「ごめん。急な用事ができちゃって」 6時ぴったりに充は彩に電話した。 「あっ、いいよ。昼に電話するって言ってたのに、すっぽかされたのかと思って・・・」 「なわけないじゃん」 「ほんとに?」 彩の受け答えはしおらしい。 「それより岸本ん家ってどこ?」 「えっと、センター南だけど」 「だったらチャリで行くよ。直線だと近いから」 「そうなんだ」 「あとでショートメールで住所教えてよ。そのまま地図アプリで表示できるから」 「わかった」 「でさ、岸本って、いまどこいるの?」 「どこって?」 「自分の家?」 「そうだよ。部屋にいるけど」 「じゃあ、ひとりなんだ」 「うん。吉川君の電話待ってた」 「本当の気持ちを教えてくれよ」 「・・・」 充は電話でも後催眠が有効なのか試してみた。彩からの応答はない。 「私は誰ですか?」 「心の・・・声・・・です」 「そうです。わたしはあなたの心の声です」 かかった。充の心が躍る。 水樹とのことを思い出して、彩への暗示をもっと深いものにしておきたかった。同化を促すために一人称を「僕」から「わたし」に変えてみる。 「いま、どんな服を着ていますか」 「いつものスエットです」 「色は?」 「グレー」 「地味な色が好きなんですね?」 「そういうわけではありませんが、家の中でしか着ないので」 「そうですか。では昨日のことについて聞かせてください」 「はい」 「昨日はパンツを履かずに予備校へ行きましたね?」 「はい」 「どんな感じでしたか?」 「誰かにわかってしまったらと思うととても恥ずかしかったです」 「たとえば?」 「よ・・・吉川君とか・・・やっ・・・」 「どうしましたか?」 「考えたら・・・」 「エッチなことを想像してしまったんですね」 充は、誰かに見られることを心配していた自分がおかしくなった。 「はい・・・」 「エッチなことを考えるのは人間として自然なことです。あなたは毎日、吉川君のことを思い出してひとりエッチしているでしょう?」 「はい・・・自分が自分じゃなくなったみたいで・・・心配なんです」 「大丈夫です。動物に発情期があるのと同じで自然なことだから心配はいりません」 「よかった・・・」 「目を閉じてください」 「はい」 「そこにあるのは暗闇ではなく、あなた自身の心にあるお花畑です。目を閉じることによって見えるものもあります。どうですか。きれいでしょう?」 「はい・・・」 彩の口調が変わる。 「お花畑を見ると心が落ち着きます。それは、あなたの原風景だからです。いま見えるのはお花畑だけ、聞こえるのはわたしの声だけです。とても、あなたはリラックスして気持ちがいい・・・」 「・・・」 返事はない。充は彩のうっとりした顔を思い浮かべた。 「わたしは、あなたの心の声ですから、これから、あなたのことをアヤと呼びます。聞こえたら返事をしてください」 「はい」 「そして、アヤは私のことを導師と呼びます。導く師と書く導師です。わかったら呼んでみてください」 「導師・・・さん・・・」 「導師さんはちょっとおかしいですね。導師様にしましょう」 なんだか、さん付けだとお坊さんのように感じてしまい、充は様を付けるように言い直す。なぜだか亀仙人を思い出してしまい苦笑いしてしまう。 「はい。導師様」 「そうです。私はあなたの導き手でもあるのです。明日、吉川君が来たら心を込めて迎えましょう。わかりましたね?」 「はい」 「それでは、私がみっつ数えると、あなたは心の底から吉川君と電話をしていた現実に戻ります。吉川君と話をしていると、パンツを履いていないときスカートの中を覗かれることを想像して、とてもエッチな気分になってしまいます。そして、電話を切ると我慢ができずにひとりエッチをして何度もイッてしまいます。そうだ、明日はスカートを履いて、その下はパンツを履かずに吉川君を迎えることにしましょう。いいですね?」 「はい」 「では・・・ひとつ、ふたつ、みっつ」 「・・・」 「でさ、何時ころ行けばいい?」 「えっ?」 「時間だよ」 「あっ・・・ええと、明日は一日空いているから何時でもいいよ」 しばらく間があって返事が聞こえてきた。急に現実に戻って、充に話しかけられて戸惑っているみたいだった。 「じゃあ、昼メシ食ってから出かけるよ。行く前に電話するんでいい?」 「あ、でも、だいたいの時間がわかるとうれしいな」 「そうだなぁ。チャリだったら15分もかからないから1時にしようか?」 「そんなに近いんだ」 「駅から近いの?」 「うん。歩いて5分くらい」 「だったら近いよ。ってか、岸本、俺ん家知らないもんね」 充は笑って言う。 「そうだね。考えてみたら・・・」 なんとなく声の調子が違う。 