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ピピピピピがブログを書きますよ。

運動もせず、ヘタレ顔でキーボードに手を置くピピピピピがブログを書く。野人の如き豪快さが欲しいね。

僕と一線を越えた姉が失踪した。三十路の姉がいなくなった。電話も繋がらない。

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実の姉であるナキネが、三週間ほど前に失踪した

 友達も多く、複数の男を手玉に取るタイプのアクティブな人間だ。
 まさかここに来て、書き置きの一つもなしに消え去るとは思わなかった。
 家出少女を志すような年齢ではないし、親族との関係は良好であったのにも関わらず。

 ナキネが昔使っていた空き部屋に、手がかりとなるものがないかと思って、血眼になって探したがさしたる成果は上げられなかった。
 見つかったのは、小汚い数十冊のノートだけである。
「もしかしたら姉ちゃんの本音が書かれた日記もあるんじゃないか?」
 全てに目を通したが、そこには僕の落書きしかなかった。
 ナキネがまだ実家に住んでいた頃は、良く部屋にお邪魔させてもらって遊んだ。
「ほら出て行きなさーい。テスト勉強あるんだから」
 しっし、とジェスチャーされても、
「静かに絵を描いたりしてるから良いじゃん」
 大学ノートを開いて、頑なに居座った。
 ノートの山は、その時の単なる名残だ。
 ナキネが突然いなくなってしまった事とは、何の関係もない。
 今日は空が灰色だ。風は優しくない。雨が無慈悲に降り注いでいる。
 不吉であるが、ナキネは大丈夫なのだろうか?

 ナキネは既に実家を出て、父親名義で借りたマンションに、一人で暮らしている。
 であるから、合い鍵をもって訪ねにも行った。
 躊躇いもなしに鍵を開けて侵入すると、予想通りもぬけの殻だった。
 争った形跡もなければ、荷物を纏めて出て行った様子もない。
 旅行用のガラガラは玄関に置いてあったし、五百円玉がごっそり入った貯金箱もあった。
「失踪……とは違うのか?」
 どこかに身を隠したい、そんな想いがあるのなら、あるだけのお金を持って行くものなんじゃないかと思ったのだ。
 それだけでなく、テーブルに食べかけのポテトグラタンが置かれていた。
 昔からおてんばな姉だったけれど、さすがに食後の処理もせずにどこかへ出発するなんて、ありえない。
 ましてや長期的にどこかへ旅立つなら尚更だ。
 優雅に南の島で寝転がりに行くとしても、「もしかしたらポテトが腐って小バエが大量発生しているのでは?」と思い出したら、つまらない海水浴になってしまう事不可避。
 男遊びは激しいナキネではあるが、まともな判断力は持っているはず。
 ポテトグラタンの腐敗なんて言う負の情報を抱えたまま、当たり前にどこかへ行くなんて事はしないだろう。
 しかし、目の前に広がる光景はドラマの世界でもなければ、目の錯覚でもない。
 ナキネは、ポテトグラタンをそのままにして旅立つような人間だったのだ。

