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2015-09-07 ここが気になる!『ジュラシック・ワールド』ネタバレ感想/解説

■あらすじ『コスタリカ沖のイスラ・ヌブラル島では、22年前に多くの犠牲者を出した“ジュラシック・パーク”に変わる新たな恐竜テーマパーク“ジュラシック・ワールド”がオープンし、連日多くの観光客でにぎわっていた。パークの運営責任者のクレア(ブライス・ダラス・ハワード)は、甥のザックとグレイが来園しているのに、多忙すぎて兄弟に割ける時間が無いため、彼らの相手を部下に任せることに。その頃パークでは、凶暴な新種の恐竜“インドミナス・レックス”を遺伝子組み換え操作で創り出し、新たな目玉アトラクションにしようと計画していた。獰猛なヴェロキラトプルさえ手なずけてしまう海軍出身の調教師オーウェン(クリス・プラッド)は、そんなパークの経営方針に警鐘を鳴らすのだったが、ついに起きてはならない事故が起きてしまう…!最新のバイオ技術で現代に蘇った恐竜たちの姿と、蹂躙される人間の惨劇を描き大ヒットしたSFパニック・アクションシリーズ第4弾!』
いきなり結論から言ってしまうと、『ジュラシック・ワールド』は非常に面白い映画である。そりゃあ観客動員数475万人、興行収入は70億円を突破するほど大ヒットしているのだから、面白くないわけがない。実際、大画面で暴れ回る恐竜たちの迫力たるや凄まじく、それだけでも一見の価値があり、間違いなく今最もオススメの娯楽映画だろう。
しかし……一つだけ引っ掛かかったことがある。「これって1作目と同じ内容じゃないの?」と。確かに良く考えてみたら、シリーズ第1作目の『ジュラシック・パーク』も「身内が管理・運営しているテーマパークにやって来た幼い兄弟(姉弟)が、予期せぬアクシデントによって施設内にウヨウヨいる恐竜たちに襲われ、大人に守られながら命懸けで逃げまくり、最終的にはティラノサウルスの手助けによって危機を脱する」という物語なのだ。
ぶっちゃけ、「ほぼリメイク」と言っても差し支えないほど2つの映画は良く似ている。しかも、『ジュラシック・ワールド』の中には『ジュラシック・パーク』とリンクするような要素やオマージュまでたっぷり含まれているのだから、1作目から観ているファンにはたまらない映画だろう(僕もワクワクしながら鑑賞した)。
しかし、これだけ似ていれば否応なしに1作目と比較されてしまうわけで、「その場合はどうなのか?」と問われると、残念ながら「『ジュラシック・パーク』の圧勝」と言わざるを得ない。もちろん、20年以上の技術差があるため映像的には最新作が優れているのは当たり前だが、内容的には明らかに『ジュラシック・ワールド』の方が劣っている。
これは「レベルが落ちた」という意味ではなく、作り手側が意図的にストーリーのリアリティラインを下げているからだ。なぜそんなことをしたのか?と言えば、不特定多数の観客に分かりやすく物語を伝えるためである。もっと簡潔に言うなら「大人と子供が一緒に楽しめるファミリー映画」を作ろうとしたのだろう。
ただし、「子供でも理解できる展開」の実現にはストーリーを単純化するのが一番手っ取り早い反面、「キャラクターがバカに見える」という弊害が発生する。実際、『ジュラシック・ワールド』の登場人物はことごとくバカっぽい行動を取りまくり、『ジュラシック・パーク』の知能指数を100とするなら、今回は65ぐらいに落ちている印象なのだ。
中でも酷いのが、パークの運営責任者であるクレアの行動。はっきり言って、大騒動の発端は彼女によって引き起こされたと言っても過言ではない。それは「インドミナス・レックスが逃げ出した」と勘違いして慌てるシーンを見れば良く分かる。恐竜の体には位置情報を発信する端末が埋め込まれているのだが、なんと彼女は外へ出て車を運転しながらコントロール・センターへ電話をかけているのだ。
いやいや、おかしいって!その場で確認すれば済む話じゃん!なんでわざわざ移動しているんだ?さらにその後、檻の中に入って壁を調べるオーウェンたちの会話も危機意識ゼロ。「壁を越えて逃げたと思うか?」「さあ…場合によるんじゃね?」などと呑気に喋ってるんだけど、”恐竜がいるかいないか分からない檻の中”に入ってるのに、どうしてそんなに落ち着いてるんだよ!せめて武装しろよ!