岸本彩が自分の暗示によって欲情している。そう考えただけで愉快だった。 「けっこうさ。家が近いってだけで親近感湧くよなぁ」 「それって・・・どういう・・・」 「だってさ、こうやって携帯で話してても、近くにいるって思っただけで気分が違うじゃん」 充はわざと思わせぶりなことを言う。 「やだ。顔、熱くなっちゃう・・・」 「なんで?」 「だって・・・」 「いつも会ってるじゃん」 「あ・・・」 「岸本って電話で話してるとおもしろいな。やっぱ、学校だとクラス委員だからネコかぶってるとか」 彩が困惑しているのがおかしくて、充はからかうように言う。 「もう。ヘンなこと言わないでよ」 「だって、学校で話すより楽しいぜ。岸本、俺と話すのイヤ?」 「ううん・・・でも、もらった電話で話すの・・・悪いし・・・電話代だって」 「あ、大丈夫。コール前の発信音で同じキャリアだってわかったから9時までタダだし。心配しないで」 「そうなんだ・・・」 心なしか彩の息づかいが荒い。 「なんか、用事あるとか?」 「そうじゃないけど・・・」 「わかった。トイレ行きたいんだろ?」 「ばかぁ・・・」 信じられないほど色っぽい声で彩が答える。 「覗きになんか行かないから安心しろよ」 「もうっ・・・どうして・・・いつも、そんなにふざけるの・・・?」 普段だったら火が出るような勢いで怒るようなキワドイ話なのに、彩はまるで人が違ったような答えを返す。 「ごめん。そういうヤツなんだ。許せ。じゃあ、明日、電話するから。楽しみにしてるぜ」 充は一方的に電話を切ってしまった。 あの様子だと、もう自分で弄りはじめていたのかもしれないと充は思う。「覗きになんか行かないから」と言った後の間に喘ぎにも似た声が聞こえたような気がしたからだ。もし予想が当たっているならば、いまごろは一心不乱にオナニーに耽っているはずだ。そう考えると笑いが止まらなかった。 コンコン 「充、入っていい?」 そのときドアがノックされ、姉の静香の声がした。 「いいけど」 「あんた、シナリオが思い通りにいかないで悩んでるんだって?」 「えっ?」 静香は3才年上で充と同じ高校に通っていた。演劇部の先輩にもあたり、充が演劇部に入ったのも姉の影響が大きい。現在は大学に通いながら大手の芸能プロダクションに所属する女優のタマゴで、モデルなどもやっている美形だ。 「母さんに聞いたのよ」 「そっか・・・ちょっとね。リアリティを追求しちゃうとヤバイことになっちゃうし、あんまり芝居っぽいのも陳腐になっちゃうから悩んでたんだ」 「ヤバイことって?」 「あっ・・・催眠療法がテーマなんだけど、セリフを本物に近づけると、ほんとにかかっちゃうみたいなんだ」 「ウソぉ・・・私たちも本番のときとか自己暗示っぽいことやるけど、芝居で催眠なんかかかるわけないよ」 「ほんとだよ。今日だってセリフまわしのリズムとか確かめてたらかかっちゃったんだ」 かかったどころではない。催眠のおかげで童貞にオサラバできたし、明日は彩を抱くつもりでいる。 「まさか・・・」 「アネキだって自己暗示とかやるんだろ?」 「うん。でもうまくいった試しないんだ」 静香は芝居のことになると熱心で、後輩でもある充が脚本を担当していることをよろこんでいる。 充はちょっといたずら心を起こした。 「自己暗示なら、かなり確実にかかる方法があるよ」 「ほんと?」 「これでも催眠についてはずいぶん研究したんだ。見てよ、この本」 充は図書館から借りてきた本の山を指さす。 「へぇ・・・すごいね」 「いつも、どんなふうにやってんの? 自己暗示」 「どんなふうって・・・普通に目を閉じて、言葉を唱えるけど・・・」 「たとえば?」 「うん。こないだのはアウトドアメーカーの仕事で森ガールの衣装着てたから、メイクルームで『私は森ガールだ』って心の中で何度も・・・」 「ダメだよ。そんなの」 「そうなの?」 「うん。もっと具体的なイメージじゃないと。それだけじゃ集中できないし」 「けっこう集中してるつもりなんだけど」 「たとえばさ。去年の夏に奥多摩のキャンプに行ったじゃない。そのときの情景から思い出して、その衣装を着た自分がそこにいることをイメージするんだ」 「ふ〜ん。かなり本格的ね」 「まず、そのイメージの世界に飛び込むために雑念を取り払わなくっちゃ」 「それが難しいのよねぇ・・・」 「暗示がかかる下地がないっていうか、信じてない。そうでしょ?」 「うん。言われてみたら、そうかも・・・」 静香はかなりしょんぼりした顔で言う。 「俺が、その下地作ってやろうか?」 「どうやって?」 