【クレジット市場】黒田バズーカ第2弾、GPIFの国債売却を粉砕
11月4日(ブルームバーグ):日本銀行の黒田東彦総裁は世界最大級の年金基金、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF )が国内債券の残高圧縮を発表するわずか数時間前に、それを上回る規模の追加金融緩和を打ち出した。国債市場が動揺する可能性を未然に封じた格好だと市場関係者はみている。
長期金利の指標となる新発10年物国債利回り は前週末、一時0.435%と、黒田総裁が異次元金融緩和の第一弾を実施した2013年4月以来の低水準を付けた。日銀が国債保有残高の増加ペースを年80兆円に高めるなどの追加緩和を発表すると金利の下げ圧力が一気に強まった。GPIFが夕方に国内債の目標値を35%へと従来の水準からほぼ半減させる新たな資産構成を公表しても、上昇に転じることはなかった。
市場では、消費増税後の景気減速や原油安もあり、黒田総裁が掲げる2%の物価目標の達成に懐疑的な見方 が台頭。今回の追加緩和を受け、金利低下とともに株高・円安が進んだ。労働市場の改善を背景に量的緩和第3弾の終了を2日前に決めた米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長とは対照的な動きだ。
スピロ・ソブリン・ストラテジーのマネジングディレクター、ニコラス・スピロ氏(ロンドン在勤)は「黒田総裁は巨大なバズーカ砲を再び配備した。これは『衝撃と畏怖』だ」と指摘。「米量的緩和の終了時期を狙ったものであり、さらに重要なのはGPIFによる資産構成見直しの発表に合わせたことだ」と語った。
過去最低に接近日銀は2%の物価目標を2年程度で達成するため、マネタリーベースを2倍に増やす「量的・質的金融緩和」を昨年4月に導入。先月31日に初の追加緩和に踏み切り、増加ペースを年間60兆-70兆円から同80兆円に高めた。月6兆-8兆円から月8兆-12兆円に増えた購入額は、政府が今年度に入札を通じて機関投資家に販売する国債の市中発行額155.1兆円の大半に相当する規模だ。
年80兆円に及ぶ残高増の内訳は、従来は償還まで1年超の長期国債の買い入れで約50兆円、同1年以下の短期国債や貸出支援基金などで10兆-20兆円。今回の追加緩和で長国を約80兆円に増額する一方、その他は残高維持にとどめた。買い入れの平均残存年限は7-10年程度と最大で約3年延長する。
指数連動型上場投資信託(ETF)の保有残高は年間約3兆円、不動産投資信託(J-REIT)も同約900億円と、ともに従来の3倍のペースで増やす。黒田総裁は同日の記者会見で、追加緩和は「デフレマインドの転換が遅延するリスク」に備えた措置だと説明。「相当思い切った拡大なので、それなりに効果がある」と述べ、2年程度で2%の物価目標の達成を目指す方針に全く変わりはないと強調した。
国債利回りが軒並み低下野村総合研究所の金融ITイノベーション研究部の井上哲也部長は、ゼロ金利政策の下では「金融市場を通じた波及メカニズムに依存せざるを得ない」と指摘。市場では追加緩和で中期債まで超低金利となることで市場機能が損なわれるとの懸念があるが、「イールドカーブ全体の押し下げが量的・質的緩和の重要な波及経路であるというジレンマを抱えている」と説明した。
追加緩和を受けた先月31日には10年債以外の国債利回りも軒並み低下。5年債 は0.11%と昨年3月以来の水準、20年債は1.24%、30年債は1.52%とともに昨年4月以来の水準まで下げた。米バンク・オブ・アメリカ(BOA)メリルリンチの指数によると、日本国債の10月の投資収益率は0.5%。11年3-9月までと並ぶ7カ月連続のプラスだった。
ブルームバーグの調査によると、市場関係者は10年債利回りが来年3月末に0.65%、16年3月末には0.88%に上昇すると予想している。
短期決戦後は金利上昇日銀が注視する全国消費者物価指数(生鮮食品を除いたコアCPI )の上昇率は9月に前年比3.0%。2カ月連続で伸びが鈍化し、4月からの消費税率引き上げの影響を除くと約1.0%と昨年10月以来の低い伸びにとどまった。日銀は31日公表した「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)で、15年度のコアCPI予測値を1.7%と7月時点の見通しから0.2ポイント下方修正した。16年度は2.1%で据え置いた。
