機を待つモノたち
「まずは貴様の名を聞こうか」
「ハティ・スコル」
「なるほど、偽名か」
あっさり看破された。
「……まあな」
「本来の名を隠す必要がある、と。姫騎士と同じく何か事情があるらしい」
「シビト殿」
シュヴァイツが割り入ってきた。
「どうした?」
「ワタシにはやはり解せませぬ。一体、あの少年の何がお気に召したのです?」
「不思議なのだ」
シビトが答えた。
「五竜士を前にしてもアレは怯えていない」
「そうですかな? ワタシには怯えて冷や汗をかいているように映りますが」
「違うな。あれは怯えとは異なる反応だ。よく見るといい。アレは戦意を喪失していない。隙あらば、何か仕掛けようとしている」
「シビト殿に何か仕掛ける? 何をです? 詠唱呪文では詠唱が間に合わぬでしょうし、そこらの魔導具による攻撃術式がシビト殿に通じるとも思えませぬが」
「下手に動けばわたしに瞬殺されるのもアレは理解している。そんな状況下にあっても、アレは笑い、わたしと会話する意思をみせた。降伏でも、命乞いでもなく、ただわたしとの会話を欲したのだ。わたしには、それが新鮮だった」
言われてみれば、という顔をするシュヴァイツ。
シビトが口もとを緩める。
「遥か弱き者が、何やらこの場を切り抜ける策を講じようとしている。わたしが”人類最強”と呼ばれているのを、知りながら」
…………。
察しのいい男だ。
観察眼が鋭い。
「どうだシュヴァルツ? 興味深いとは思わないか?」
「……確かに」
「思わぬ場所から新しい風の舞い込んできたこの舞台、幕引きにはまだ早い。わたしはアレとのひと幕をもう暫し続けてみたいのだ。セラス・アシュレインは――」
俺から視線を外さずシビトが言う。
「もはや敵としての興味は失せた。わたしを認識した時の反応からして、わたしを殺せるとは思っていないようだ……」
「オルトラの本性を知って、精神的にも揺れているようですしな」
連中の会話は貴重な情報でもある。
仕入れる情報は多い方がいい。
が、こちらも沈黙しすぎはよくない。
「…………」
しかし、よくもまあ……。
こうも注意を逸らさないものだ。
シビトの隙を見い出せない。
魂喰いの時とも微妙に勝手が違う。
……焦るな。
選択肢を間違えれば――終わる。
「聞きたいことがある」
タイミングを見て、俺は口を開いた。
「よかろう。言ってみろ」
「あんたは自分を満足させられる敵を探している。そうだな?」
「相違ない」
「けど人を越えた強さを持つ相手なんてのは、そのへんにウジャウジャいるんじゃないか?」
「何を挙げるか大方察しはつくが、言ってみるがいい」
「まず大魔帝とその軍勢がいるだろ」
「現時点では、大魔帝軍とやり合うのは難しい」
「なぜ?」
「問題はマグナルだ」
例の北の国か。
対大魔帝軍の最前線。
「マグナルの王は他国の軍が自国領へ入るのを嫌がるのでな。大誓壁が破られたとはいえ、白狼騎士団が健在なうちは他国からの援軍はできるだけ拒むであろう。特に我がバクオスはネーアへ侵攻したために他国よりも警戒されている。ただ、本音を言えば――いずれ白狼騎士団の長には一騎打ちを願い出たいところでな」
「なぜ今すぐそうしない? あんたはこの大陸で最強を名乗ってるんだろ? 好き放題やればいいじゃないか」
「これでも一応わたしは騎士団をあずかる長の立場にある。皇帝陛下への忠誠心もないわけではない。我がガートランド家の立場を考えてもそう無茶な行動はできぬのだ。他国との外交に関わることならば、なおさらな。もちろん、遺憾ではあるが」
シュヴァルツが言い添える。
「国家間の関係性とは実に複雑なものなのです。世界最強を称する我ら黒竜騎士団といえど、他国の軍すべてを敵に回して勝てるわけでもありません」
たとえばシビトが他国の強者を好きに殺し回る。
結果、他国からバクオスは総攻撃を受けるかもしれない。
家を大事にしている点もあいつの足枷だろうか。
ふむ。
最強にも枷がないわけではない。
逆に言えばそんな不自由な状況ゆえにより強く”敵”を渇望している、とも言えるか。
俺は尋ねた。
「アライオンは?」
「ん?」
「アライオンの女神は、あんたの敵としてはどうなんだ?」
クソ女神に対するあいつのスタンス。
これも確認しておきたい。
「女神ヴィシスか。今のところ神族を敵に回す気はない。我がバクオスとアライオンは一応緊密な関係を築いているのでな。まあ、個人的にあの女神はどうも好かぬが……しかし――」
シビトの瞳が輝きを増していく。
「女神が召喚した異界の勇者には、大いなる期待を寄せている」
2-Cの勇者たち。
やはり、興味を持っていたか。
「ヨナトの聖女、ミラの狂美帝、ウルザの”
薄く微笑むシビト。
「加護の力により爆発的に最強の座へ近づくという異界の勇者たち。わたしは彼らこそがこのシビト・ガートランドの宿敵となってくれると――信じ、期待している」
なんとなくわかってきた。
この、シビト・ガートランドという男が。
「だが、女神があんたと勇者の戦いを許すと思うか?」
「大魔帝討伐の役目を終えた勇者であれば、あの女神なら一人くらい差し出すであろう。無論――」
やや弾んだ声になって、シビトが続ける。
「大魔帝がマグナルの白狼騎士団を打ち倒し、アライオンの勇者たちをも駆逐し、あの女神を八つ裂きにし、我が黒竜騎士団のもとまで辿り着くのであれば――それはそれで、歓迎しよう」
滲み出ているのは絶対的な自負心。
己は生き残った強者と戦えさえすればいい。
相手は誰であろうとかまわない。
ただひたすらに渇望するは、強き者との戦い。
しかし立場もあって戦いたい相手とは自由に戦えない。
シビトは持て余している。
最強と称される、その力を。
その時、
「そういえば……アライオンといえば、セラス・アシュレインにとっては深き因縁を持つ相手でもあるか」
独り言めいて、シビトが言った。
放心気味だったセラスが顔を上げる。
彼女は眉根を寄せた。
「どういう、ことですか? 私とアライオンに、深い因縁など……」
ん?
なんだ?
セラスは思い当たる節がなさそうな反応をしている。
シビトが細く息を吐く。
「死にゆく者への
さして興味なさげに、シビトは続けた。
「長らくネーアへ攻め入らなかった我がバクオスが方針を急に変えて侵攻を行ったのは……おまえが元凶だったのだ、セラス・アシュレイン」