「なんていうのかなぁ・・・イメージの世界に入り込む入り口みたいなもの、それを心の中に作るんだ」 「なんかアブナイ感じ・・・」 「無理にとは言わないよ。疑っている人にはかからないからね」 充はそう言って椅子を回転させて机の方を向いた。 「あのさ・・・」 かなり間を置いて静香が口を開いた。 「なに?」 充はわざと素っ気なく答える。 「ヘンなこと・・・しない・・・?」 「なんだよ、ヘンなことって?」 「んんんと・・・身体触ったり・・・」 「バカじゃね? 俺たち姉弟なんだぜ。アネキが聞いてきたから話しただけで、俺、どっちでもいいし」 「あのさ・・・」 「だから、なに?」 「明日・・・オーディションなんだよね・・・なんとかっていう新鋭監督のショートムービーなんだけど、すごくいい役で、やりたいんだ・・・」 「ふ〜ん・・・で、自信ないんだ・・・」 「てか、私、オーディションって超緊張しちゃって、思うようにできないときが多いんだ」 「どんな役?」 「ええと・・・ある少女がかわいがっていた人形がいて・・・ある日、その人形が意思を持つようになるんだ」 「その人形役?」 「うん」 「オーディション用の台本ある?」 「うん」 「じゃ、持って来てよ。アネキのために協力するからさ」 「わかった」 静香は自分の部屋に戻って、1分ほどでふたたび充の前にいた。 「ふ〜ん・・・難しそうだね」 表紙に赤い字で「極秘」と書かれたオーディション用の資料に目を通した充が言う。 それは幻想的なストーリーで、意思を持った人形がラストで少女の身代わりになって死んでしまうという、見方によっては重い話だった。 「で、ここのセリフをオーディションでやるんだ?」 「うん」 それは意思を持った人形が少女への想いを語るシーンだった。 「アネキは、なにをイメージしながらセリフをしゃべるの?」 「う〜ん・・・やっぱ、お母さんかなぁ・・・?」 「ちょっと、やってみて。人前でやるのと、ひとりでやるのとじゃ違うから」 「わかった」 静香は人が変わったように完全に覚えたセリフをしゃべりだす。さすがに練習を重ねたらしく、かなり感情が入ったいい芝居だった。 「いいじゃん。かなりいいよ」 「そうかな?」 「うん、びっくりした。やっぱ高校の演劇部とじゃレベルが違うね」 「でも、私の相手はプロなんだよ。だから、もっと・・・なにか、もうひとつインパクトが欲しいんだよね」 「たぶん、その心配がプレッシャーになっちゃうんだね」 「うん・・・そうかも・・・」 「じゃあ、雑念を取り払う自己暗示をかければいいじゃん」 「それができれば苦労しないよ」 「うん。いいからさ、もう一度やってみて。その方が緊張取れるし」 「うん。わかった」 静香は、よほどその役がやりたいらしく真剣だ。また、よく通る声でセリフをしゃべりだす。 「あんたたち、なにやってんの?」 ドアの外からノックの音とともに母親の声がした。 「あ、うるさかった? ごめん。アネキが明日オーディションだって言うから、練習に付き合っていたんだ」 充がドアを開けて答える。 「そうだったの。充の部屋から声が聞こえるから、なんだと思っちゃった」 「母さん、アネキの声だと思わなかったんでしょ? けっこう役に入ってて凄いよね」 「そうね・・・でも、あんまり遅くまでやってちゃ駄目よ。表に聞こえたら、なんだって思われちゃうし、お母さんたちも、明日、法事で朝早くから出かけるから早く休みたいの」 「わかったよ。早く終わらせるから、もう邪魔しないで」 「はい、はい」 そう言って階下へ降りていく母親を確認して充はドアを閉めた。 充が静香のことを褒めるのは、それも術の内だと思っているからだ。まずは被験者に安心感と好意を持たせなければならない。静香にエッチなことをしようとは思わなかったが、じりじりと罠に追い込んでいくような感覚に充はゾクゾクしていた。 「じゃ、アネキがいつでも緊張を取り払う入り口を作ろう。そうすればオーディションだって、きっとうまくいくよ」 充は静香に笑顔を向ける。 「ほんとに?」 「もちろん。俺的にはいい線いってたと思うし・・・まずはベッドに座って」 「うん」 静香は素直に指示に従う。 この時点で、静香が軽い暗示にかかっていると、充は、彩や水樹を術にかけた経験から思った。いつもは弟の言うことに難癖をつけないと気がすまない性格なのだ。ある意味、ラポールが成立したのではないかと、充は本に書いてあったことを思い出していた。 「まずは集中するために凝視法っていうのをやるからね。これ、かなり効くんだ。このペン先を見つめてみて」 充は静香の目の前50センチほどのところにキャップを取った例の万年筆を差し出す。 「ペン先を見つめていると、ほかのところがぼやけてくるよね?」 