以下のふくろくん (id:Chachapo)のブログで言及されていましたので,もう少し私の意見を書きたいと思います。興味ない人はごめんなさい。
ブログそのものにどう「個性」を出すかというのは以下のエントリーに書きました。
「おもしろい発想をしなければならない」と自分の個性を表現しようとすればするほど,実はおもしろくない発想になっていくか,ただの炎上商法になっていくのかもしれません。文章を書くというのは「触媒」に徹すること。その結果,”個性的”な文章が出来上がる。そこでできあがった化合物である文章がまた他の人の触媒によって別の化合物へと作り変えられていく。そうした繋がりこそ文章を書く醍醐味であり,ブログを続けていく面白さかもしれません。そういうことを楽しめれば,ブログはつづくのかもしれませんし,”個性的”なブログになっていくのかもしれませんね。
ブログで個性を表現するというのが間違いかもしれない - いつか朝日が昇るまで
それで自分がどのような素材を選び,どのような「触媒」になるのかという問題があるわけですよね。実際にふくろくん (id:Chachapo)はそういう所で悩んでいたようです。そんな時は原点回帰することをお勧めします。
いろいろと考えても結論って出ないんですよ。結局なぜ自分はブログを書き始めたのかという原点を思い出すこと。いろいろ考えてあの手この手を考えて実践しても「策士策に溺れる」で良い結果は出ないでしょう。ノムさんも以下のように言ってますよ(嫌いな人はすいません)。
野村 ピッチャーというのは、困った時にどうしのぐかですから。例えば0-2とか1-3とかっていう四球を出せない、打たれたくないっていう苦しいボールカウントの時に、僕は「原点能力」と言っているんですけど、外角低めでカウントが取れるようになった。これが一番ですよ。万人の打者に通用するわけですから。本人が意識しているかどうかは知りませんけど、「困ったら原点だ」というのを口やかましく言ってきましたから。
テリー伊藤対談「野村克也」(1)マー君の投球内容は大したことない | アサ芸プラス
こうしたことは何もブログに限らず人生にも通ずることだと思うんですよね。最初は好きだと思って始めたことも続けて行けば辛いことも大変なこともあるわけです。そんな時ふと「なぜこんなに辛いのにこんなことを続けているんだろう」と考える。それで自分が元気になれない,楽しい気持ちになれないならその道は向いてないのかもしれません。「ああ,そうだった。こんなに楽しいんだった」と思えるんだったら,その後の困難も乗り越えられるかもしません。
人間というのは自分が楽しいだけに飽き足らず,人からの評価や承認を求めたがるものです。そして気づけくと自分が考える自分とは違った自分が出来上がってきます。そしてそのできあがった自分に期待される振る舞いを求められることに。もちろんそうした評価が自分の評価と一致している場合,もしくはそうした人の評価を楽しめる人は良いんだけと,違った場合やそうした評価を楽しめない人は辛くなりますよね。それが楽しくて始めたものを辛くする原因のひとつです。
そうした時も原点回帰。「なぜ自分が今の道を選んだのか」を考えることが必要です。それでもし今の評価が受け入れられないなら思い切ってその評価を壊してみること。そんなのも楽しいかもしれません。
ふくろくん (id:Chachapo)は自分のブログの方向性が見えないと言っているけど,方向性が見えないからこそ固まった評価にならず,自由に羽ばたけるのではないかな。そんな風に読み手を混乱させること。そんなブログを面白いかもしれません。人生もそうでそんな人って面白いでしょ?家族は大変だって言っているけど(笑)。
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