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ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで 作者:篠崎芳
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再びあいまみえる、その時を――


「合点が、いった」


 空いている方の手をシビトが口に添えた。

 反射的に口もとへ手をやった感じだった。


「違和感の正体は、それか」


 セラスも驚いていた。


「トーカ殿が、異界の勇者……っ!?」


 他の五竜士も意外そうな顔をしている。


「はぇ〜! あの少年、異界の勇者だったんかい!?」

「女神はすでに勇者召喚を成功させたと聞き及んでおりましたが……こんなところで出会うとは」


 シビトが問う。

 声がやや弾んでいるのがわかった。


「しかしトーカ・ミモリよ、貴様はなぜこのような場所にいる?」


 シビトは嘘を感じ取る。

 セラスの精霊の力とはまた違った地力と思われる。

 俺が名乗った瞬間あいつは偽名を看破した。

 あからさまなウソは見破られるだろう。

 ここから露骨な”ウソ”は通用しない。

 乗り切るには”真実”だけで押し通す必要がある。


「召喚された勇者の中でも俺は立場が特殊でな」

「ふむ」

「だから他の勇者とは別行動をしている。他でもない女神がそうさせた」

「言葉に、偽りはないようだが」


 やはり虚偽を見抜く感性の持ち主。

 汗がポタリと頬から伝い落ちる。


 他の勇者とは立場が違う。

 他の勇者とは別行動をしている。

 他でもない女神がそうさせた。


 虚偽はない。

 どれも事実。


 ただし解釈は、シビト次第だが。


 ウソを感知する相手との会話。

 ウソを見破るセラスとのやり取りの経験が活きている、と言えるか。


「なぜ貴様は他の勇者たちと別行動をしている? 女神から特別な密命でも受けたか?」


 イエス、ノーの返答は避けるべきだ。

 俺は得意気な顔をした。


「他の連中と比べて俺は格が違うらしくてな?」

「ほぅ?」


 双眸を細めるシビト。

 期待を寄せる目。

 そう、俺はE級勇者。

 他の勇者とは”格”が違う。


「おかげで今は単独で行動させてもらってる」

「女神も特別と認めた男、か」

「ああ、女神にとって俺は格別の勇者だったらしい」

「面白いではないか。それで――異界の勇者である貴様は、わたしに何を望む?」


 余裕たっぷりに俺は言った。

 要求を突きつけるように。


「猶予だ」


 シビトの顔が理解を示す。


「ひとまずこの場は見逃せ、と?」

「そうだ」

「しかし……ここで貴様を見逃したとして、わたしになんの得がある?」

「得はあるはずだ。少なくとも、あんたにとってはな」

「わたしにとっての得、だと?」


「俺が今より強くなって、テメェを殺す」


 ゾクッとした表情をするシビト。

 鳥肌でも立ったみたいな反応だった。

 シビトの口もとは歪んでいる。

 いびつな笑みの形に。

 抑えきれぬ歓喜を堪えている感じである。


「わたしを殺す、だと……ッ?」


「俺は異界の勇者だ。レベルが上がればテメェの領域に辿り着くかもしれねぇだろ?」


 言葉遣いはある程度、荒々しく。

 好戦的に。

 挑戦的に。

 かすかな理性を、滲ませつつ。


 成長すれば俺は必ずシビトの領域に届く。


 三森灯河は今、そう信じている。

 想像、できている。

 シビトをくだす己の姿を。


「この男……己の身の丈を知りながら、しかし、本気でわたしの領域に辿り着くと信じている。やはり、面白い」

「誰よりも俺は強くなる。極論、すべてを――あの女神すらをも蹂躙できるほどの力を、得てやるよ」

「ふっ、ではあえて聞こうか。貴様はどうやって強くなるつもりだ? わたしの記憶が正しければ、異界の勇者は金眼の魔物を殺――」


「俺はこれから、金棲魔群帯へ向かう」


 シビトの興奮の度合いが跳ね上がった。

 その回答を期待していた、という顔だった。


「魔群帯にひしめく金眼の魔物で貴様は”レベルアップ”するのだな?」


 俺は曖昧に笑った。


「かもな」

「だが金眼の魔物なら、魔群帯へ赴かずとも女神が適当な強さの相手を用意してくれるのではないか?」

「俺には他の勇者と違う道を歩ませてみるんだとよ。だから今の俺は、女神ヴィシスから自由を与えられている」


 女神の言葉。


『転送先の遺跡から生きて地上へ出られた場合は、あとはもう干渉しないという取り決めをしています。アライオンはその者に、自由に生きる権利を与えます』


「向こうも今の俺については干渉しないと言ってたしな。要は自分の目的さえ達成できりゃあいいんだろ、あの女神は」

「最終的に大魔帝さえ倒すのなら、そこへ行き着くまでの過程には余計な口出しをしないというわけか」

「ま、そこはあんたの想像にお任せするさ」

「ふっ……貴様、よほど女神にとって扱いづらい勇者だったらしいな?」


 喜悦を秘めたシビトの瞳。


「今の俺はそこまでステータス――加護の数値が高くはない。だから今の俺はあんたにとって雑魚に見えるだろう。が、いずれは”人類最強”をぶっ殺せる勇者になってみせる。そのために今、あんたは何をすればいいか……わかるよな?」

