【ここで間違う】 第18回 「辞書にある・ない」
2014年09月30日
先週発表された文化庁の「国語に関する世論調査」の結果を、毎日新聞では1面で大きく伝えました。その原稿中、使っている人の割合が5.9%だった「タクる」(タクシーに乗ること)という言葉についての記述に目が留まりました。
「戦前から使われているとされ、辞書にも載っている」
そこで、手近にある数冊の辞書を繰りましたが見つからず、全13巻の「日本国語大辞典」(小学館)にも載っていませんでした。「辞書って、俗語辞典の類いではないの?」と同僚に疑問を呈しました。すると同僚はしばらく探した後「三省堂国語辞典に載っています!」。
確かに、今年発行の第7版には〔俗〕と俗語であることをことわったうえで〔戦前からあることばで、現在も使う〕という注釈付きで載っています。だから先の記述は間違いではないと分かりました。しかしながら、いろいろ探しても一つしか見つからなかったのに「辞書にも載っている」とあると、三省堂国語辞典最新版が手近にない読者はどう思うでしょうか。少なくとも、どの辞書にあるのか、知りたくなるのが人情でしょう。そうでなくとも、注釈なく「戦前から使われているとされ、辞書にも載っている」とあると、「タクる」もまっとうな日本語のように受け取る読者がいても不思議ではありません。
しかし、三省堂国語辞典は新語・俗語・俗用も積極的に採用する辞書という性格があることに留意する必要があります。ですから、ここは「三省堂国語辞典第7版にも俗語として載っている」と明示するか、さもなければ「辞書にも載っている」の部分を削るべきではないかと思いました。相談の結果、後者となりました。
以上は「辞書に載っている」例。逆に「辞書にない」という書き方にも気を付けなければなりません。
20年前の話ですが、当時毎日新聞夕刊に校閲部員のコラムを連載していました。小沢一郎さんについてそのころ盛んに用いられた「剛腕」という言葉が「どの辞書にも出てこない」と書いたところ、三省堂国語辞典に載っていることが後で分かりました。翌週、三省堂を取材したうえで辞書の紹介をする訂正代わりのコラムを掲載する羽目になりました。
先に挙げた「辞書にある」例は一つとはいえ見つかったので間違いではなかったのですが、「辞書にない」と不用意に書くのは間違いといえます。校閲の職場にはたくさんの辞書がありますが、現在日本で入手可能なすべての国語辞典をそろえているわけではありません。ですから「手近にある」「職場にある」などの前提条件を付けたうえでないと「辞書にない」と書いてはならないと思います。
なお、「タクる」は同僚のベテラン部員(59)によると東京五輪前の1963年ごろ聞いた覚えがあるとのこと。三省堂によると「タクる」の古い例としては喜多壮一郎監修「モダン用語辞典」(1930年)にあるそうです。