僕の起業家支援方法、または、スタートアップ版「トキワ荘」を作りたい件
by佐俣アンリ(投資家)
投資先の起業家を支援し、ときにアドバイスをするのもベンチャーキャピタル(VC)の仕事です。そして、VCによって、その支援にはさまざまなスタイルがあります。
たとえば、僕の師匠であるEast Venturesの松山太河さんの場合はおおよそ3ヶ月に1回、投資先の社長に会い、事業の方向性や課題点についての大筋を話し合いながら指摘などを行います。3ヶ月に1回、というのは、良くも悪くも接しすぎず、相手との関係をフラットな状態に保つためです。
実はこれ、とてもすごいやり方なのです。というのも、太河さんは僕が週次などを毎週行うほどべったりと接している投資先に対しても、3ヶ月に1回程度会うだけで極めて的確な指摘ができます。これは、今まで多くの起業家と接してきた太河さん自身の経験則があるからこそできるスタイルです。
一方、僕の支援スタイルは、太河さんに言わせると「家族、社員含めて、全面で支援しようとするタイプ」です。今では、投資先6社を1つのマンションに同居させる「トキワ荘」のような環境を渋谷に作り、そこに住む彼らのメンタリングのほか、食事の買い出しなどを一緒に行っています。また僕自身も彼らのオフィスから徒歩2分の場所に住んでいます。
僕の強みは「待てること」です。その強みを活かし、確立したのが、起業家一人ひとりと向き合うような「全面で支援する」スタイルです。なぜここまでやるかというと「そこまでやらないと、ほかのVCに勝てないと思っている」からです。
人工的な「トキワ荘」でコミュニティを形成する
当然ですが、起業したからといってすぐに成果が出るわけではありません。
全体的な流れとしても、最初の2~3年は事業が落ち込み続ける会社がほとんどです。そういった期間を経て、ある日ぽんと上がるんですよね。僕の考えとしては、この「落ち込み続けている期間」を金銭的・精神的に支えていれば結果的に勝てるのではないかというものです。
そこで始めたのが、人工的にトキワ荘のようなものを作る、ということです。
きっかけは、僕がクロノスファンドにいた時代、フリークアウトやCAMPFIRE、くらしのマーケット、Coiney、ANYPERKなどの会社を1か所のオフィスにまとめるというディレクションをしたことでした。
当時は、その中からフリークアウトの事業展開がうまくいき、一足先にほかのオフィスへ移ることになりました。そのとき、オフィスに残されたほかのメンバーたちが「次は自分たちだ!」と刺激を受けているように感じたのです。会社同士で切磋琢磨し合えるような環境を作るというのは起業家の成長にとって非常にいい、と思いました。
さまざまなメンバーがボロいマンションに集まってスタートし、切磋琢磨する。そして最初にそのマンションを出て行く仲間の刺激を受けて「自分たちも頑張ろう!」となる。現在、まさにそういったコミュニティの中で、投資先の起業家たちがお互いの関係やクリエイティビティを担保していくような時期を過ごせるような環境を作っています。
買い出しに参加し続けられれば、生きていける
もう一つの目的は、起業家たちのメンタル面での支援です。
わりと有名な話ですが、スタートアップの立ち上げ期は1日に10回くらい「もうだめだ」「死にたい」と思うほど、感情の浮き沈みが激しい状況に置かれます。いわば、感情のジェットコースターに乗っているような感じですね。1人で戦うには、あまりにも孤独です。何より、立ち上げ期の起業家は、自分の精神状態がジェットコースターであると気づけないことが多いです。
ミーティングを定期的に設定しているので、そのタイミングで事業の悩みや行き詰まりを相談できます。しかし、本当にうまくいっていないときは、そういった場では話しにくいものです。食事の買い出しなど、生活の中の何気ないタイミングのほうが、一番コアな悩みをポロッと言えたりします。支援者である僕からの「お前がやっていることは間違っていない」「それをやればいいんだよ」という声も、そのときに何気ない一言で伝えたほうが相手に届くこともあります。
食事の買い出しは定期的に行っています。トキワ荘に住んでいる起業家たちと集まって、近くのスーパーに買い物へ出かけるのです。これに来なかった人は、そのまま消えていきます。
男とは、見栄の生き物です。その様子が謙虚に現れるのが、同窓会です。男性は、27~8歳くらいから同窓会に出席する人がだんだん減っていく傾向があるといいます。なぜかというと、そういった人たちはたいがい仕事がうまくいっていなくて「恥ずかしいから」という理由で来なくなるのだそうです。
うまくいっていないときほど、誰にも会いたくないものです。ましてや、一緒にご飯へ行く、ご飯をおごってもらうなんて恥ずかしいと思ってしまいます。そんな複雑な思いをしながらでも買い出しに参加できる人は、起業家としても生きていけます。だから僕は、支援先の起業家たちに「買い出しには恥ずかしくても来い、うまくいっていなくても来い」と伝えています。
僕自身、投資先の起業家と接するときに注意しているのは、なるべく感情を動かさずフラットな状態で話を聞くようにすることです。独立前に、ラクスルやフリークアウトを支援していたとき、うまくいかないときは、僕も一緒に落ち込んでいました。ひどいときは、お互いにため息をつくだけで30分経過していたこともありました。
今では、これはよくない寄り添い方だったなと思っています。僕だけでもフラットな感情で接していないと、起業家は気持ちも雰囲気も落ち込んでいくだけです。なので、ここ1~2年くらいは、ミーティングなどではなるべく感情を動かさず、基本的には軽く喜んでいる“フラットからちょい上目”ようなテンションで接するようにしています。
もちろん、怒るときは怒ります。特に僕の場合、相手がシード期の起業家ということもあり、学生からそのまま起業した人も多いのです。事業の見通しが甘すぎたり、お金の管理がちゃんとできていない、約束や時間を守れないといった基本的なことから、会社としてちゃんと挑戦できていない起業家に対しては然るべき指摘を伝えることもあります。
スタートアップは一か所に集まるべき論
余談ですが、投資先の起業家たちを1か所に集める「トキワ荘」のようなものだけでなく、スタートアップのオフィスを集積すればいいのでは?という考えもあります。
僕も含め、スタートアップは1つひとつの規模が小さく、集積しないと吹き飛ばされてしまうような孤独な存在です。1つの地域に集まることで、お互いのカルチャーを持ち寄り、道端で偶然会って話す内容からいつも刺激を与え合うような場を作れるのではないかと思っていたりします。
場所としては、渋谷か六本木がいいなぁと思っています。スタートアップのテンションは新宿・新橋で働いている大企業の人のテンションより、渋谷・六本木のクラブへ遊びに行く人のテンションに近いものがあります。また、そうあるべきだとも考えています。
ただ、今渋谷に集まったとすると、2020年の再開発の関係で家賃などがすべて高くなります。ならば、渋谷の次はみんなで新宿に移動する、なんてことができたら。面白いと思っています。
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