「ここは見逃せ、というのだな?」

「ああ」

「しかし……わたしと貴様が再会し、将来的に決闘できる保証はあるのか?」

「安心しろ。いずれ俺は、女神のところへ戻るつもりだ」

「ふむ」

「ま、大魔帝軍の今後の動向次第で戻る時期は変動するかもしれねぇがな」

「たとえ貴様が姿をくらましたとしても、自ら格外と認めた勇者をあの女神が放ってはおくまい……つまり、貴様が雲隠れする心配はないというわけだな」

「つーか、俺としては戻らざるをえないからな。女神のもとへ戻らず、そのままどこかへ消え去るつもりはねぇよ」


 当然だ。



「女神のもとには、必ず戻る」



「よかろう」


 朗々とシビトが言った。


「わたしは、見てみたい」

「…………」

「是が非でも成長した貴様の姿を、見てみたい。そして女神が認めた格外の潜在力を秘めた勇者と――殺し合いを、してみたい」

「ああ、俺もだ」


 一歩、前へ出る。


「だからいずれテメェと俺の二人だけで決着をつけようぜ、シビト・ガートランド……ッ!」


 歓喜に包まれて目を剥くシビト。


「弱者でありながら……本当に、貴様はわたしを滾らせてくれる……心地よいぞ、その戦意! その殺意……ッ! いいだろう!」


 シビトは言い放った。


「貴様を見逃そう、トーカ・ミモリ」


「カカ、そうこなくっちゃな」


「では遠慮なく、この場を立ち去るがいい。我々もセラス・アシュレインの息の根を止めたら、この場を去ろう」


 セラスが、息を呑んだのがわかった。

 俺はすかさず言う。


「そいつは困るな」

「何?」

「セラスは俺の旅に必要だ」

「金棲魔群帯に同行させるというのか?」

「今の俺の強さじゃまだ協力者が必要な段階でな? 察しのいいあんたなら……わかるだろ?」

「ああ……その女が金眼の魔物を弱らせて、とどめは貴様がさす算段か」

「あんたの敵としては力不足でも、セラス・アシュレインの腕が立つこと自体はあんたも認めてるはずだ」

「しかし、セラス・アシュレインの件は女神に報告しなくてもよいのか? もう今は興味も失せているかもしれぬが……セラス・アシュレインは、他でもない貴様を召喚した女神の欲した女。何も告げず同行させるのは、女神の機嫌を損ねるかもしれぬぞ? 機嫌を損ねさせたネーアがどうなったかは、先に述べた通りだ」


「ハッ! 関係ねぇよ!」


「む?」


「どんな話だろうと、あの女神への報告なんざ無限に後回しでいいんだよ!」


 豪気に笑い飛ばしてみせる。


「俺は利用できるもんなら、なんでも利用してやる……ッ! 女神の心証なんざ関係あるか! 俺が力を得るために、俺はセラス・アシュレインを利用する……ッ! ただ、それだけだ!」


「ふ――」


 口を、大きく開いていくシビト。


「ふ……ふはは、ふははははっ! そうか! よいぞ、トーカ・ミモリ! そうだ、それでよい! それでこそだ! 貴様にはつまらぬ理の殻を破る熱がある! あぁ、このような者は実に久しぶりだ! 物怖じせず、このわたしに対し真っ向にそのような意気をぶつけてきた者は!」


 シビトが居住まいを正す。


「わかった。では、慈悲をやろう」


 指だけでセラスを示すシビト。


「我が慈悲により、今はセラス・アシュレインも見逃そうではないか」


 オーバンが慌てふためく。


「え!? ちょっ!? シビトちゃん!? ちょっとちょっと!? マジにあの聖騎士ちゃんをここで見逃すつもりかい!?」


「トーカが己の成長のために必要だと言うのだ。殺すのはわたしとトーカが決闘を終えてからでもよかろう。もしこの大陸を離れる懸念があるのなら、西の大陸へ向かうヨナトの船に外交ルートで通達を出しておけばよい。どのみちアレを殺すことに変わりはない。所詮、遅いか早いかの違いでしかあるまい」


「いやでもさぁ!? せっかく聖騎士ちゃんを見つけたんじゃん!? たとえばさ、魔群帯の魔物に殺されたあとで死体が食われて跡形もなくなるとか、もしくは、そのまま目の届かないところに雲隠れでもされたら――」