常識的に考えて、檻の中へ入ろうとしたら誰かが「やめておけ」と引き止めるものだろう。しかし、この映画ではそういう場面が一切描かれていない。そんなことをしたらテンポ良く話が進まないからだ。つまり、登場人物たちの知能指数を思い切り下げることで余計な段取りを省き、分かりやすくサクサクと話を進めようとしているのだ。この辺は1作目と比べてみれば分かりやすい。
『ジュラシック・パーク』の場合、施設のシステムを管理するエンジニアが、意図的にトラブルを引き起こしたせいで(動機は金儲け)パーク全体がパニックに陥る、という流れになっていた。それに対して『ジュラシック・ワールド』は、運営責任者のクレアのうっかりミスでオーウェンたちが檻に入り恐竜が脱走、それを見たインド人経営者が自分でヘリを操縦して墜落して翼竜が逃げ出して被害拡大、という流れになっている。どう考えても人間の対応がバカすぎるんだよねえ。
もちろん、「この映画に真面目に突っ込むのは野暮ですよ」という意見もあるかもしれない。それはその通りだと僕も思う。だから、「両親の離婚問題は結局どうなったんだ?」とか、「ハイヒールで走る女にT-REXが追い付けないなんて有り得ない!」とか、「キスシーンが唐突すぎる!」とか、そういう部分は特に気にしていない(「モササウルスが異様にデカい問題」もねw)。
でもクレアのシーンは、恐竜が人間を襲い始めるきっかけとなる、言わば”ドラマの重要な転換点”なので、そこの説得力が欠けているのは、いくらなんでも作劇的にマズいのでは?と思った次第。施設の運営責任者という立場なのに、途中から職場を放り出して甥の捜索活動に没頭しているのも、リアリティ的に看過し難く(組織の責任者には全然見えない)、感情移入を妨げる要因になっている。
もっともこのシリーズは2作目以降からドンドンいいかげんな話になっていってるから、「順当な続編」と言われれば、まあそういうものかもしれない。あとは”世代的な問題”がやはり大きいのかなあ。僕は1作目の『ジュラシック・パーク』を劇場で観ているので、その時のインパクトを上回るものでなければ「凄い!」と思えないのだ。
当時、映画館で初めて『ジュラシック・パーク』を観た時の衝撃たるや、筆舌に尽くし難いほどの凄まじさであった。なんせ、それまでの映画ではストップモーション・アニメかヌイグルミでしか表現できなかった恐竜を、「本当にそこに存在しているかのようなリアリティ」でスクリーンに登場させたのだから!
今でこそ、CGの恐竜はテレビでも当たり前のように見ることが可能だが、その頃は『ジュラシック・パーク』の中でしか”生きて動く恐竜”を見ることは出来なかったのである。つまり、感覚的には「見世物」と同じなわけで、”単に映画を観る”という意味以上の価値が、確実に『ジュラシック・パーク』にはあったのだ。
ところが、それ以降の映画はどんどんCGが使われるようになっていき、”リアルに動く恐竜のありがたさ”みたいなものが急激に薄らいでいくことに…。続編の『ロストワールド』や『ジュラシック・パーク3』を観た時も1作目のような感動は得られず、「お〜、恐竜すげえ!」的な”映像に対する評価”の方が大きかったように思う(『3』は結構好きなんだが)。
なので今回の『ジュラシック・ワールド』に関しても、正直1作目を超えるようなインパクトは得られなかった。いくら世界的な規模で大ヒットしているとは言え、「映画史に革命を起こした!」とか「これで今後の映画が劇的に変わる!」なんてことには絶対ならないだろう(そこまでエポックな作品ではない)。
ただ、「1作目のリメイクか?」と思うほど忠実にトレースされた内容や、至る所に隠された1作目のオマージュなど、『ジュラシック・パーク』のファンには嬉しい要素が盛り込まれていたり、ラプトルと共に森の中を疾走するシーンや、新恐竜のインドミナ・レックスやモササウルスなどが登場するシーンではやっぱり大興奮!
特にクライマックスの展開は、1作目のラストバトルを思い出させつつ、「うおおお!まさかそんなことがッ…!」と意表を突きまくる怪獣映画的アクションになっていたので、特撮好きとしてはなかなか楽しませてもらった(モササウルスをあんなにフィーチャーしているとは予想外w)。
もちろん1作目を知らない人でも十分に楽しめるというか、むしろ生まれて初めて劇場で”動く恐竜”を体験する人の方が、僕らの何倍も衝撃的なんじゃないだろうか?ある意味、羨ましい(^.^)
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