「うん」 「それが集中の第一歩なんだ。この感覚を忘れないで」 「うん」 静香の顔がますます真剣になっていく。 「もっと・・・強く・・・見つめて・・・」 「・・・」 燃えるような静香の視線。もう返事もできないほど集中している。 静香の息が荒くなっていく。 そのタイミングで充はiPhoneを操作して水滴の音を出す。 「アネキ・・・疲れたら目を閉じていいよ・・・そうすると身体が軽く感じられるから・・・」 水滴のリズムに合わせて、ささやくような声で言うと、静香はゆっくりと目を閉じた。 「どうだい? 身体がふんわりして軽くなったでしょ?」 「ほんと・・・だ・・・」 目を閉じたまま静香の顔がほころぶ。 「だろ? さて・・・目を閉じたまま・・・こんどは、水音に集中して・・・青い水面に一滴一滴、水滴が落ちていくところをイメージしよう・・・いいね?」 「はい・・・」 静香の口調は素直を通り越している感じだ。 充は自制しつつ言葉を続ける。 「水滴の音とシンクロして身体が左右に揺れていきます。そう・・・そうすると、すごくリラックスしていい気持ちです」 静香は指示どおり身体を揺らしている。 「とても、気持ちがいい。もう、気持ちよすぎて、あなたは、だんだん深い眠りに落ちていきます・・・そうです・・・あなたは夢の中へ落ちていきます・・・」 静香は上半身を揺らしたまま返事をしない。 しばらく、そのままにしていると、静香の頭が円を描くような揺れになっていった。 「はい、あなたは夢の底にたどり着きました。身体の揺れが止まります。ここは、あなた以外に誰も知らない世界です。ですから、誰の目も気にすることなく、あなたはリラックスしています。とても気持ちがいい・・・ほぉら・・・水面の波紋のように、あなたの意識は夢の世界に広がっていきます」 惚けたような静香の顔を見ながら充はトランスを深めていく。 「あなたは、とても静かなきもちです。そして、あなたが望めば、いつでもこの静かな世界に入ることができます。なぜなら、ここは、あなた自身の心の底だからです。わかったら、ここは心の底だと言ってみてください」 充は一句一句を区切って、ゆっくりと言う。 「ここは・・・私の・・・心の底・・・」 夢見るような表情で静香が答える。 「そうです。ここは、あなただけの、誰も覗くことができない心の底です。ですから、なんの心配もありません。あなたは自分自身に正直になりましょう。そうすることで、リラックスした気分がどんどん身体に浸透して、とても気持ちがよくなっていきます」 「はい・・・」 「あなたは心の中で唱えます。『充のおかげ』だと。言ってみなさい」 「みつるの・・・おかげ・・・」 「そうです。そうすると、あなたは集中しながら、いまのようにリラックスした精神状態になります。どんなに緊張しても『充のおかげ』と心の中で唱えると、リラックスして、本来のあなたに戻ることができます。わかりましたね?」 「はい・・・」 「これは、あなただけにしか通用しない緊張を解くためのキーワードです。もう、あなたは、どんなときにでも雑念を取り払うことができるようになりました。よかったですね」 「はい」 静香はうれしそうに答える。 「そうして、もうひとつ大切な言葉があります。わたしが『本当の気持ちを教えてくれよ』と言うと、現実から離れて、この静かな心の底にたどり着きます。復唱してください」 「あなたに『本当の気持ちを教えてくれ』と言われると、私は心の底にたどり着きます」 「そうです。なぜなら、わたしは、あなたの心の声だからです。あなたの弟の姿を借りた心の声なんです。言ってみなさい。わたしは誰ですか?」 「心の・・・声・・・」 「そうです。忘れてはいけませんよ。わたしは、あなたの心の声です。それでは、オーディションのセリフをもう一度やってみましょう。わたしが『はい、はじめて』と言ったらば、あなたは人形になって少女へ気持ちを伝えます。いいですね?」 「はい・・・」 「それでは・・・はい、はじめて」 「私はずっと願っていた。あなたが私にくれた愛を何倍にして返したいと。でも、それは叶わなかった。私が無機質の人形だから・・・」 さっきのような勢いで静香はセリフをしゃべりはじめた。 「この身が焼かれようと、私はあなたに尽くす・・・」 クライマックスで静香は涙さえ流した。 「すごい。すばらしい。でも・・・あなたは不満だと言ってましたね?」 「はい」 「それは、なぜですか?」 「もっと・・・訴えるような強いインパクトが欲しいんです・・・」 「あなたは母親をイメージしていると言ってましたね?」 「はい・・・」 「それは、立場が逆じゃないですか?」 「えっ・・・?」 静香が戸惑う。 