文明の寿命

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!人気コミック『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕の書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。


映画などでもっともよく見る人類滅亡の原因はおそらく、小惑星や彗星の衝突だろう。恐竜絶滅の原因も、直径10〜15㎞の小惑星の衝突だったと考えられている。

だが、向こう百年から千年のスパンで見た場合、その確率は非常に低い。百年以内に 直径5㎞以上の小惑星が地球に衝突する確率は 0.005%(二十万分の一)ほど、千年待っても二万分の一だ。

もうひとつ映画で頻繁に描かれる人類の危機は、宇宙人の侵略だ。だが、その可能性はさらに低い。もし地球外文明があるならば、ほぼ間違いなく我々より何万年も先に生まれていたという話を思い出して欲しい。もし彼らが惑星の植民地化を繰り返す欲深い宇宙人だったとして、彼らの視点に立って考えてみよう。彼らは植民地化する惑星を血眼に探している。ハビタブルな惑星の検出は現在の人類でもできるのだから、彼らは人類文明が興るはるか前から地球に気づいていただろう。ならば、その世界に核兵器を持ち地下資源を掘り荒らす種族が登場するまで侵略を待つ理由はどこにもない。地球は四十億年もの間、無防備だったのだ。四十億年起きなかった事象が向こう百年で偶然発生する確率は四千万分の一。飛行機の墜落よりはるかに低い。そして銀河には現在も無防備で未開発でハビタブルな惑星が山のようにあるだろう。地球文明がその存在を電波で発信しだした今、宇宙人が侵略対象として地球を選ぶ確率はさらに低くなっただろう。

だから、もし人類文明が向こう百年ないし千年の短期間で大幅な後退あるいは滅亡するとすれば、もっとも可能性のある原因は、人類自身の過ちだろう。

たとえば、地球温暖化が現在のペースで進行すれば、向こう百年のスケールで人類文明の脅威となることはほとんどの科学者の一致した見解である。二〇一四年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)がまとめた第五次評価報告書によれば、追加の対策が為されない場合 、二一〇〇年の地球の平均気温は一八五〇年から一九〇〇年の平均と比べ3.7℃から4.8℃上昇するだろうと予想しており、4℃の気温上昇は大規模な種の絶滅、食糧危機、およびそれに伴う人間活動への制約を高い確度で引き起こすと警告している。

核兵器も文明への大きな脅威だ。アメリカとロシアはお互いを完全に破壊できる核兵器を持ち合うという「相互確証破壊」を維持しており、核削減は牛歩の歩みである。本書執筆時点では北朝鮮が核・ミサイル実験を繰り返して緊張が高まっており、着地点は見えていない。向こう1年の間に核戦争が起きる確率はどの程度だろうか? 1%と見積もったら、それは高すぎるだろうか、低すぎるだろうか? 僕は国際政治の専門家ではないのでわからないが、仮に1%としてみよう。そして、あらゆる核拡散のリスクにかかわらず、この確率は一定に保たれると仮定しよう。すると、向こう百年で核戦争が起きる確率は64%、三百年では95%、千年では99.995%である。

増大し続けるエネルギー消費もリスクだ。自然エネルギー発電に切り替えれば解決すると思われるかもしれないが、長期的にはそうではない。

一九六五年から二〇一五年までの間に世界のエネルギー消費は平均して年2.4%ずつ増えた。二〇〇〇年以降に限っても年2.2%ずつ伸びているでは、もし仮に、エネルギー消費がこのまま毎年2.2%ずつ増え続けたらどうなるか

もし地球の陸地全てを、街から森から砂漠まで少しの土地も余すことなく効率20%の太陽電池で覆っても、毎年2.2%ずつエネルギー消費が伸び続ければ、約300年後には足りなくなる。効率100%の架空の太陽電池で陸だけではなく海も覆っても75年しか延命できない。自然エネルギーへの転換は一時的な解決策でしかない。エネルギー消費の増大を止めなければ長期的には人類文明は必ず行き詰まる。

ならば核融合や宇宙太陽光発電所を使えばいいという人もいるかもしれないが、別の問題がある。使ったエネルギーは必ず熱として排出されることだ。そのため約500年後には地表の温度が100℃に達する。