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一体全体どうして、姉は僕らの元から去ったのだろう

 考えられる理由は、遅れてやってきたアイデンティティークライシスぐらいか……。
 三十代に突入したばかりであるし、節目に突入した事で、急に不安に囚われてしまったのかもしれない。
「アタシは散々男を食い散らかして、いつも酒に酔っ払って奔放に遊んでた。でも、なんにものこってない……」
 自己対話とは無縁そうなふざけた顔をしたナキネは、僕たち家族に見せないもう一つの顔があったのではないか、と思うようになった。
 今までずっと、鼻息荒く突っ込むイノシシのような勢いで生きていた人間が、急に一人静かに自分を振り返ればおかしくなるのも頷ける。
 アル中の人間が断酒をした時のような、激しい禁断症状に襲われているようなものだ。
「なにもない……、なにもないアタシは。空っぽだ……」
 僕の想像に過ぎないが、自分は見た目だけにしか価値のない人間なんだ、と哀しみはじめたんじゃないかと思う。
 色白の肌と、小細工不要の大きく澄んだ目が味方して、ナキネは幼稚園の頃からモテ過ぎていた。
 ざっくばらんな性格で、人を嫌うことを知らず、たとえどんなブ男を前にしても笑顔を絶やさない。
 それゆえに、小学校高学年以降は、一日たりとも恋人のいない日がなかった。
「おかあさん? 彼氏連れてきたから、扉開けるのナシねっ」
 手を繋ぎながら、母さんに釘を刺している光景を何度も見させられた。
 すらっとした長身のメガネ男子が好みなのか? と思った三週間後には、小さなマッチョを連れてきたりして、驚かされたものだ。
 いつもナキネは彼氏とぎゅっと手を繋いでいるんだけれど、僕からすれば新しい食材の入った買い物袋を持っているように見えて仕方なかった。
 だって、どこからどう見ても、恋を深めていると言うよりも、心がお腹いっぱいになる食事をしているようにしか見えないのだから。
 満腹になったら、飽きが到来したら、好奇心に踊らされたら、本能のまま別の商品に手をつけてしまうような。
 こうしてじっくり考えて見ると、ナキネは今までずっと、利害関係の域から脱せない恋しかした事がないのではないかと思う。
 お互いに必要な部分だけもぎ取って、「十分収穫できたわ。ありがとう」と薄っぺらいお礼を口にして別れる。
 自転車操業に苦しむ借金漬けの人みたいに、溜まって行く寂しさを解消する為、粗雑な恋愛を繰り広げていたんじゃないだろうか。
 来る者拒まず、来ない者には追い込みをかけるような狂気の一面もあったナキネ。
 女の子と手を繋いだ事も、見つめ合ったこともなかった時代の僕は、
「うらやましいなぁぁ! チート行為の如く卑怯なまでに誰とでも付き合えたら、もう何一つ人生に不満なんてなくなるじゃん」
 顔を真っ赤にしながら、嫉妬の言葉を心の中で反芻したものだ。
 けれど、そう思っているのは僕だけで、肝心のナキネの本心はどうなのか?
 いつまで経っても解消しないモヤモヤが胸の奥底に君臨していたのかもしれない。
 人が羨む美貌を持っている、それは同時に自分の外側だけを奪って行く男が大量に出現するリスクを背負う事でもある。
「本当のアタシを愛してくれる人はいないの?」
 憶測に過ぎないが、ナキネは自暴自棄に陥って夜の街を彷徨い歩いていたんじゃないだろうか。
「またダメ……、ダメ、この男も……、あの男も……、まただ、まただ、またダメ……、外見しか愛されない……」
 やけっぱちを起こして、次々と男と付き合っては捨てて、また新たな男を得る暮らしを続けていた。
 印刷してはシュレッダーで粉砕するような、使い捨て恋愛。
 もちろんここに書いたのは僕の予想に過ぎないから、大きく外れている可能性もある。
 だが、何不自由なかった実の姉が、一切のメッセージを残さずに消えてしまうなんて、耐えきれない悲しさに襲われたか、どこかに連れ去られたかぐらいしか考えられない。
 ここはアメリカでもないのだから、流れ弾に脳天を撃ち抜かれて、そのまま崖下に転落なんてのもありえないだろう。
 やはり、ナキネの個人的な問題による失踪の線が濃厚である。

忘れた頃に戻ってくると信じたい

 僕は名探偵でもなければ、千里眼の持ち主でもない。
 こうしてナキネについて考察してもどうしようもないだろう。
 それでも、楽しかった時期を思い出し続けていれば、事態は好転するんじゃないかって都合良く思うんだ。
 このブログに想いをぶちまけている内、涼しい顔で帰ってきてくれたらもっけの幸い。
 人生のほとんどをネガティブ思考で過ごしてきた僕だが、ナキネの為に軽いプラス思考を発揮してやろう。

あまりこんな事ぶっちゃけたくないのだが、姉とはいけない関係を結んでいた

 小学生時代、二人でたくさんバッタを捕まえた。何十匹もカゴに入れて育てていたんだけど、途中で餌やりが面倒になって放置していたらバッタがぱさぱさになっていた。
 僕は怖くなっておんおん泣いていたんだけど、そしたらナキネが、「割り箸!」と言うから、台所から持って来て手渡したら、虫かごに突っ込んで掻き回し始めた。
 すると、ぱさぱさのバッタ達は砂漠の砂のようになった。「空へ逃がしてあげよ」とナキネが笑って、窓からその砂になったバッタを放った。さらさらと風に流されて飛んで行く。宇宙の流星群のようで美しささえ感じた。
 ただただ小さな命を終えた生物の、最後の流れに圧倒されていると、「また捕まえに行くわよ。次はもう数日でももつといいんだけどねー」とナキネは割り箸を窓から投げ捨てながら言った。