「もし天地異変があって、どちらかひとりしか生き延びられないのであれば、犠牲になろうとするのは母親です。そうじゃないですか?」 「・・・」 静香は答えられない。 「それでは視点を変えましょう。あなたに好きな男性はいますか?」 「はい・・・」 「それは誰ですか?」 「藤本先輩・・・でも・・・」 「でも?」 「絵理の彼氏だから・・・」 「片思いなんですね? 告白ったらいいのに」 「そんなこと・・・できない・・・」 「絵理さんに悪いから?」 「はい」 絵理は静香の中学生時代からの親友で充も良く知っている。活発な静香とは対照的にお嬢様タイプのおとなしい娘で充の憧れの存在だったこともある。 「藤本先輩がピンチに陥ったら、あなたは身を投げ出して助けることができますか?」 「・・・」 静香は答えられない。 「まだ本気で人を好きになったことがない・・・そうなんじゃないですか?」 「わ・・・わかりません・・・」 「なるほど。それでは小さいときのことを思い出してみましょう。弟の充君が幼稚園のころ川に落ちたことがありました。覚えていますね?」 「はい」 「あなたは助けようとして川に飛び込んだ。そのとき自分が溺れることを考えましたか?」 「いいえ・・・」 「そのときの気持ちを思い出しましょう。あなたも必死でした。人形も同じです。主人公の少女を助けるために自分の命のことなど考えられません。小学校のあなたに戻って、もういちどセリフをしゃべってみてください」 「私はずっと願っていた。あなたが私にくれた愛を何倍にして返したいと。でも、それは叶わなかった。私が無機質の人形だから・・・」 静香はなにかに取り憑かれたような迫力でセリフを口にする。それは充がびっくりするほど真に迫った演技だった。 「すばらしい! 完璧です。あなたは役に入り、あなた自身のものにできました。もう大丈夫です。自信を持って・・・緊張したら『充のおかげ』と心の中で唱えれば落ち着くことができるようになります。わかりましたね?」 「はい」 静香は心底うれしそうな笑顔で答えた。 「それでは、私がみっつ数えると、この心の底で交わされた会話のことは忘れて、あなたは目を覚まします。しかし、『充のおかげ』と『本当の気持ちを教えてくれよ』という言葉は意識の中に残ります。もちろん、すばらしい演技もあなたのものになりました。わかりましたね?」 「はい」 「それでは・・・ひとつ・・・ふたつ・・・みっつ」 充が数を数えると静香が目を開けて、不思議そうな表情で充のことを見た。 「どうだい? 入り口が見つかった感じでしょ?」 「あっ・・・う・・・うん・・・」 静香は何が起こったか理解できない様子で充の部屋を見まわす。 「ね、ねぇ・・・あんた、ほんとに催眠術とかできるの? なんか、すごいヘンな感じ。時間がすっぽり抜けちゃったみたい・・・」 「そんな大したもんじゃないけど・・・アネキが自己暗示に入るキッカケみたいなもんを探しただけだよ」 「だって・・・」 静香は疑わしそうに手のひらで自分の身体を確かめる。 「なんだよ、それ?」 「だって・・・覚えてないんだもん・・・」 静香の不安そうな顔を見て、このままだと、ずっと疑われそうだと充は思った。 「アネキにヘンなことするわけないじゃん」 「だって・・・」 「俺たち姉弟だぜ。そんなこと考える方がヘンだよ。そう思わない? アネキの・・・本当の気持ちを教えてくれよ」 充は最後の言葉をわざと区切って言った。時間の感覚を修正する必要がある。そう思ったからだ。 静香の目が虚ろになる。 「ここはどこですか?」 「心の・・・底・・・」 「そうです。ここは心の底。そして、わたしは心の声です。あなたの弟の姿や声に似ているのは、あなたにもっとも身近な存在だからです。彼氏や親友の姿ではないのは絆が深いからです。彼氏であろうと親友であろうと別れてしまえばお終いですが姉弟の縁は切ることができない。そういう理由です。わかりますね?」 「はい・・・」 「それなのに、あなたは弟を疑っていました」 「だって・・・」 「なんですか?」 「覚えてないのが怖かったんです・・・」 「そんなことありません。充君は熱心にあなたの演技を見て、聞いて、アドバイスしていましたよ。そんな弟を、あなたは疑うんですか?」 「あ・・・いえ・・・」 「充君は何度もあなたのセリフを聞いて、いろいろと話し合ったじゃないですか。たとえば、高校生のレベルのこととかいろいろ・・・充君は、あなたの演技を褒めて、語尾をもっとはっきり断定的にした方がいいとか、決意を滲ませるには淡々とアクセントを強調しない方が強く感じるとか言っていましたよね?」 充はトランスに陥ったときの静香の演技を思い出しながら言う。 