銭湯が消える日
数日前の夕方のことだ。暑い部屋でパソコンの作業をいったん切り上げ、汗を流しに銭湯に行ってこようと、自転車に乗って本郷通りから菊坂を下りて行った。600メートルぐらい入ったところにあるのは、僕の最寄りの銭湯、菊水湯。狭い路地の角に佇み、裏に煙突が高くそびえている。昔この界隈に住んでいた樋口一葉も通っていたという。
破風作りの玄関で二人のおばあちゃんたちが小さい声で立ち話をしている。口調からすると何か慌てているようだ。ふと、傘入れに貼ってあった告知を見た。
「閉店のお知らせ。長い間みなさまには大変お世話になりましたが、建物・設備機械の老朽化と経費高騰・お客様の減少に伴い、店主の疲労のため、九月三十日をもちまして閉店することになりました」

ついに来たか・・・湯船に浸かりながら、剥け始めている富士山のペンキ絵を眺め、「私も9月いっぱいで日本を離れようかな」とも考えを巡らせた。国から離れなくても、別の地域に住まいを探すかもしれない。銭湯のない街が面白くないのだから。
菊水湯に初めて行ったのは、本郷のシェアハウスに入って2ヶ月後のことだった。ルームメートに誘われ、4人でタオルを首に巻いて、夜の菊坂を歩いて行った。それまで本郷の「表」しか知らなかった僕は、長屋の間を抜けていく狭い階段、どこからともなく耳に入ってくる小川の暗渠の流れの音、小さくて古い木造古民家が並ぶ暗い路地、まるで時間が止まったような雰囲気に惹かれた。この「表層」と「深層」の差が、東京の一番の魅力だと思う。
高校時代に新潟に留学した時から日本の風呂文化に慣れ、温泉は大好きだったけれど、実はあまり銭湯に行ったことがなかった。アメリカで育ったせいか、たいていシャワーで済まし、日常生活にわざわざお風呂を取り入れる必要がないと思っていたのだ。
銭湯に通い始めたのは、今年の1月からだ。年明けに文京区内の銭湯の保存・活性化に向けた活動を進めている文京建築会ユースという団体の代表に会うご縁があった。建築家の集まりで、文京区内にある隠れた地域資源を発掘する半分遊びの活動の一環でたまたまたどり着いた銭湯。次々と廃業する銭湯は地域社会に欠かせない貴重な存在だと危機感を覚え、銭湯の価値の発信を通じて、その存在を未来につなげようとしていた。その日、ユースが作った綺麗な銭湯の冊子と招待券をもらった。
早速同じ日の夜に、招待券を使って、勧めらえた目白台の「月の湯」に行ってみた。寒い小雨の夜で、脱衣場のベランダの窓が曇り、おじいさんが一人ベンチに座り、番台の女将さんとしゃべりながらゆっくりと服を着なおしていた。なんという落ち着いた暖かい空間。ここにはロッカーがなく、昔ながらのカゴに服を入れた。湯気で霞んでいるこじんまりとした風呂場に入ったら、亡くなられた早川利光さんの美しいペンキ絵に迎えられ、感動した。


その銭湯との出会いから、週に3~4回お風呂に通う生活を始めた。10日連続で毎日違うお風呂屋さんを回ることもあった。ユースの銭湯活動にも関わり始め、森鴎外記念館での展示の設営や、銭湯の記録の活動などに参加した。彼らが銭湯の活動を始めてから、文京区内ではすでに「おとめ湯」と「鶴の湯」という2軒の素晴らしい銭湯が廃業してしまった。そしてユースが存続の可能性を一生懸命探ったものの、日本全国で最も美しい銭湯の一つだと言われていたその「月の湯」も5月末で閉店し、取り壊された。外国人向けのゲストハウスを含める複合施設、大学の寮との連携など、様々なアイディアを検討したが、手遅れだった。
通い出したら、銭湯が生活の大切な一部になった。なぜだろう。いつも電車や街やお店で大勢の人間に囲まれて生活する東京では、実際にほとんど他人とコミュニケーションを取らないし、その人たちの人間性さえほとんど見られない。外国人だとなおさら疎外感を覚える時もある。この町の緊張感と孤独感に疲れた時、銭湯で他人とのほどよい距離感、時々自然と生まれる会話、ぼんやりして牛乳を一杯楽しめるゆとりのある時間と空間に癒されるようになった。
菊水湯が閉店すればこの2年あまりで、まるで煙突から吹かれていく煙のように、文京区から4軒の宮造りの銭湯が消滅し、歴史ある建物だけでなく、現代の生活の基盤が目の前でまたたく間に消えていくことになる。店主がやめる理由は様々だが、社会にとっての価値を(まだ考えられていない潜在的な用途も含めて)考えると、一部でもこういう場所を存続させる新たな方法が必要ではないのか。都内では、この4年だけで127軒の銭湯が潰れているそうだ。 このペースで減少が続いたらオリンピックが来る2020年には日本の都市生活の独自性を象徴する公衆浴場はほとんど残っていないだろう。
先日、東京湾花火大会をユースのメンバーと一緒に晴海地区で見た。来年からオリンピックの選手村が建設される場所だ。
帰りに月島駅までの道路沿いに並ぶ新しいタワーマンションを見上げて、「これが今の東京の現実なんだな」と実感がわいた。無縁社会。この地域の過剰開発にさらなる勢いをつけるために、これから巨大な公的投資が行われるわけだ。21世紀に人口の激減が見込まれるこれからの東京に空き家や廃墟の荷物を増やすだろうが、短期間で見れば経済の刺激、金儲けにはなるはずだ。オリンピックで新しいものばかりにこだわって経済成長を目指す東京は、いったいどのような将来像を描いているのだろうか。
全てがお金で回っているアメリカ社会からきた僕は、「お金より大事なもの」をそれなりに継承して守ってきた日本の価値観の良さを感じている。この国はこれからの人口減少、経済縮小、環境破壊の時代に突入し、そういうものを守り抜く姿を世界に示していけるのではないかと信じているが、少なくとも僕のお気に入りの銭湯に関しては、その願いが甘かったようだ。