 そんな頼れる姉に、僕は憧れを抱いてしまった。
 まだ男漁りを覚えていない小学校低学年の頃は、友達そっちのけで僕と遊んでくれたナキネ。
 流れ星が見つかるまで家に帰れないゲームや、隠れながら雪玉を知らない人に当て続けていつまでバレないかゲームに、朝から晩まで興じる毎日だった。
 叱られる事は何度もあったけれど、美少女のナキネが涙を流せば、大人は一発で退散した。ちょろかった。僕たちは無敵だったんだ。
 社会原則や法律なんて、一つも知らなかった激動の時代である。

 こんな日々が一生続いたなら、お父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃんに、大人になってから貰える給料の全部をあげちゃおう、と思っていたぐらい喜びに溢れていた。
 清楚で行動力の優れたナキネと、一緒に歳を取って行きたいなって、幼いながらも本気で思ったものだ。
 けれど、ナキネは中学に入るとヤンキー化してしまい、夢は一瞬で潰れてしまった。
 化粧を覚えてますます綺麗になったナキネ。
 一方、同年代の友達と遊ぶ方法が分からずにウジウジと過ごすハメになった気持ち悪い僕。
 来る日も来る日も、一人寂しく真夜中の天空に向かって慟哭していた。
 でも、ナキネは弟想いの優しい姉であった。
 悪い交遊の隙間時間を見つけては、お喋りに付き合ってくれたりした。
 父も母も仕事で出払っていて、いつも音のない家で泣いていた僕には、たまに二人きりになれるだけでも、全ての不満が消えるように有り難いものだった。
 それで僕は徐々に、今までとは違った気持ちでナキネを見るようになった。
 端的に言えば、一人の女の子として好きになってしまったのだ。
 背伸びをして化粧を覚えたばかりのナキネだが、下手な大人の女性よりも性的な魅力を兼ね備えていた。
 だから、姉弟でそんな事をしちゃダメって分かっていたのに、毎日あらぬ想像をしてしまった。
 そんな悪徳に塗れた僕に対しても、ナキネは優しい。
 以前のように頻繁に遊ぶ事はなくなったけれど、お姉さんとして何でも相談に乗ってくれるようになった。
「シャーペンの芯借りるねー」と言って、僕の部屋に入って来る度に、僕の頭を撫でてくれた。
 それが嬉しくて、お小遣いはナキネが借りてくれそうな文房具を買う為だけに使っていた。
 ナキネはいつも遊び歩いていたけれど、それでもたまにオフ日みたいなのがあって、そんな日は一日中遊んでくれた。
 ヤンキー仲間に影響を受けたのか、まだ中学生なのに露出の激しい服を着るようにもなった。
 であるから、実の姉に欲情するなんて気持ちが悪いと思いながらも、どこか興奮せずにはいられない自分がいたんだ。

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そして僕は、ある日とうとうやらかしてしまった

「お姉ちゃん……。靴下貸して欲しいんだけど……」と懇願したのだ。
「んん? なんで、洗ってくれるの」とナキネが不思議そうな顔で尋ねて来たから、「長い靴下って暖かいのかなと思ったんだよね」と返答した。
 すると、「履き慣れてないと邪魔に思うだけだよ」と言いつつも、ナキネはその場でニーソックスを素早く脱いで投げ渡してくれた。
 ナキネの熱が残っている内に、両方の靴下に手を突っ込んで四足歩行で歩いたりしたかったけれど、それは家族全員が寝静まった夜中に行おうと思った。
「履いてみなよ」と急かして来たけれど、「靴擦れが痛いから後で絆創膏貼ってからにする。ありがとね」と即興でこしらえた言い訳を返した。
 一世一代の頼み事をして汗だくの僕とは対照的に、ナキネは機械のようにつるんとした肌に笑い皺を作るだけだった。汗腺がないかのような、またはCGのように涼しげな姿であった。
 性的知識の乏しかった僕は、どれだけ興奮しても靴下をもらう程度だった。
 それでも、実の姉を前にして性的な高ぶりを感じていたのは確かだ。


