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自殺サイト:自殺・臨床心理学 (和光大末木研ブログ) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2014年11月23日

「経済政策で人は死ぬか?−公衆衛生学から見た不況対策」を読んでみた

 以下の本を読みましたが、非常に面白いです。自殺を含め、公衆衛生の問題に関心のある人には是非読んでもらいたいです。衆議院も解散されましたし、選挙モードの時に政策の話を読むのはなかなか良いです。まぁ政策について考えても、投票オプションはそれほどないわけですが…



筆者らの主張

 概要はタイトルの通りで、各国の過去の経済政策と公衆衛生(どの程度の人が何が原因で死ぬか)との関係に関するデータを紹介しています。公衆衛生や経済政策の研究の難しさ(実験が難しいので、因果関係が同定しきれない)を踏まえながら、それでも結論に向けて前進していく筆致が好印象です。また、経済政策について考える際には、財政の健全性ではなく、やはり国民の健康や幸福を従属変数にして考えないとダメでしょという主張も説得力があります。そりゃあ、お金よりも自分の命がまずは大事です。死んだら、お金が手元にあっても意味ないですから。

 筆者らの主張は明確であり、ポイントは以下の通りです。

  • 不況下において財政刺激策をとるか緊縮財政をとるかは、人々の健康や生死に大きな影響を与える
  • 緊縮財政(例:医療費の削減)は公衆衛生状態を悪化させる、財政刺激策は公衆衛生状態を保つ
  • 不況や財政・金融危機において劇薬(緊縮財政)を使うことは、国民の多くを殺すことにつながるし、結果として経済の立て直しも遅くなる

自殺に関連する話

 第7章は「失業対策は自殺やうつを減らせるか」というタイトルで、自殺の問題が集中的に扱われています。この章で述べられていることは以下の通りです。

  • 失業と自殺は関係ある(失業者増えれば自殺者増える)
  • 積極的労働市場政策(失業者の再就職支援プログラム)は自殺率を下げる

 ここで、「積極的」という言葉が使われているのは、失業対策として単に現金を給付するようなものを「消極的」としているからです。「積極的」と表現されているのは、本人が積極的に職業斡旋所を訪れたり、職業訓練プログラムを受けようとしない場合の対策がとられているということです。具体的には、現金の給付が職業斡旋所や訓練プログラムの利用と紐づけられていたり、失業したら元の職場から求人募集センターに登録されることになっている、といった仕組みです。

 筆者らの試算によると、64歳以下の人の場合、失業が1%増えると自殺が0.79%増えるが、失業者の再就職支援プログラムに1人あたり10ドルの投資をすると、自殺率の増加を0.038%低くすることができる、らしいです。ちなみに、これはランセットに掲載された論文(以下のリンク参照)。


The public health effect of economic crises and alternative policy responses in Europe: an empirical analysis


 元論文を読むと、対象データは1970〜2007年におけるEU諸国(26か国)と書いてあります。これらの国の間で統一されたプログラムが実施されれているわけではないことを考えると、何が効いたのかはわからないということになります。でも、まぁ概ね積極的な再就職支援と呼べるようなものは自殺率を少し下げる可能性があるということです。


内容に関する疑問

 危機の際には緊縮財政よりも財政出動が大事(ケインジアン的なやり方が大事)という話は、本書を読む限り、つまり過去のデータを見る限りは納得です。しかし、現代の日本にひきつけて考えると少し疑問に思うのは、「参照されている過去のデータを作っている国々と今の日本とだと、人口の年齢構成が極端に違うけれども、それでもこの主張は今の日本に転用できるのだろうか」ということです。

 「財政出動してまずは人々の命を救うのが大事、それは経済的にも良い影響がある」と「医療費けちって緊縮財政やったら、結果として労働人口減って経済悪化する」という主張は確かに過去のデータではそうかもしれません。しかし、高齢化が進めば進むほど、危機になって医療費投入しても資源が投入される先は勤労世代ではない(結果として社会全体の生産性は…?)、という事態が生じます。こうした点について筆者らがどう考えているのか知りたいところです。残念ながら日本の話は本書の中でほとんど触れられることがないので、こうした点については分かりません。


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