転職にあたってひとつだけ決意していたのは、新しい職場でお世話になるまでに、フリーライターとしてできるだけ仕事をしておくことだった。
ライターをはじめて何年か経つけれど、キャリアをスタートしたときは学生だったし、卒業して新卒でメディア運営企業に入ったので実は完全フリーの期間はない。
フリーでやっていくことについて、いい編集者になるために、また自分に実際どれくらいライターとしてのキャパがあるのかも知っておきたい、そういう理由で。
前職の退任を機に、仕事の依頼がたくさん来た。質・量共に実力以上で、完全にバブルだとわかっていた。20年後もこの仕事をしているために、売り抜けしようと思った。
いろいろ気付いたこともあるので備忘録的にまとめておきたい。
まずは成果について。案件次第で仕事の内容はちがうので本数で一概には言えないが、大体30〜40本の原稿の執筆(ちょこっと編集)という結果だった。大半が識者への取材や対談をまとめるなどの一次情報のコンテンツだったので、ほぼ余裕はなかった。
これまで尊敬している書き手には記者経験がある方が多くて、そういう先輩にお話を伺うと、毎日3〜4本ずつ取材原稿を執筆していたというので、30日間限定で1日1本の僕はやっぱりまだまだだったという感じだ。
PVについても媒体によってシステムがぜんぜんちがうので一概には言えないが、ある記事で1本50万PVという人生ベストと、それとは別の記事がYahoo!トップに掲載されたのでよかった。他の記事はおおよそ5,000〜50,000PVまでまちまちだった。
PVは記事の質と相関するものではないので、そういう結果だったというだけだと思う。経済や不動産投資など、ニッチでリッチな分野のライティングはそもそも広告収入モデルじゃないので、PVがどうとか関係ないし。
興味があれば下記にまとめてあるのでどうぞ。全体を通した感想はまあまあがんばった、でもそれそれの記事の事例を思い返してみると実力不足と準備不足が目立つ印象だ。
定義できない量とか質とかよりなにより、学生時代にバイト感覚でライターになり、就職後はちょっとガラパゴス的な環境で編集とライティングをしてきた自分にとっては、組織の外に出てもやっていけるかどうか、スキルセットの整理ができてよかった。
新興メディアの運営では普遍的な編集とかライティングのスキルが身に付かない場合がある。指導者が不在だったり、指導者がいるけど指導者がスキル不足だったり、自分や指導者の客観的なスキルを把握しにくかったりで、ガラパゴス化していくためだ。
あるいは企画とは、広告とはなにかも、独学だと危なっかしい。実力不足、準備不足だとクライアントに利益を返せない、または同業者に迷惑をかける可能性があって、メディア運営には倫理とか理念とか哲学とか、そういうのがないと駄目だとも思う。
もともとそういう経緯の転職だ。量と質、つまり実力は今後人生かけて積み上げていけばいくつもりなのでご指導ご鞭撻のほど何卒なにとぞよろしくお願いいたします。
そういうスキルセット、まだまだ実力不足という前提のもとに言うと、僕のようなものがチヤホヤされて調子にノッたら成長できないと思った。困ったことに僕はすぐにチヤホヤされたがるしされれば調子にノッてしまうので、自分の言葉で書き置いておく。
いろんな編集部と関わり合う中で、ある媒体では合格点だったレベルが、別の媒体では30点みたいなこともある。逆に言えばライティングに満点はない。そもそも簡単な業界ではないのだ。
自分ができると思ったらその時点で成長が止まってしまう。構造上も、他人からの指摘を受け容れなくなったら、あるいは他人が指摘をしにくいような関係になったら、そもそも改善のきっかけがない。
成功も失敗もいつでもその原因を分析して、もっといいコンテンツにするにはどうすればいいのかのPDCAを回し続けることでしか、商業活動をするクリエイターは成長できないのではないかと思う。
やればやるほど自分にできないことがあるとわかるし、それをシステムのせいにしがちなんだけれども、システムのせいにできるのは本当に限界までやった人間だけではないだろうか。僕は何事にも実力も準備も不足しているので自責しかないし、それでいい。
だって永遠に100点なんてないことを、好き好んでしているんでしょう。
でも、僕はぜんぜん希望があると思っていて、ライターはオワコンにはならない。ライターは包括概念なので作家・コラムニスト・ブロガー・PR・ブックライター・商業ライターなど、なんでもライターだから齟齬があるのだと思っている。
このうち、自分を切り売りするような仕事の方法だとやがて消耗してしまうんだけど、ライターとは情報を適当(いい意味)な方法で誰かに伝える仕事だから、世の中にネタがあるかぎりライターの仕事はなくならない。
簡単な業界ではないが、仕事がなくなることはない。そして自分たちは好き好んでライターをしている。のであれば、やるべきことはひとつしかない。当たり前すぎるくらい当たり前なことに気付いたフリーライターの30日間だった。
コンテンツは忘れられるし、メディアは飽きられるし、そもそもこんなバブルが長く持つはずないのだから、できないプレーヤーの淘汰がはじまる前に、どれだけ実力をつけることができるかが大事で、本気の勝負をしたときに生き残るのは、いつだって実直に手を動かし続けてきた一枚上だけ
— 朽木誠一郎 (@amanojerk) 2015, 9月 25