Chem-Station (ケムステ)

|Sponsored Advert|

一般的な話題

「オプトジェネティクス」はいかにして開発されたか

「オプトジェネティクス」はいかにして開発されたか
1月 05
09:25 2015
LINEで送る
Pocket

オプトジェネティクス」はいかにして開発されたか前回の記事では、神経科学研究の進展に革命的な寄与を果たした技術「オプトジェネティクス」について簡単に紹介しました。

今回はこの革命的技術がいかにして開発されたか?というお話を紹介したいと思います。

 

異分野の交差点が新たな革命をもたらした

Karl Deisseroth

Karl Deisseroth

オプトジェネティクスはスタンフォード大学のカール・ダイセロス(Karl Deisseroth)教授によって開発されました。(1971年生まれの43歳。若い!!)

彼は精神科医でもあり、「どうにも手の着けようが無い精神病を何とかしたい」という問題意識を持っていました。しかし既知の治療法にしても、ほとんどが歴史の偶然によって見つかってきたものばかり。なぜそれが発症するのかすら、科学的にも調べようがなかったのです。

一方、微生物学の世界では、「オプシン」と呼ばれる遺伝子にコードされる感受性イオンチャネルが研究対象となっていました。微生物の環境応答挙動を理解したいというモチベーションがあってのことです。このような光感受性タンパクの存在は40年以上前から知られていましたが、神経科学とはあまりに無縁の存在でした。

しかしダイセロス教授は、これこそが生命機能解析に強力なツールになるだろうとの洞察のもと、哺乳類の神経細胞に光応答性チャネルを発現させ、光に正確に応答させられることを実証したのです。2005年のことでした。

遺伝子操作と光学的手法を組み合わせた生命機能解析法であることから、彼はこれを光遺伝学(Optogenetics)と名づけ、神経細胞に限らず一般活用可能な手法と位置づけました

それ以降、爆発的普及を見せていることは前回述べたとおりです。

 

オプトジェネティクスとそっくりなノーベル賞技術?

化学と生物学との交差点に身を置く方々であれば、以上の逸話はどこかで聞いたような話かもしれません。

実はこれ、皆さんご存じ緑色蛍光タンパク(GFPの開発物語と甚だそっくりなのです。

GFP

GFPの構造

GFPの開発経緯についても簡単におさらいしてみましょう(ケムステノーベル賞特集記事もご参照ください)。

そもそもGFPは、「オワンクラゲがなぜ光るのか」を研究していた下村脩教授によって発見されたものです。何の役に立つかなど考えることもなく、全くの興味本位で行われていた基礎研究でした。

しかしあるとき「生命現象の見える化にGFPが有効なのでは!?」と考え、GFPを生命研究の世界に持ち込んだ科学者がいました。それがMartin Chalfie教授です。彼はにGFPをコードする遺伝子を組み込み、想定通り生きたままの生物を染め上げることに成功したのです。

GFPで光る線虫

GFPで光る線虫

その後GFPを用いた生命研究は、爆発的な普及を見せます。さらなる決定的進歩を後に達成したのが、Roger Tsien教授です。彼は分子設計技術を武器にGFP分子そのものを加工し、ありとあらゆる発色団を作り出しました。これによりFRET相互作用などに基づく解析を実現、より複雑な生命現象の見える化を可能にしたのです。

7色に光る蛍光タンパクシリーズ

7色蛍光タンパクシリーズ

GFPの開発経緯はざっくり言うとこんな感じで、一連の研究でノーベル賞を授与された学者もこの3名となっています。

さてここで2つの技術を見比べて見ましょう。・・・なんとも同じような構図が見えて来ませんか?圧倒的評価を得る技術的ブレイクスルーには、こういった発展パターンを伴う本質があるのではないかとすら感じます。

optogenetics2_6

この構図を考えると、仮にオプトジェネティクス技術に対してノーベル賞が与えられるとすれば、

一人目は『微生物学分野で光応答性タンパクを発見した人物』
二人目は『タンパクを生命科学研究に持ち込んだ人物』(=ダイセロス教授)
三人目は『人為操作性および技術に多様性をもたらし、応用範囲を飛躍的に拡大させた人物』(=イマココ!!)

