発見は偶然だった。医療関係者は見向きもしなかった。一度は製品化を諦めた。ある出来事が潮目を変えた。それでも立ちはだかる難問。男たちは手を休めなかった。その努力が今、ようやく実を結ぶ。
手探りの研究が始まった
富山の薬が世界を救うかもしれない—富士フイルムホールディングス傘下の富山化学工業が開発した錠剤「アビガン」(一般名・ファビピラビル)が、世界的な注目を集めている。
今年夏頃から西アフリカを中心に爆発的に流行しているエボラ出血熱はいまだ終息していないが、その理由の一つは有効な治療薬がないことだ。エボラ出血熱の致死率は50%と、毒性はすさまじく高い。エボラウイルスに感染すると、患者は7日間程度の潜伏期間を経た後、高熱を発して嘔吐、下痢、頭痛などの症状を呈し、最後は全身から出血して死に至る。
11月12日に発表されたWHO(世界保健機関)の最新データによると、すでに世界中でエボラウイルス感染者は1万4098人に上り、死者は5160人になったという。
そんな「史上最悪のウイルス」に対して「アビガン」が有効な解決策になるのではないかとの期待が膨らんでいる、フランス、スペイン、ノルウェー、ドイツではエボラウイルスに感染した患者にアビガンを含む数種類の薬が投与され、症状に改善が見られた。
フランスとギニアの両政府はエボラウイルス感染者へのアビガンの臨床試験に着手し、来年初めにも承認、そして使用される可能性が出てきた。
アビガンが世界に出荷されれば、多くのエボラ患者の命が助かることにつながる。「富山の薬売り」のDNAが世界を救う画期的な成果を挙げるのだ。だが、この新薬の開発は、もちろん一朝一夕に可能だったものではない。そこには実に16年にも及ぶ熱いドラマがあった。
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話は'98年に遡る。このとき、富山化学の研究者たちは一心不乱に実験を繰り返していた。インフルエンザなどをターゲットとした新しい抗ウイルス薬を創ること—。これが10人にも満たない研究チームに与えられたミッションだった。
富山化学総務担当部長の泉喜宣が振り返る。
「もともと当社は細菌に効く医薬品の開発に定評があったのですが、ウイルスに対する治療薬にも手を広げようと考えたんです。かといって、潤沢な研究資金があるわけではない。インフルエンザ薬に関しては、研究者がすべて手作業で効果を測定していきました」
通常、大手の製薬会社が新薬を開発する場合、自動化されたロボットなどを用いて、ターゲットとなる化合物を見つけ出すのが一般的になってきた頃だ。だが、当時の富山化学は研究所を地方都市に構える、従業員数2000名足らずの中堅製薬メーカーにすぎず、インフルエンザ薬の開発のインフラ整備に資金を注ぎ込む余裕はなかった。
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