起業するのはカンタンだけど”会社っぽくする”ことが、難しい
by 片桐孝憲(起業家)
僕が「起業で大事なこと」を挙げるとしたら、以下の3つです。
・3人で起業すること
・代表は1人に絞ること
・「集まれる場所」を確保すること
まず1つ目。なぜ「3人で起業すること」が大事なのかというと、1人だけでは会社がスケールしにくいからです。チームで起業をしないとなかなか会社を大きくすることはできないのではないかと思っています。
そもそも会社とは、人数を増やしていくことがとても難しいものです。1人からスタートすると、リソースが少ないため、事業を作りづらく、さらに創業者1人の期間が長い会社は、周囲から「入りづらい」と感じられてしまいます。
会社を成長させる、また、新しく入社する人が入りやすくするためにも「3人で起業する」ことをおすすめしています。
もちろん、「2人で起業する」のもいいですが、2人はチームとは言えないのです。音楽にたとえて言うと、B’zが「バンド」とは呼ばれないように、やはり2人組は、チームではなくて、ユニットとして見られてしまいます。個人的には3人のほうがチーム感があっていいと思います。
次の「代表を1人に絞ること」というのは、代表が2人いると、いざ決定の場になると困ってしまう事態が多いからです。たまに代表者が2人にいる会社がありますが、基本的にはやめておいたほうがいいと思います。というのも、社員からしてみると、どちらに決定権があるのか、どちらが責任を持つのか、がわからなくなってしまうからです。社外の方から見ても、同様です。
こういったことを避けるためにも、最初から代表を1人に絞っておくべきです。権限を分けたりするなど、最初の頃はうまくいっていたとしても、会社が大きくなるにつれて社員たちが「どっちの言うことを聞けばいいのかわからない…」という状況になりがちなので注意です。
明確に決定権が分かれていることは日常の経営・運用上は効率が良いときもあります。しかし、だいたい解決しなければいけない重大な問題はそういった領域も曖昧な中、予断を許さない状況で起きます。お互いの意見を調整している暇もなく、覚悟を持つ誰か1人がやりきるしかない場合が多々あります。そのとき必要なのは、どんなことでも最終的に責任を負う覚悟を持つ人が決定権を持ち、そして速やかに意思決定できる環境があることなのです。船長は1人でいいということです。
最後に「集まれる場所を作っておくこと」です。今ではインターネットがあるので「遠隔で仕事をする」ことは不可能ではありません。ですが、起業当初だからこそ、お互いに顔を見合わせることができ、意思疎通が可能な場所=オフィスが必要です。
もちろん、GitHubやWordPressのようにリモートで働くことに成功している例もありますが、この働き方で成功するのは、とても難易度の高いことだと思います。
なによりオフィスがないと「会社っぽく」なりません。僕自身、起業してみて「難しい!」と感じたのは、会社を会社っぽくすることでした。事業を展開し、会社をスケールさせるためには「会社っぽくすること」が必須なのです。
スタートアップを会社っぽくするために重要なこと
会社が会社っぽい、というのは、起業する前なら当然と思うかもしれません。しかし、会社を会社っぽくするのは非常に難しいことです。
スタートアップの場合、初期の頃は「会社のルール」がありません。そのため、朝、誰も時間通りに出社しないなんてことがよくあります。
たとえば、ピクシブがまだ社員数10人くらいだったころ、全員が集まるのはだいたい夕方でした。当時、ベンチャー・キャピタルの人と「朝10時に自社のオフィスで会う」という約束があったのですが、当日に僕が起きたのは14時だった…という事件がありました。慌てて会社へ行ってみると、入り口のシャッターが閉まったままになっていました。僕を含め、誰も出社していなかった。14時に起きた僕もおかしいのですが、その時間になっても誰もいない会社というのもダメだなぁと感じた一件でした。
会社を立ち上げた当初は、朝時間どおりに会社に来る、ということですら、努力をしないと実現しない可能性があるのです。
僕が好きな理論の1つに神田昌典さんが提唱している「桃太郎理論」というものがあります。これは、桃太郎を起業家、犬を実務家、猿を管理者、雉を友好家にたとえたものです。