「そう・・・でした・・・」 充は時間のほころびを繕おうとする。いままでは彩や水樹に記憶をなくする暗示をかけてきたが、こちらの方が神経を使う。と同時に、自分の創作、ありもしない記憶を埋め込むおもしろさにも気づいた。 「もしかして、あなたは充君にヘンなことをされたいと望んでいたのではないですか?」 「い・・・いえ・・・」 そのときまで静香に欲望を感じていなかった充だが、自分の創作を暗示として埋め込めるのではないかと考えたとき猛烈に興奮した。 「あなたは、何かにつけて充君の視線を気にしていましたね?」 「はい」 充だって人の子だ。年頃の女が家の中を無防備な姿でうろついていれば、当然目が行ってしまう。そんな充に気がつくと、静香は顔をしかめていた。 「心とは裏腹なものです。姉弟だから、家の中だから油断したのではなく、あなたには他人に見られたいという願望があるのです。だから演技の道に進みました。そして、あなたには充君にちょっとエッチな姿を見せたいという願望があるのです。ただ、モラルが邪魔をしているだけで、それはヒトとして自然な感情で珍しいことではありません。そうですね?」 「はい・・・」 「ここは心の底です。誰にも知られず、誰にもわからずに自分を解放できる場所です。あなたは充君にエッチな姿を見せて、充君が戸惑ったり興奮したりすることに快感を覚えます。そして、あなたの前にいるのは充君によく似たあなたの心の声です。ちょっと練習をしてみましょう。服を脱いで、下着姿を充君に見せつけてあげるんです。さあ、脱いで」 「はい・・・」 静香は躊躇いなく部屋着にしているブラトップのチェニックと七分丈のクロップドパンツを脱いだ。 ゴクッ 下着姿と言ったものの、ブラジャーくらいは着ているだろうと思っていた充は、いきなり静香の生のバストを見てツバを飲み込んだ。 目を丸くしている充に向かって静香は腰に手をやってポーズをとった。さすがに芸能プロダクションで訓練を積んでいるだけあって、女性らしい曲線を強調する見事なポーズだ。ニット素材のピンクのショーツ、くびれたウエスト、なにより突き出したバストは彩や水樹に比べて成熟した女らしさを漂わせている。 「な、なんてエッチで素晴らしい身体なんでしょう・・・そうやって、充君に似たわたしにエッチな姿を見せていると、あなたも気持ちよくなっていきます」 充がそう言うと、静香はグラビアアイドルのようにベッドに手を付いてヒップを突き出すポーズに変えた。 「え・・・エロいですね・・・すごい・・・こうして褒められると、うれしくなって、もっともっと見せたくなります。そして、見られることで、あなたもエッチな気持ちになっていきます。もっと、お尻を突き出して」 つい、どもってしまいながら、充は暗示をかけ続ける。 「こう・・・ですか?」 静香は弓なりに背中を反らして脚を開いた。 そのクロッチの部分が大切なものの形のまま染みを作っているのを充は見逃さなかった。 「すこし濡れていますね。見られていると感じてしまうんですね?」 「ヘンな・・・気持ちに・・・なります・・・」 「ならば、ぜんぶ見せてしまいましょう。パンツを脱いで」 「・・・」 ここで静香が固まってしまった。 「さあ、はやく・・・」 「な、なんで・・・どして・・・」 充の声を聞いて、静香はベッドの上で胎児のように膝を抱えて身体を隠した。 「なにこれ・・・」 震える声を聞いてトランスから覚めてしまったことを充は悟った。 「ア、アネキ・・・」 「い、いやっ! だめ・・・」 思わず近づくと泣くような声で静香は身を固くした。 「本当の気持ちを教えてくれよ」 ダメ元で充が叫ぶと静香の身体から力が抜ける。 キーワードが有効だったことに充は安堵した。 「わたしは誰ですか?」 「こ・・・心の声・・・」 「そうです。わたしは、あなたの心の声です。あなたは罪深い白昼夢を見てしまいました。あなたは、自分自身の欲望に戸惑って目を覚ましました。でも、心の中でタブーはありません。安心しなさい。心の中で何を考えようと自由なのです。むしろ、心の底で欲望を開放することは現実とのバランスをとる意味でいいことなのです。ここで気持ちよくなることで、普段のあなたもストレスがなくなっていい状態になっていきます。わかったら、心の底では欲望に身を任せると言ってください」 「心の底では・・・欲望に身を任せます・・・」 「そうです。ここは現実のルールなど無用な世界です。あなたは、わたしにエッチな身体を見せて興奮した。そんな自分に不安を感じてしまったのですね?」 「そう・・・です・・・」 「わたしは、あなたの心の声です。安心してください。