もちろん、その頃には人類は太陽系の隅々に植民しているだろう。それでも、毎年2.2%ずつエネルギー消費が増え続ければ、約1400年後には太陽が放出するすべてのエネルギーを使わなくてはならない。SF好きの人にはおなじみの、太陽をすっぽり覆って全エネルギーを利用する「ダイソン球」を建設しても、わずか1400年で人類は太陽の全エネルギーを使い尽くす。

さらにそのままエネルギー消費が増え続ければ、約2500年後には銀河すべての星のエネルギーが必要になる。一千億のダイソン球が一千億の星を覆い隠し、銀河から光が失われる。

2500年以内に銀河全ての星にダイソン球を建設することは単純明快に不可能である。なぜなら銀河の直径は10万光年あるからだ。そして、もし毎年2.2%のエネルギー消費の伸びを2500年間維持した地球外文明があったならば、太陽もすでに異星人のダイソン球に覆い隠されているはずだ。今日もちゃんと地球に朝日が昇ったという事実から、文明は次の二種類しかないという結論が得られる。一つはエネルギー消費の指数関数的増加を抑制し数千年にわたって生きる文明。もう一つは、その前に滅びる文明だ。

だが、ここに宇宙の絶妙な自己調節機能があるのかもしれない。自らを滅ぼしてしまうほど愚かな、あるいは好戦的な文明は、他文明に接触する前に自壊するが故に、宇宙の安定が保たれているのかもしれない。そしてそれが宇宙から地球に侵略者が来ていない理由かもしれないし、また来ることを心配しなくてもいい理由かもしれない。

そして、宇宙人からのメッセージが届かない理由は、もしかしたらここにあるのかもしれない。夜空に二つの流れ星が同時に流れることが稀なように、文明は生まれてもすぐに自壊してしまうため、銀河に二つの文明が同時に存在することはごく稀なのかもしれない。銀河系は滅びた文明の残骸であふれているのかもしれない。

人類が滅びたあとの地球を想像してみよう。福島やチェルノブイリの避難区域のように、市街地は植物に覆われ、田畑は森に戻り、生き残った動物は人間を恐れることなく大いに繁殖するだろう。紙幣も契約書も六法全書も意味を失い、家も塔も寺もビルも崩れ、戦勝記念碑は雨に溶け、僕やあなたの墓も瓦礫となり、ハードディスクやフラッシュメモリは劣化し、本は朽ち、絵は退色し、写真は腐食し、楽譜は燃え、そして人類文明が一万年かけて積み上げた全ては宇宙から消え去るだろう。

いや、正確にいうと、人類や地球すら滅びても失われない人類文明の記録が、二つだけある。ボイジャー姉妹に託されたゴールデン・レコードだ。星間空間における劣化は非常に遅いため、ゴールデン・レコードは数十億年にわたってその記録を保持すると考えられている。それが人類最後の記録となるかもしれない。人類も地球も太陽すらも宇宙から消えた後も、誰かに出会うまで、ボイジャーは孤独に飛び続ける。

ゴールデン・レコードには、ラージャスターン語のこんな挨拶が収録されている。

「みんなこんにちは。俺たちはこっちで幸せだよ、君たちもそっちで幸せにな。」

コルク

この連載について

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宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

小野雅裕

銀河系には約1000億個もの惑星が存在すると言われています。そのうち人類が歩いた惑星は地球のただひとつ。無人探査機が近くを通り過ぎただけのものを含めても、8個しかありません。人類の宇宙への旅は、まだ始まったばかりなのです…。 NASA...もっと読む

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コメント

yokokaracc 私が漠然と考えてたことを、数値できっちり表現してくれた良記事。 約2時間前 replyretweetfavorite

ryuukudou 文明の寿命・・・‼️ #人類が自滅する日 https://t.co/fnW54rWYJR 約5時間前 replyretweetfavorite

lovelove_psy @marutai64 今日面白い記事を読んだよ´-`)🤳 https://t.co/LmAnbIKKfM 約6時間前 replyretweetfavorite

MC_sewer_rat 科学書なのに簡単な確率計算が間違っている。 #スマートニュース 約11時間前 replyretweetfavorite