になるという予想ができるわけです。

 

イノベーションの相似構造を読み解く

innovation

GFPも光応答性タンパク(チャネルロドプシン)も、分子としてみればSingle Componentで機能するタンパク質という点で同じです。この特性は技術の簡素化に貢献し、普及に一役買っています。

さらには全く異分野の成果を組み合わせてシンプルな技術に仕立て上げ、巨大な問題解決をもたらしたイノベーション構造も大変酷似しています。

全く別途に開発されたイノベーティブ技術にもかかわらず、両者には高い相似構造がうかがい知れる。これは非常に興味深いことだと思えます。

生物機能を人為制御する手段として光が有効だろう点を最初に指摘したのはダイセロス教授では無く、ノーベル賞学者のフランシス・クリックだそうです。1979年の時点で既に言及していたそうで、恐ろしいほどの洞察力・先見性に畏怖を禁じ得ません。

とはいえアイデア/思想だけではどうしようも無かったということもまた事実です。ダイセロス教授に至るまで、誰一人としてそれを現実化することは出来ていなかったのですから。

光応答性タンパクも光制御のアイデアも古くより知られていた。
にもかかわらず、2005年まで誰一人として生命研究に持ち込まなかったのはなぜだろうか?

ここらの疑問を深掘りしていけば、「イノベーションを確度高く起こすための秘訣」を読み解くことができるやも知れません。

歴史構造を抽象し、そこから学ぶ目を持っていれば「今このタイミングで何を開発すべきか」をしっかり押さえ、自分なりの確信を抱いて進むべき道を選ぶことができる気がします。

大当たりを何度も引ける天才科学者というのは確かに存在するのですが、上記のような高度に抽象的な事実(≒いまどこを攻めれば良いか)を、体感的に分かっている人なのかも知れません。

 

授賞分野は化学賞?

nobelprize
一見して生命科学の研究であっても、ノーベル化学賞を授賞されてきた分野は多くあります。それらはある特徴を備えているように筆者個人は感じます。

例えば最近では構造生物学(20092012)、生命機能の分析技術(20082014)などがそういった例に相当するでしょう。いずれも「分子」や「構造」にフォーカスした研究に見えます。医学・生理学賞が「生命機能」を重視するスタンスとは対照的です。

これは分野の棲み分けとか常識とは無縁なものらしく、ノーベル賞委員会の思想を強く反映してのものだろうと思われます。ケムステでも毎年化学賞を予想していますが、その際には思想を踏まえることが重要ではないかとも思えるのです。

オプトジェネティクス技術のインパクトは破格であり、ノーベル賞は当確だろうと筆者個人は評価します(開発者のダイセロス教授も若いですし)。

そしてこれまで見てきたとおり、この技術は極めてエンジニアリング要素が強く、既にノーベル賞を受賞したGFP技術とも各所で高い相似性があります。

こういった事実からも医学生理学賞では無く、「ノーベル化学賞として評価される可能性が高い技術」だと結論できるように思いますが、どうでしょうか。

授賞がいつかは分かりませんが、いち化学者としてもその日を楽しみに待とうと思います。

 

おまけ

和光純薬のページより

和光純薬のページより

余談ですがダイセロス教授は、脳科学におけるもう一つの革命的技術・脳透明化法「CLARITY」の開発者でもあります。

おそらくは生きた脳で出来る方法の開発を究極目標に据えていると思うのですが、これとオプトジェネティクスを考え合わせてみるとどうでしょう・・・脳構造を視覚的に探るというのは、あくまで表面的名目でしかないように見えて来ます。

すなわちその実は、『脳を透明にして奥まで光が届くようにして、外科手術なしにオプトジェネティクスを行いたい!』というなんともぶっ飛んだ発想がもとで開発されたのでは?ということです・・・そんな風に、筆者個人は勝手に捉えています(笑)

ともあれこの2つの技術が融合するとどういうヴィジョンが実現できるのか、ダイセロス教授が見ている世界とは一体どんなものなのか・・・想像を巡らせてみるのもなかなかに楽しいことだと思います。

 

関連書籍

 