 月日が流れ、ナキネは大学に通い始めた。
 ヤンキー仲間とは完全に決別したのか、打って変わっておしとやかな雰囲気になった。
 男遊びは止まらないようであったが、貪るように本を読んでいたし、多少なりとも良い方へ進んでいるのだと思えた。
 そんなナキネは、暇そうにしている孤独な僕を見つける度に、
「ねぇ。集合的無意識って言葉知ってる? みんなに共通の心が、誰も知らない場所にあるんだよ。そこでは、みんなの思い描いた考えが重なりあってるの」
 こんな風に聞きかじった心理学のネタを、好き勝手に料理しては僕に食べさせてくれた。
 靴下と比べれば味は落ちるけれど、文系の僕にはとても美味しかった。
「だからね、集合的無意識の中にはどんな秘密もぜんぶ眠っているんだ。だからね、アタシの靴下が何に使われたのかも分かっちゃうんだよ?」とナキネが言った時は、赤面してしまった。
 恥ずかしくて、顔を両手で覆って現実逃避していたら、
「どーして顔赤くするの? そんな超能力ある訳ないでしょ」と頭を撫でてくれた。
 僕が靴下で遊んだ記憶を、全部引き出されてしまったのではないかと不安でしょうがなかった。
 心の中で、「お姉ちゃんなんて消えてしまえば良いのに。もう存分に靴下は味わったし、もうお姉ちゃんなんていらないよ!」と何度も心の中で叫んでしまった。
 大好きだったからこそ、暴かれたくない。
 そう思ったから、どうせ悲劇が起きるなら、死んじゃえって思った。
 そして僕は、その日の内に姉に消えて貰う事にした。
 死んだら会えなくなるなんて、ほんの少しも思わなかった。
 だって、ナキネが教えてくれた集合的無意識の世界に、移動させてあげるだけなんだって思っていたから。
 そうすれば、その世界に行く方法さえ、これから必死に勉強すればまた会えるって思った。
 いつ父さんと母さんが帰ってくるか分からない、こんな落ちつかない家にいるぐらいなら、集合的無意識の世界で永久に続くお喋りを楽しみたいって思ったんだ。
 僕は、ドアノブに柔道紐をくくりつけて、七秒で息を引き取って貰おうと決めた。
 けれど、その日は実行出来なかった。
 目の前にいるナキネをもう少し見ていたかったから。
 もっと、新しい靴下に籠もった熱量を感じたかったから。
 そう考えてしまった僕は、何日経っても果たせなかった。
 そしてそれから来る日も来る日も、今日は首を吊って貰おうと考えて生きた。気づけば一ヶ月、気づけば半年、気づけば一年と時は過ぎて行った。

 そして――
 ある突然、姉が失踪した。現実から失踪した。
 僕は手出しなんて一切していないのに、姉が消えてなくなった。
 あの日のバッタのように、きっとナキネは流星群になって、集合的無意識の世界へと落ちて行ったんだと思った。
 後は会いに行くだけ、会いに行くだけ、会いに行くだけだ……。
 けれど、どこに行ってもナキネはいなかった。
 ここが集合的無意識だ、と客観的な答えはないが、何故か絶対的な確信を持てる場所に来たのに、ナキネが見当たらない。
 僕は悔やんだ。
 もう全てが、砂漠の砂のように無味乾燥なものと化してしまった。
 まるで長い長い夢を見ているようだ。
 僕は泣き崩れて意識を失った。
 気づけば布団の中にいて、「これは全て夢だったんだ。姉ちゃんは自殺なんかしちゃいないよ!」と叫びながら起きて、部屋を飛び出た。
 そしてナキネの部屋に向かった……、つもりが、そこにあったのは壁だけだった。
「姉ちゃんは? 母さん! 姉ちゃんの部屋埋め立てたの? ねえ!」と叫び散らした。
 そしたら、「これこれ」と背後から声が聞こえた。
 振り向くと、そこにいたのは薬を持ったばあちゃんだった。
「また幻覚を見たのかい? ちゃんとお薬飲んで、ゆっくり静養するんだよ。あんたにゃ、姉どころか、お父さんもお母さんもいないんじゃから。いくら願望を紙に書き殴ったっところで、現実は変わりはせん。ごめんねぇ。悲しい思いをさせてしまって」
 そう言って微笑んだばあちゃんは、数日後息を引き取った。
 正直な話、僕は動かなくなったばあちゃんを、何日も観察し続けた。
 喋らなくなっただけ、永遠の眠りに入ったように生きているだけ、と思い込んでいたからだ。
 それから幾日も経過すると、なんだか腐った芋のような匂いが部屋に充満するようになった。
 それで慌てて救急車を呼んで――
 みんないなくなった。みんな消え去った。僕だけを置き去りにして、みんなで失踪した。
 激しい精神疲労に襲われ、後頭部がぱかっと開いてしまいそうな、強烈な痛みを感じて転げ回った。
 僕は、ここはまだ夢の中なのだと確信したから、薬を大量に飲んで倒れるようにベッドで寝る事にした。
 長い長い夢の世界から抜け出さなきゃと思ったんだ。
 失踪した姉を探そう。
 僕は集合的無意識の世界へと旅立つ事にした。

 

 

お姉ちゃんが来た 1 (バンブーコミックス)

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