充君と区別を付けるため、これからは、あなたのことをシズカと呼びます。これなら安心ですね?」 「はい」 「それではシズカ、よく聞きなさい。シズカがわたしにエッチな姿を見せたのは願望であって現実ではありません。ちょっとした白昼夢なので気にしないように。わかりましたね?」 「はい」 「それでは服を着ましょう」 「はい」 充は、これ以上続ける気力が起きなかった。静香の裸やエッチな姿を見たいと思ったのは好奇心からで、本気で抱く気にはなっていなかった。それに、精神的にも疲れていた。 「わたしが、みっつ数えると、あなたは現実の世界に戻ります。そこでは、ずっと充君と演技の話をしていました。充君は自己暗示の方法を教えて、あなたに自信を与えてくれました。だから、感謝の気持ちから、ちょっとエッチな妄想をしてしまったのです。あなたは部屋に帰って、その妄想を思い出します。そして、また充君に見られているところを想像して、自分を慰めてしまいます。途中でドアが開いて充君が入ってきても、それはあなたの妄想で現実ではありません。ですから、思いきり見せつけてあげましょう。見られれば、見られるほど、あなたは感じてしまいます。エッチなことを言ったり言われたりしても興奮します。そして、激しくイってしまったまま眠りにつきます。わかりましたね?」 静香が身なりを整えたタイミングで充は暗示をかける。疲れていても、このままでは残念だったので、静香のオナニーを鑑賞してやろうと思った。それが成功すれば、テクニックに磨きがかかったという証拠にもなる。もしダメなら、もう一度キーワードを唱えて記憶を操作すればいいのだ。 「はい・・・」 「それでは・・・ひとつ、ふたつ、みっつ」 「・・・」 「で、どう? アネキ。ちょっとは自信ついた?」 「あっ・・・うん・・・」 「でも、やっぱ、アネキすごいよなぁ。何度も聞いたはずなのに、最後の演技なんて、俺、感動しちゃったもん」 戸惑う余地を与えないように充はたたみかける。 「うん・・・ありがと・・・」 静香にしても暗示と、記憶にははっきり残っていなくともトランス時にしゃべったセリフが深層心理に刻み込まれているので、今回は時間のほころびなど感じていないようだ。 「明日のオーディション、がんばってよ。本気で応援してるから」 「ありがと・・・なんか、自信ついたみたい。充のおかげだね」 「いや、俺も勉強になったよ。いい台本書けそう」 充の笑顔を静香は眩しそうに眺めた。 「あっ・・・もう、こんな時間・・・」 机の上にある時計を見て静香が言う。その口調には、なんとなくわざとらしさが感じられる。 「まだ12時前だぜ」 「明日のオーディション、早いの。寝不足だと・・・肌の調子が悪いところとか見せられないから・・・」 「そっか・・・じゃあ、おやすみ。がんばってね」 充にはわかった。静香の目が潤んでいるのだ。それは彩が見せた表情とそっくりだった。一刻も早く自分の部屋に戻ってオナニーがしたいのだ。 「ほんと、ありがとね」 そう言って静香は充の部屋から出て行った。 3分ほど待って充は廊下に出る。 充の住まいはニュータウンの建て売りで2階の二部屋が充と静香にあてがわれている。 階下の電気は消えてひっそりとしている。 充は向かいのドアに耳を当てる。 かすかだが静香の荒い息づかいが聞こえる。 充は、そっとドアを開けた。 ベッドの上で全裸になって自分を慰めている静香が豆球に浮かび上がっていた。 「みつる・・・来てくれたのね・・・」 ドアから漏れる光に気づいた静香が言った。 「うん・・・」 「見て・・・」 静香が脚を開く。 驚いたことに静香の股間は無毛だった。 「アネキ・・・毛が・・・」 「これ・・・水着の撮影があったから脱毛しちゃったの・・・おかしい?」 「いや・・・いい感じ・・・すごくエロいよ・・・もっと見せて・・・」 「こう?」 これは妄想だと思い込んでいる静香はさらに脚を開いた。 「すごい・・・電気つけてもいい?」 「そんなに見たいの?」 「うん。見たい・・・」 「悪い子ね・・・」 妖しい微笑みを浮かべた静香はベッドサイドにあるスタンドのスイッチを入れる。 無毛の秘所はグッショリと濡れていた。 「すげぇ・・・きれいだよ・・・アネキ・・・」 充は夢中になってマットレスの縁に手をかけて覗き込む。無毛の秘所が姉弟という意識のハードルを破壊してしまった感じだった。 「見て・・・ね・・・」 静香は股間に手を伸ばして中指と薬指で秘貝の合わせ目を挟んで円を描くように動かしはじめる。 「ああっ! すごい・・・どうして・・・」 途端に息を荒げて静香は喘いだ。 逆光気味のスタンドの光が、うっすらと脂肪が乗った腹部のうねりを艶めかしく見せる。 