NY市民を20年記録するThe HUMAN Project がついに始動する:AIの前に必要なこと

HUMAN (Human Understanding through Measurement and ANalysis) Project

1ヶ月前になるが、NY Timesに2014年から準備されてきたthe HUMAN Projectが、今年の秋から参加者を集め始めるという記事が出ていた。

NYに住む10000人の市民を20年にわたって記録し続けるという壮大なプロジェクトで、21世紀、AIが最も必要とされる分野を開拓しようとする優れたプロジェクトとして注目していたので、このプロジェクトHPに記載されている実行計画書に沿って紹介することにした。

このプロジェクトの目標は、4000家族、一万人のニューヨーク市民の行動、ゲノムを含む身体記録、経済活動、教育などの情報を20年にわたって追跡する挑戦的な計画だが、最大年1000万ドルで遂行可能としている。

実際には、

1)ゲノム、口内・腸内細菌叢ゲノム、健康診断による健康情報などの生物学的情報、

2)スマフォを介した経済、教育、コミュニケーション、行動情報、

3)GPSの位置記録や既存のウェッブやデータベースをリンクさせた環境情報、

の3種類の情報を、連続的に日々記録しようとする計画だ。

要するに、参加を希望した人の身体から行動まで、全てを一つのデータベースで把握しようとする計画だ。

IoT(Thing)よりIoH(human)

今我が国でも今AI・・と大騒ぎだが、AIには厖大な記録が必要だ。我が国の国家プロジェクトを見てみると、AIの必要性を自動運転を象徴としたIoT、物がネットでつながる世界を開く技術として推進しようとしている。

しかし、IoTは人間の活動のあくまでもネガ・影のようなもので、人間自体の記録ではない。

これに対し、21世紀にAIを用いて理解すべき最も重要な対象が人間の行動であり、そのために個々の人間の総観的記録が必要であることを打ち出したのがThe HUMAN Projectだ。

期待される成果

2015年に発表された論文では、このプロジェクトから予想される成果の例として、

1)老化により認知機能の低下がおこる身体的、環境的メカニズムの理解、

2)食事など生活習慣と健康に及ぼす身体と環境の相互作用の理解、

3)行動や性格をゲノムなどの生命情報から予測する、

などを挙げているが、もし成功したらこんな程度で終わらない。

私程度の頭で考えても、1万人の日々の経済活動からリアルタイムの経済予測が可能になり、また「景気」の理解が進むだろう。あるいは環境や生活に私たちの精神がどう影響されるのか、更には政治信条と消費動向などなど、これまで評論家という人たちが思いつきで語ってきたようなことが、実際の記録に基づいて予測できるようになると思う。

すなわち、個人の情報を集めて様々な歴史が書ける時代がくる。

21世紀個人はついに情報化する

このようなプロジェクトが構想された背景には、人間が情報化してネットで結ばれているという新しい状況が生まれているという認識がある。

21世紀に入って、まず各個人のゲノム情報解読が現実になった。またスマフォやGPSを介した行動の記録が可能になり、Bitcoinのような完全に個人の経済活動を記録するインフラさえ生まれている。その上、各個人はネットに接続し、他の個人や社会とつながっている。

「そんなことはとうの昔にわかっている」という人も多いだろう。しかし、情報化とは、リアリティーとしての私が消滅した後も、情報化された私が残るということだ。しかも、騙さない情報。ゲノム、医療情報、スマフォやGPSによる行動記録、経済活動などが残るということだ。

これまで歴史は上から目線で書かれてきた。当然嘘も多い。しかしこれからは、各個人の情報を統合することで、下から積み上げた歴史の書き方すら可能になる。

プライバシーの問題

最初計画がアナウンスされてからこれまでほぼ3年にわたって準備や議論が進められているが、個人的には計画倒れで終わるのではと心配していた。というのも、経済活動、行動も含め全ての記録を個人から集めることのハードルは高い。

例えば私がどのインターネットサイトを見ているか、フェースブックの誰とつながっているかを調べるだけで政治信条(私は隠す気はないが)がわかる。

しかし、前川問題からわかるように、国家の秘密は守っても、個人の秘密はリークするような今の我が国政府が呼びかけたとき、本当にこのようなプロジェクトに参加する気になるだろうか。この研究は、私的な財団とNY大学が遂行しているが、それでも全てをさらけ出すことの危険を感じる人は多い。

このプロジェクトは、このセキュリティー、プライバシーの問題もテーマにしてしまっている。市民が信頼し、ある程度のリスクは覚悟した上で、それでもプロジェクトの重要性を知って参加したいと思えるプロジェクトが設計されれば素晴らしいことだ。

驚くことに、実行計画にはセキュリティーを確かめるためのハッキング会社まで雇って、持続的にセキュリティーを確認することまで書き込んでいる。

IoHプロジェクトが可能かどうかは人権に関する社会の信頼性にかかっている

しかしどんなに素晴らしい設計でも、このようなプロジェクトが成立する前提として、市民が政府や自治体の人権擁護の姿勢を信頼できることが必要になる。このようなプロジェクトに多くの市民が参加できる社会こそが、開かれつつ個人が守られる社会だ。

とするとIoHの時代の国力は、人権についての市民の社会への信頼性が直接反映される。

NYは、本当にこのプロジェクトに1万人ものNY市民が参加する成熟した人権社会なのか、今後も注目したい。

とともに、同じことがわが国でも可能か、ぜひ市民の判断を知りたいものだ。