はじめに
あけましておめでとうございます、ビビドットです。 去年は人生が大きく変わった年でした。
本題の前にビビドットのバックグラウンドを少し話しておくと、2020年2021年は高専から大学に編入して大学院に進学し、大企業に就職するという人生のロードマップの途中でした。 なんなら就職が人生のスタートラインだと思っていた節もあります。
ただ、Ethereumに出会い、のめり込むことで経済的にもそうですが、人生観だったりも結構変わった気がします。
なので、忘れないうちに振り返りをしたためておきます。 ちなみに、儲かる話は書いていません。 こういうブログは、いずれ黒歴史になるんでしょうね!ハハッ
~2020年12月
Ethereumについて興味がありましたが、日本語の情報があんまりなかったので2019年11月からHashhub Research(当時の名称は違いますが…)を購読して読んだり読まなかったり。 実際にクリプトにまとまったお金を投下したのはコロナショックの時で、そこからちょっと時間があいてAxieを始めました。
当時Axieで稼げる額は大した額ではなく、次第に興味はDeFiに移っていくことになります。 特にdeg.eth (@DEG_2020)さんが管理しているコミュニティでは皆さんからたくさん勉強させていただきました。 コミュニティのDeFiチャンネルにいつもいたまめだい / mamedai (@0xmamedai)さんはDeFiの師です(非公認)。
2020年12月~
ビビドット昔からいるぜぇ?みたいな雰囲気を醸し出していますが、実はTwitterを真面目に動かしはじめたのは今から1年とちょっと前です(アカウントとしては10月からありましたが)。 世田谷リーマン (@Blockch21722219)さんが退職エントリ書くか迷ってるみたいなツイートをしていて「読みたいです!」ってリプを送ったのが全ての始まりでした。 当時の僕は楽◯天に就職したかったんですよね。いや、今もしたいかも。 社交辞令かもしれませんが「知り合いいっぱいいるから紹介するよ!」みたいな返事をいただき「じゃあ、真面目にツイートしていくか…」と。 世田谷リーマンさんがそのツイートをしていなかったらビビドットは存在していないかもしれません。
また、今JPYCでCISOを務めているFumihiro Shindo (@crysis44k)さんが自分を初めてフォローしてくれた人であることは今でも覚えています。 フォロワーいなかったら面白くないので、たぶん何もツイートしてなかったでしょう。 そんなこんなで、だんだんクリプトと、ビビドットへの人生のリソースの投下具合が増えていきました。
2021年1月~
この頃の自分はbotを真面目に取り組んでいました。時間軸的には卒論が終わって少し余裕があった頃です。 きっかけはフロントランニングされて損した悔しさからでした。
botというと色々な種類がありますが、自分がやっていたのはDeFiにおけるオンチェーンの歪みをとることに近いです。 大した原資のない若造がお金を増やすにはコレしかない!と。 今は人が増えたので簡単に稼ぐことは厳しいですが、当時は1トランザクションで300万円とか稼げた事もあって脳汁がドバドバ出ていた気がします。
その後、NFTバブル(春)がありました。 Mask Jiro (@interest_about)さんがHashmasksについて頻繁にツイートしているので、気になって話を聞いてみなければ今頃僕は何をしていたんでしょうか。 当時、NFTの界隈でbotの知見がありそうな人はTXを見る限り世界で数人しかおらずお金拾いチャンスがゴロゴロ転がっていました。
また、NBA TopShotのパックを買うためにみんなで深夜まで起きていたのが、もはや数年前のことのように感じます。これは純粋に楽しかった。
2021年4月~
学部を卒業し、修士1年になるので就職のことを意識しなければなりません。 それでHashhubさんの求人をふと見たところ要件に「Researchで既に配信されているレポートと同クオリティのレポートが書ける」と書いてあって…何か記事書いてみようかなあとツイートしたところに、既にリサーチャーとして活躍されていたDa-🦇🔊∞@HashHub (@otukarehitoiki1)さんからリプが。
自分は基本的に願望とか目標とかの言語化まではよくするんですが、実行まで辿り着くことは少ないんですよね。 背中を後押ししてくれたDa-さんには非常に感謝しています(今Da-さんがHashhubにいるのなんかオモシロ)。
そしてビビドットとして初めて書いたブログがFei Protocolについてです。 なんでこんなFeiに詳しいかというとリウェイトで儲けてたからです、ブログ名の伏線回収完了。 vividot-de.fi
それから3ヶ月でいくつか記事を書きました。 記事を書くと、プロダクトの理解も深まるし手っ取り早く承認欲求も満たせるしで良いことしかありませんでした。
ただ、自分の中で記事に求めるクオリティが段々上がっていって少し辛かったです。 特にGelatoの記事とUniswap v3の記事を書いて、これ以上クオリティの高いモノを書くの無理だな…と独り、壁にぶつかっていました。
また、少し戻って4月はじめには情報共有を軽くする会に誘っていただき、メジェメジェ君 (@MMmedjedMM)やひよっこ (@hiyokko_crypto)さん、tarumikei.eth (@tarumi_kei)さん、ねこむい (@misatoha)さんと情報共有を始めました。 それぞれ造詣が深い分野があることは言うまでもなく、非常に刺激を受けたことは間違いありません。教えてもらったFCFSのIDOをbotで荒していたのは良い思い出。
2021年7月~
BAYCからNFTバブルが始まりました。春のバブルがもはや塵に見えるほどのバブルです。 僕は残念ながら、春の終わり際に逃げ切れず利益を10ETHほど減らしたこと、BAYCの絵が好きじゃないこと、Gutter Cat Gangのmint時間が予定より早まって早起きしたのにmintできなかったこと、などなどからバブルに乗り遅れてしまいました。
そんな時にTwitter NFTの一件が。 詳細は個別の記事を読んでいただければと思いますが、ざっくりまとめると僕の大好きなTwitterがNFTを出したので100万円出して買ったという内容です。 hide.ac
また、前述のようにDeFiの記事を書くことに壁を感じていたので、ブログのネタとしてビビドットガチャを作りました。 たくさんの方に楽しんでもらえて嬉しかったです。 vividot-de.fi
そんなこんなでNFTを触っているうちに、またNFT熱が自分の中で高まり、リソースを投下するようになります。 春のバブルがボンディングカーブで失敗したことを反省し、一律の価格での販売がメジャーになったので買ったNFTが何でも値上がりする時代でした。 オンチェーンbotに取り組んでいた自分が有利なのは言うまでもありません。
また、NFTのコントラクトがデプロイされたのを通知するツールだったり、インフルエンサーのアドレスの動きを通知するツールだったり、メタデータを見てレアを意図的にスナイプするツールだったりを自作することで有利に動くことができたのは良かったです(今はnansenなどに同様の機能があります)。 ただし、そのせいで気は休まらず、朝8時に寝て昼の13時に起きてパソコンに張り付くみたいな生活を続けていました。
この頃は修士でやっていた研究を学会に出すために論文を書いたり学部時代の論文を英訳したりしていたので死ぬほど忙しかったです。 今考えるとどうせ大したことやってないので、この辺は切り捨てるべきでした。 生活狂いすぎてたぶん寿命3年は縮みましたね。
2021年10月~
ETHが上がりはじめてNFTから資金が抜け始めました(資金が抜けてるといっても依然としてホットではありますが)。
NFTのmint botに対策がされるようになってからはpunksの売買でちまちま稼いでましたが、資金の抜け具合を見て最後に15ETH損切りした判断、我ながら素晴らしいです。
わざわざDMで煽ってきたルーカスくん、見てる?