「あっ・・・こんなに・・・充に見られてると・・・ああんっ!」 クチュクチュと濡れた秘貝が音を立て、静香は身を震わせている。 「お、俺も・・・アネキと一緒に・・・いい?」 「なに・・・?」 「我慢ができないんだ・・・アネキのひとりエッチ見てたら・・・アネキを見ながら自分でして・・・いい?」 「充も・・・興奮してるの?」 「うん・・・」 「私を見て・・・そんなに・・・」 静香は立ち上がった充の股間に目をやった。スエットパンツの上からでも勃起していることがありありとわかる。 「やだ・・・私まで・・・ああんっ・・・」 静香は右手で秘貝を弄びながら、左手で、その形のいいバストを持ち上げるようにして揉んだ。 「だめだ・・・アネキ・・・俺・・・もう・・・」 充はスエットとトランクスを一緒に下ろす。 「すごい・・・そんなになって・・・我慢ができないんだよね?」 「うん」 充は屹立を握りしめる。 「充・・・お姉ちゃんが助けてあげる・・・から・・・」 「えっ?」 「助けてあげる」という言葉から、充はトランスを深化させていくとき、川で自分が溺れたときのことを静香に思い出させたことが影響しているのではないかと思った。 「姉弟だからエッチはできないけど・・・これなら・・・」 静香はベッドから降りて充の前に座った。 「そのかわり約束して」 「なにを?」 「あとで・・・私のオナニー・・・イクまで見てて・・・」 「もちろん・・・あっ! アネキ・・・」 充が答え終わらないうちに静香は屹立をくわえていた。 想像もしていなかった静香の行動に充は驚いた。静香の舌の動きは訓練を感じさせるもので、それも充の心に衝撃を与えていた。 愛おしそうに屹立を根本まで飲み込みながら上目遣いで充を見る静香。 「ア、 アネキ・・・そんなにしたら・・・もう出ちゃうよ・・・」 実の姉にくわえられているという背徳感がスパイスになって、あっという間に限界が訪れそうだった。 その言葉を聞いた静香の動きが激しくなる。唇は屹立をしごくように、舌先は亀頭を舐めまわしている。 「う・・・うわっ!」 あまりの刺激に充は何も考えられなくなり、静香の口の中へ思いきり精を放った。 二度、三度と尻の筋肉を収縮させると、そのたびに勢いよく精液が飛び出していく。あまりの快感に充は大きく息をついた。 そんな充の姿を満足そうに眺めながら、静香は「ゴクリ」と喉を鳴らして精を飲み込む。 「ア・・・アネキ・・・」 後始末をするように半ば力を失った屹立を静香はまだ舐めまわしている。 充は立っているのがやっとだ。 「どう? 気持ちよかった?」 唇をすぼめて、チュポッと音を立てて屹立から口を離した静香は妖しい笑みを浮かべながら充に聞く。 「うん・・・すごかった・・・最高に気持ちよかった・・・」 まだ荒い息が収まらない中で充は答える。 「よかった。じゃあ、こんどは私の番だよ。イクまで見ててね。充に見られると、すごく感じちゃうんだ」 そう言いながら静香はベッドに上がる。 そんな静香を充は見ているだけしかできない。それほど放出の快感は凄まじいものだった。 静香はふたたび左手でバストを揉みながら右手で秘貝を弄ぶ。 「ああっ! 見て! みつる・・・見て・・・」 「アネキ・・・見てるよ・・・すごくエロくて・・・きれいだ・・・」 それは充の本音だった。薄明かりの中で自らを慰めて悶える静香の姿はエロスの化身のように美しいと思った。 「うれしい・・・ああっ! すごい・・・こんなの・・・はじめて・・・あんっ! だめ・・・あぁぁっ!」 自分だけの世界に入った静香は身体を震わせながら激しく喘いでいる。 「充に・・・見られて・・・すごく感じるの。ああんっ! いく・・・いっちゃうよぅっ!」 ベッドをきしませながら静香は何度も身体をバウンドさせた。 「ああぁぁぁっ!」 最後に長く叫ぶと脛と足の甲を一直線にさせてビリビリと震え、次の瞬間にはグッタリと脱力してしまう。 やがて、静香は満足げな微笑みを浮かべて寝息を立てはじめた。 文字通り、毒気を抜かれた気分の充は、夏がけの羽毛布団を静香の身体にかけて自分の部屋に戻った。 明日の朝、目を覚ました静香は裸で寝ていた自分のことを何て思うのだろうか? オナニーをしていたことは覚えているに違いないが、暗示によって充の存在は想像、つまりオカズになっているはずだ。もし覚えていれば大変なことになってしまうという不安と、一度でいいから快感に震えるあの身体を自分の腕で抱いてみたいという倒錯した欲望を覚えながら、充は疲れ切った身体をベッドに横たえた。
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