まず、起業家である桃太郎が「鬼ヶ島へ行って鬼を退治する」というビジョンを持ちます。実務家である犬が「よしやろう!」と実行します。しかし、この2人だけでは、実行できてもルールがないためメチャクチャです。そこで、管理者である猿がルールを作り、組織化を進めます。これで効率よく進められるようになったけれど、このままでは実務部隊だけでチーム内の雰囲気がギスギスしてしまいます。そこで友好家であるキジが必要になる…というものです。
桃太郎理論でいうと、起業当初のピクシブには桃太郎(僕)と犬(副社長)しかいませんでした。しかし、2010年に田面木宏尚(現ピクシブ取締役)が入社したことがきっかけに変わりました。彼はとにかくルール作りが好きな人間でした。何か始めるとすぐに「フローを決めよう!」というタイプです。おかげで、ピクシブ内でいろいろなことが整備されていきました。まさに、ピクシブにとって彼が「猿」の存在だったのです。起業時は、この犬、猿、キジを意識して集めていくといいかもしれません。
ピクシブが「会社っぽくなったなぁ」と感じるようになったもう1つの転機は、起業したときからやっていた受託をやめたことでした。
受託をやっている状態だと、どうしてもお客さんの予定に振り回されがちです。自分が理想とする働き方・会社の制度を運用していこうとしても、社員の1人に「受託の仕事で夜遅かったので…」と言われてしまうと、さすがに次の日の朝早く出社するようにとは言えません。
自分の理想とする会社を作るには、仕事量や、仕事の仕方などを自分たちでちゃんとコントロールできることも重要です。そもそも、僕にとって受託は「自分の理想とする会社を作るために自社サービスを作りたい、そのためにはお金を稼ぐ必要がある」ということで始めたものだったのですが、「pixiv」というサービスが大きくなり、受託の必要がなくなって、ようやく作り始められたと思っています。
たとえば毎週水曜日には11時からラジオ体操・全体会議、12時から社内全員でランチ、13時から技術者の会議、14時から広告チーム…などの社内の定例会議を集中的に行う習慣を確立しています。これが受託時代のように締切がある毎日だったら、ちょっと難しかっただろうなと思います。
女性が入社できる状態が会社っぽさの基準になる
「会社っぽくする」ためにもう1つ大事なことがあります。それは女性社員を採用することです。
ピクシブでは、起業して3年くらいまでは男性社員しかいませんでした。初めて女性社員が入社したのは2008年の夏。当時は新宿御苑の近くに移転して初めての夏を迎えたところでした。なぜかオフィスには大量のコバエが発生していて、エンジニアたちと「御苑が近いとちょー虫くるね!」「めちゃくちゃ多いっすね!」と話していました。ところが、女性社員が入社した途端、コバエがいなくなりました(笑)。御苑が近いとかではなく、ただオフィスにゴミが放置されていただけでした。
女性社員が入社してからは、みんなでオフィスを掃除する習慣ができました。
誤解を恐れずに言うと、女性にはバクテリアのような浄化作用のようなものがあると思っています。僕たちみたいな男性だけだと『ナウシカ』でいう腐海のようなものがどんどん充満していくだけですが、そこに女性が登場すると、だんだんキレイになり、腐海がちゃんとした森へと変化するというイメージです。
男性だけの会社に女性が入社してくれる状況を作る、というのは、実はけっこう難しいものです。女性に好まれるのは「安心・安全・安定」です。たとえば、トイレは男女別、ちゃんと給料が支払われ、セキュリティがしっかりしている、床で寝ている人がいない…など、そういう環境を作ることです。
この記事で偉そうに「会社っぽく!」と言っている僕も、起業当時は電話代を払い忘れて電話が止まってしまったり、違う口座に誤って給料を振り込んでしまったこともあります(笑)。今では笑い話ですが、普通の会社ではまずあり得ないことです。
そういう事態が起こらなくなってはじめて、女性が入社してくれるような会社になる=会社っぽくなる、ということなんだと思います。この記事に書いていることをサーッと読むだけでは簡単そうに思うかもしれませんが、僕たちにとっては難しい課題でした。
起業は「不安・不安定・危険」な状態から「安心・安定・安全」な組織にしていくこと。なのではと思っています。
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