10年物の固定利付国債と物価連動債の利回り格差(ブレークイーブンレート、BEI )が示す市場の予想インフレ率は、先月28日に1.039%と1月8日以来の水準に低下。追加緩和を受けた31日には1.097%に上昇したが、日銀が掲げる物価目標の約半分にとどまる。
RBS証券の丹治倫敦チーフ債券ストラテジストは、イールドカーブ(利回り曲線)は長い年限の低下幅が相対的に大きくなる「ブルフラット化が避けられない」と指摘。ただ、これだけ大規模な国債購入を「長く続けるのは無理」とし、物価目標達成の可否にかかわらず「短期決戦になる」と読む。「それが終わった後は金利上昇だ」とも述べた。
GPIFの売却分吸収TOPIX は先月31日に終値の上昇率が4.3%と昨年6月10日以来の大きさを記録。4日には08年6月以来の高値を付けた。円相場は対ドルで急落。30日終値の1ドル=109円21銭から、3日には114円22銭と07年12月以来の水準まで円安・ドル高水準が進んだ。
GPIFは先月31日夕、国内債の目標値を従来の60%から35%に減らすなどの資産構成見直しを発表。内外株式は各12%から25%に、外国債券も11%から15%へ引き上げた。上下の乖離(かいり)許容幅も変更し、国内債は従来の8%から10%、国内株も6%から9%に拡大。外債は5%から4%に縮小し、外株は5%から8%に広げた。資産入れ替えが市場に悪影響を及ぼさないよう、移行期間は設けず、乖離許容幅からの超過を容認する。
国内債の保有実勢は6月末時点で全体の53.36%に当たる約67.9兆円。新たな目標値35%まで下げるには約23.4兆円の残高圧縮が必要となる。ただ、乖離許容幅を使った上限の45%までなら約10.6兆円の削減と、日銀の新たな長国買い入れ額の約1カ月分に相当する規模で済む。
言い難いモヤモヤメリルリンチ日本証券の大崎秀一債券ストラテジストは、GPIFが短期間に巨額の国債売却に動くとは考えにくいと指摘。万が一そうなっても、日銀の買い入れが間接的に吸収してしまうだろうと述べた。追加緩和の規模を考慮すると、10年債利回りは0.4%を割り込む可能性があると予想した。
公的・準公的資金の運用・リスク管理を見直す政府の有識者会議で座長を務めた伊藤隆敏政策研究大学院大学教授は先月31日のインタビューで、GPIFと日銀は「美しき調和」を果たしたと評価。両者は国債市場の安定をめぐって「以心伝心の間柄だ。意図するとせざるとに関わらず、見事に示し合せた政策対応だった」と述べ、「私はこれをハロウィーンの奇跡と呼びたい」と続けた。
GPIFの三谷隆博理事長は先月31日の記者会見で、市場への悪影響を避けるため、巨額の資産入れ替えは急がないと言明。この時期に資産構成を見直したのは年金財政検証の結果と、デフレから緩やかなインフレへの移行が見えてためだと説明。将来の金利上昇による国内債の評価損リスクが最大の焦点だったと語った。
米ウエスタン・アセット・マネジメントの土井一人投資運用部長は、黒田総裁は「今回も市場にサプライズを与えることに成功した」と見る。ただ、追加緩和が同日に発表されたGPIFの資産構成見直し、消費増税第2弾、補正予算の編成と組み合わせたアベノミクスの一部になっているとの連想が働くと指摘。日銀の独立性への疑念もあって「いわく言い難いモヤモヤを感じる」との見方を示した。
記事に関する記者への問い合わせ先:東京 野沢茂樹 snozawa1@bloomberg.net;東京 Mariko Ishikawa mishikawa9@bloomberg.net;東京 三浦和美 kmiura1@bloomberg.net
記事に関する記者への問い合わせ先:東京 野沢茂樹 snozawa1@bloomberg.net;東京 Mariko Ishikawa mishikawa9@bloomberg.net;東京 三浦和美 kmiura1@bloomberg.net記事についてのエディターへの問い合わせ先:Garfield Reynolds greynolds1@bloomberg.net青木 勝, 山中英典, 崎浜秀麿
更新日時: 2014/11/04 16:15 JST