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国際政治の読み解き方

安保法制論争を「脱神話化」する

2015年09月14日(月)12時11分

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 しかしながら、リチャード・アーミテイジ国務副長官は、NATO本部を訪問した際に、「私はここに、何も求めに来たわけではない」と、欧州諸国の協力の要請を退け、またポール・ウォルフォビッツ国防副長官は「われわれが必要なことは、すべてわれわれが行う」と述べた。

 このときのアメリカのブッシュ政権は、二つの理由から欧州諸国が戦列に加わることを嫌った。第一に、コソボ戦争での経験の反省から、軍事的な効率性を最優先して欧州諸国からの政治的要求に対応することへの抵抗があった。ネオコンの政府関係者は、コソボ戦争を「委員会の戦争」と揶揄して、むしろ単独で行動することを欲したのだ。

 第二には、アメリカと欧州諸国の軍事技術の格差があまりにも圧倒的であり、相互運用性(インターオペラビリティ)を持たないイギリス以外の欧州諸国が戦場に来ても、アメリカ軍にとっては邪魔だったのだ。純粋に、不必要であったのだ。

 それらのフランスやドイツなど欧州諸国と比較しても、パワー・プロジェクション能力や、遠征能力、遠方展開能力、戦略空輸能力を持たない日本の自衛隊が、アフガニスタンやイラクのようなきわめて危険な地域で戦争をすることができるはずがない。イラク戦争での戦闘終了後のイラクのサマワ駐留の際でさえ、自衛隊は自分たちで治安維持活動ができないために、オーストラリアやオランダのPKO部隊に防護してもらっていた。戦争をするためにはそのための軍事能力が必要で、ヨーロッパのNATO加盟国のほとんどがそのような遠征能力や高度な戦闘能力を持たない。

 自国の領土や国民を防衛するための軍事力と、はるか遠くに遠征して軍事力を展開させて、危険な侵攻作戦を展開するための軍事力は全く異なる。純粋に、日本には地球の裏側で戦争を行う意志などないし、またそのための能力もない。

冷静な議論を行おう

 もう魔女狩りや、根拠のない未来の予言はやめようではないか。世界の軍事的常識や、戦後の安全保障の歴史を深く理解した上で、冷静な実りある議論をしようではないか。ベルギーや、ルクセンブルクや、デンマークのような小国は、半世紀を越えてアメリカの同盟国であり、国内法制上当然のこととして集団的自衛権行使が可能であったのに、集団的自衛権の行使として一度もアメリカの戦争に加わっていないではないか。なぜ日本だけ、アメリカの要請で絶対に戦争をすることになるといえるのか。

 確認しよう。日本は平和国家である。そして専守防衛は堅持されているし、これからも堅持される。2013年12月17日に、安倍政権の下で閣議決定された「国家安全保障戦略」(今後10年ていどの日本の安全保障政策を規定することになる)では、次のように書かれている。「我が国は、戦後一貫して平和国家としての道を歩んできた。専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を守るとの基本方針を堅持してきた。」そして、「各国との協力関係を深め、我が国の安全及びアジア太平洋地域の平和と安定を実現してきている」。

 この文書が閣議決定されている以上は、これが政府の政策なのである。

 ぜひとも戦争を憎み恐れる怒りの感情は、国会や首相官邸に向けてではなくて、多くのシリアの人々を難民として危険な海へ追いやる「イスラム国」の戦闘員や、ウクライナ東部での戦闘をやめようとしないロシア軽系装勢力へと向けてほしい。そして、シリアやウクライナでこれ以上戦争による犠牲者が増えないために、知恵を提供してほしい。それこそが、世界に誇ることができる平和主義ではないだろうか。

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細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

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