パンフレットや来客室に掲げた企業理念というものは、だいたい痛くも痒くもない高邁スローガンに過ぎません。真面目に読んでいると心が私心と雑念で充満している自分が急に小さくなり自信がなくなります。しかし、「社会に貢献します」と掲げてきた企業が長く不正にチャレンジしていると思うと、企業理念はもう少し中身のあるものにしたらどうかと思うのです。たとえば「嘘付きは泥棒の始まり」などです。
最近、ある尊敬を申し上げている経営者のところによく行きますが、彼の会議室に掲げた企業理念の第一カ条に「言論の自由を保証します」と書いてあります。あまりにも珍しいからついつい見てしまい、そして考えてしまうのです。
企業を数十倍にも大きくして育ててきた著名な方なので正直、社長の前で幹部や社員は何でも好きなことを自由に言える訳がありませんが、彼ほど自由に話せる雰囲気を作る経営者は少ないと思うのです。
一度中国出張も同行しましたが、物知りでお喋り好きな上海の責任者の方と移動中の車の中でずっと何かを話していました。しかもその内容は古典から逸話まで殆ど仕事と関係がありませんでした。多くの企業では社長が折角現地視察に来たので静かに「ご指導」や「ご指示」を伺うのがマナーです。それを守らないとその場で怒られなくても以降の印象が悪くなるに決まっています。
この自由な雰囲気の中で働くと人間は前向きになるのです。特にトップが立場の弱い人の自由を本気で守る姿勢はどれほど組織のモチベーションと創造力を引き出すでしょうか。我々人間はお金も立場も名誉も、欲しいものが多いのですが、究極なところはこれらのツールを手にすればより自由に身を振ることが可能だから欲するのです。
企業理念に「言論の自由を保証します」と書くと、たぶんその経営者が社員への呼びかけだけではなく、社長自分への警告でもあるように思えるのです。嫌なことを言われても決してそれを妨げたり圧力をかけたり評価を落としたりしないように自戒していると思うのです。
企業のみならず、社会というものは常に弱い立場の人が自由に発言できないようになっているのです。自由に発言してもいいのですが、上司から冷遇されたサラリーマンは次第に上司に喜ばれることしか話さなくなります。自由に発言していいですが、新聞社やテレビ局の方針に合わないコメンテーターは自然に使われなくなります。自由に発言していいのですが、やっているうちにお金がどんどん不自由になります。
自由は貴重なものなのです。多くの人は一つの自由ともう一つの自由を交換して生きているのです。お金の自由と言論の自由はどちらがより大切かといえば、殆どの人はお金の自由がより大切でしょう。もし、ある会社ではその言論の自由を無条件に無料で手にすることができるならば、その会社はなかなか世の中にない会社だと思いませんか。
その「言論の自由を保証します」という、憲法にも保証されていながら、実現不可能なことを企業理念にしている経営者は素敵だと思いませんか。
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いつも宋さんに反論ばかりしておりますが、そういう拙意見を掲載してくださっている宋さんに感謝と敬意を表します。そういう意味で、今般の宋さんのご意見「言論の自由を保証します」を、宋さんご自身が実践されていることを確信しました。
中国政府にも「憲法」で保証している「言論の自由」の実践を期待したいのですが、共産党独裁国家では空しい願いなのでしょう。
ただ、このこことは中国だけではなく、今の日本の流れにも存在していると思います。
私はもちろん「戦争反対論者」ですが、集団的自衛権に関する「安保法案」に賛成する者です。
しかし、「有識者」なる方々ジャーナリズムが声高に「安保法案賛成者=戦争したい者」というレッテルを貼り、善良な国民全てが「戦争法に反対」で賛成する者は国民ではない(昔風にいうなららば「非国民」)というレッテルを貼っているように感じます。
まさに言論封殺、すなわち「言論の自由」を否定されています。デモで全てが決められるのであれば、「議会制民主主義」の否定となります。ロシアのプーチン大統領は戦争によって獲得した北方領土はロシアのものであると公言し、民主党が初めて排出した首相の鳩山元総理はロシアのクリミア侵略をを賞賛しています(もちろん言論の自由ではありますが)。当時、民主党政権を誕生させた方々は、そのことをどのようにお考えなのでしょうか?
「個別的自衛権」「戦争放棄」などのお題目だけで、ほんとうに国土・国民を守れるのでしょうか。日ソ不可侵条約を一方的に破棄され北方領土を侵略されたのは、日本がポツダム宣言を受諾した後ですよ。
中国が南沙諸島に飛行場建設を強行しているのに対して、尖閣には海軍施設を強行設置しないのはアメリカが日米安保条約の対象だと名言しているからなのは明らかです。これこそ、「集団的自衛権」の具体的効果なはずです。その米軍が攻撃を受けても援護することすら禁じるという「個別的自衛権」の主張は間違っていると考えます。
また、「徴兵制」に繋がるという意見がありますが、70年前の戦争のような形態はどんどんなくなっていき、これからの戦争は無人兵器による形態になっていくはず(それゆえ小生は戦争に反対なのです)で、かつてのような人対人のドンパチ型の戦争で必要となる「徴兵制」は不要となってくるはずです。
論点がズレてしまって失礼しました。私が申し上げたいのは、反対論者の意見を封殺する風潮を危惧するということです。
鎌倉投信とゆうところが、社会に有意義な会社へ投資しています。
ぜひとも、紹介してほしい会社です。
「自由」を「金」と「言論」でテンビンにかけた見方。
宋さんらしいね。
日本では「モノ言えば唇寒し秋の風」なんて言いますが、中国にも似た表現はあるのでしょうね。
「品質」管理の世界で良く言われることですが、スローガンや組織の完璧さを強調する会社ほど、「品質」管理ができていない。
スローガンを掲げる=経営者の仕事と思う落とし穴があるようです。
雇われる身からすれば、「あなたも、家族も飯が食えることを保証します」の方が有難いけど。
「お金の自由と言論の自由」
与党の議員は、皆、本当に正しいと思っているのだろうか。