に資金調達のプロセスを動かす前に、VCの担当者と連携しながら、投資委員会メンバー/キーマンに事前に会っておいて、巻き込むなどの寝技を使っても良いかもしれません。(やりすぎたり、露骨だったりすると逆効果にもなりかねませんが…)
VCがおかれている状況でも、少し変わります。そのファンドがどのような局面にあるかも把握しておくと良いかもしれません。
たとえば、順調にリターンを上げているファンドだと、「大振りして0か100」みたいな案件も許容しやすい可能性があります。一方、状況が悪いと「0は勘弁してほしいので、上は50でいいので、下も0.5でおさえてね」といった話になる可能性もあります。または、ファンド初期ではアーリーの時間がかかる案件に投資しやすいかもしれませんし、中盤以降だと逆にアーリーに投資しづらいかもしれません。そのようなコンテキストを踏まえてマネジメント・プレゼンに臨むと良いでしょう。
一見、正攻法ではなく、小賢しく見えてしまうかもしれませんが、ビジネスの世界では、法律及び仁義的に許されるあらゆる手を駆使して、とにかく“物事を動かした者”勝ちです。そういう意味では、VCの意思決定プロセスをどう動かすかそのものが、ビジネスマンとしての総合力が試されているともいえるでしょう。
VCというと「スタートアップに投資している」という点以外、今回ご紹介したような意志決定プロセスなどについてはなかなか表にでてきません。
ちょっとマニアックな話になってしまいましたが、実際の意思決定のプロセス、ダイナミズムを知っていただき、うまく資金調達につなげてもらえればと思い、思い切ってあらわにしてみました。
「The First Penguin」では、記事アイデアを募集中です!この人の起業話が聞きたい等ありましたら、こちらからご投稿ください。