外部リンク

関連記事:以下の記事も読んでみてください

  • 光で脳/神経科学に革命を起こす「オプトジェネティクス」光で脳/神経科学に革命を起こす「オプトジェネティクス」 「脳」は21世紀のサイエンスを代表するキーワードとして名高い対象ですが、分子・細胞間の関係性をもとにした機能解明はほとんど進んでいません。先進諸国で対策すべき疾病は、肉体的なものから精神/神経疾患へとシフトしつつあるにも関わらずその病理解明は遅れており、治療法開拓へもなかなか手 […]
  • 下村 脩 Osamu Shimomura下村 脩 Osamu Shimomura 下村 脩(しもむら おさむ、1928年8月27日-)は、アメリカ在住の生物学者・有機化学者である。米ボストン大学名誉教授、ウッズホール海洋生物学研究所名誉教授。 経歴 1928年 京都の福知山に生まれる。 1951 長崎医科大学付属薬学専門部 […]
  • 2012年ノーベル化学賞は誰の手に?2012年ノーベル化学賞は誰の手に? 京都大学・山中伸弥教授のノーベル医学・生理学賞受賞により本日はお祭りムード。大変すばらしいことですね。特に、受賞対象となった研究はお金をかけて集中してやった結果ではなく、奈良先端大学で研究に集中した結果。研究者が研究に集中できる環境づくりが重要ですね。ここ最近の日本、特 […]
  • ノーベル化学賞メダルと科学者の仕事ノーベル化学賞メダルと科学者の仕事 毎年10月に科学界を賑わす話題といえばノーベル賞受賞者発表でしょう。ケムステでも化学賞についての記事が毎年書かれています。ストックホルム土産でノーベル賞メダルチョコをもらった方も読者の中におられるかもしれません。 そのノーベル賞メダル、表のアルフレッド・ノーベルの肖像が有 […]
  • マックス・プランク Max Planckマックス・プランク Max Planck   マックス・カール・エルンスト・ルードヴィヒ・プランク(Max Karl Ernst Ludwig […]
  • ロジャー・チェン Roger Y. Tsienロジャー・チェン Roger Y. Tsien ロジャー・Y・チェン (Roger Y. Tsien、1952年2月1日-)は、アメリカの生化学者である。米カリフォルニア大学サンディエゴ校教授。 経歴 1952年ニューヨークに生まれる。 1972 ハーバード大学 卒業 1977 ケンブリッジ大学 […]
  • 2009年ノーベル化学賞発表2009年ノーベル化学賞発表   スウェーデン王立科学アカデミーは7日、09年のノーベル化学賞を、英MRC分子生物学研究所のベンカトラマン・ラマクリシュナン博士(57)と米 エール大のトーマス・スタイツ教授(59)、イスラエルのワイツマン科学研究所のエイダ・ヨナス博士(70)の3氏に授与すると […]
  • 2007年ノーベル医学・生理学賞発表2007年ノーベル医学・生理学賞発表 ? スウェーデンのカロリンスカ医科大学は8日、今年のノーベル医学生理学賞をマリオ・カペッキ氏、オリバー・スミシーズ氏、マーチン・エバンス氏の3人に贈ると発表した。マウスの胚(はい)性幹細胞(ES細胞)の発見と、哺乳(ほにゅう)類の遺伝子操作を通して、ひとの病気の解明に […]
  • なぜ青色LEDがノーベル賞なのか?ー性能向上・量産化編なぜ青色LEDがノーベル賞なのか?ー性能向上・量産化編 青色LEDにまつわるお話、前回の「基礎的な研究背景編」に引き続き参りましょう。 […]
  • リンダウ島インセルホールリンダウ島インセルホール ノーベル賞学者と若手科学者の交流会・リンダウ・ノーベル賞受賞者会議が毎年行われる会場がここです。 概要 リンダウ・ノーベル賞受賞者会議(Lindau Nobel Laureate […]
LINEで送る
Pocket

About Author

cosine

cosine

博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

1 Comment

  1. bean_hero
    bean_hero 1月 05, 12:29

    これは面白い洞察

Write a Comment

Your email address will not be published.
Required fields are marked *

キャンペーン

PR