 殺刃さつじん的なシビトの一喝。


「う……っ!?」


 オーバンが身を引く。

 彼の顔は青ざめていた。

 肌を痺れさせるほどの、強烈すぎる殺意。

 他の五竜士までもが一瞬、身を怯ませた。


 舞台へ足を踏み入れて興を削ぐ者を咎めるような、そんなドス黒い一喝だった。


「…………」


 黒竜騎士団における絶対者はただ一人。


 シビト・ガートランド。


 あいつさえ押さえれば、騎士団の意思は操れる。


「というわけで……寿命がのびたようだな、セラス・アシュレイン」


 シビトが言った。


「せいぜい磨り減るまでトーカに使われるがよい。今日より貴様はトーカのための”道具”だ。必ずやわたしのもとへ”完成したトーカ”を届けよ。そうだな……守らねば、カトレアを痛めつけるか」


「!」


「もし無事に”完成品”を送り届けたなら――その時は、一瞬の痛みすらなく殺してやる。約束しよう」


「――トーカ、殿」


「悪ぃなセラス、そういうことだ」


 大丈夫だ。

 セラスも気づいている。


 この場を切り抜けるために、俺がシビトとこうしてやり合っていることに。


 シビトの決定に他の五竜士はもう何も言わなかった。

 絶対者には、逆らえないのだ。


「シュヴァイツ」


 シビトが声をかける。


「はっ」

「今日もどこぞで道草をくっているグリムリッターにも伝えておけ。この二人には手を出すな、と」

「かしこまりました」

「”勇血殺し”の名を得てから、アレはますます貴様の言うことを聞かなくなったようだな」

「はっ……我が息子ながら、アレは騎士団の中でも異質ですゆえ。ただ、今は下手におさえつけぬ方が使い勝手もよろしいかと……」

「の、ようだな」


 シビトの白竜が、大きく翼を広げた。


「ふっ……第一幕はわたしの想像を遥かに超えたよき舞台であった。さらなる期待を寄せる次幕への引きとしても、悪くはあるまい」


 幸福そうに表情を和らげるシビト。



「再びあいまみえるその時を楽しみにしているぞ、トーカ・ミモリ」



 他の五竜士の黒竜も羽ばたきを大きくした。

 ここを去る準備を、始めたのだ。


「…………」



 乗り、切った。



 汗はまだ止まっていない。



 セラスも、死なずに。



 俺も生き残った。



 俺たちを”人類最強”に見逃させることに、成功した。





 賭けに、勝った。





 まだ汗が、止まらない。
















「【――




「トー、カ――




 ――】」




 ――きさ、まッ!」




 向かってくる”敵”を、シビトは拒まない。



 俺が会話しながら挑戦的に近づいてきていても、やつは拒まなかった。



 咎めなかった。



 そう、



 殺さなかった。



 要するに――




 




「さすがだよ、”人類最強”」



 場を立ち去ろうと竜を反転させるその瞬間。



 最も警戒が薄れるその空隙スキを、俺は狙った。



 なのにただ一人、真っ先に、恐るべき速度で俺の攻撃意思にシビトは反応してきた。



 だがその時点で、もはやこちらの優位は整っていた。



 ゆえに俺の方がほんのわずか、速かった。



 事実で作られた”真実”をシビトが信じ込まされた時点で、この結末へ至る確率は高くなっていた。



 シビトはあの魂喰いとは真逆の性質。



 魂喰いは”怯え”が油断へ誘い込む隠れ蓑となった。



 一方でシビトへの隠れ蓑は”闘争心”だったと言える。



 逃げるのではなく、向かっていく。



 あとは”舞台的な流れ”を意識する人物だったことも、要因か。



 去りかけた時のシビトの言葉。



『第一幕はわたしの想像を遥かに超えたよき舞台であった。さらなる期待を寄せる次幕への引きとしても、悪くはあるまい』



 あの時点でこの”舞台”はあいつの中で終わっていた。



 シビトにとってはもう”終幕”の感覚だったのだ。



「いずれあいまみえての決着、か――悪ぃが、てめぇらとの因縁をそこまで長く引っ張るつもりはねぇんだよ」



 汗が止まらなかったのも道理。



 あの一瞬が、すべてだった。



 この舞台はここで幕引きなのだと誰もが信じ込み、気が緩み、そして、刹那的に生じたあの一瞬の空隙――



 ねじ込むには、あそこしかなかった。



 ケリをつけるべきだと思った。



 リスクでしかない。



 ここで連中を”のがす”のは。



「残念ながらこいつは綺麗な物語じゃないんだよ、シビト」



 これは、汚れた物語。



 シビトの期待した”決闘を誓い合った因縁の相手との対決”の入り込む余裕など、ない。



 なぜならこれは復讐の物語だ。



 俺の歩む道は、汚れた復讐へと繋がっている。



 合理的に考えれば、この復讐劇にとって今の黒竜騎士団の存在はリスクでしかない。



 ゆえに、排除。



 次幕は、ない。



「だから――」



 スキル名の発声時、一瞬の間隙を縫って、俺は右手を突き出していた。



 その右手の向こう側で、今、麻痺状態の五竜士たちが地面へ落下していくのが見える。



 俺は、



 右手の先に映る五竜士たちを、



 さながら、



 手中で握り潰すかのように、




「さっき生まれたばかりの、おまえらとの因縁も――」




 逆手にした掌を、握り込む。





「ここでしまいだ、黒竜騎士団」





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