第一話:ルールではなく、情緒の部分で働きたい
この対談は、2017年3月6日、Titleにて行われたイベント「店主放談 堀部篤史×辻山良雄」を、完全ノーカットで文章化したものです。
左:辻山良雄(Title店主) 右:堀部篤史(誠光社店主)
辻山 こんばんは。『本屋、はじめました』を今年1月に苦楽堂さんから出させていただきましたが、今日はその刊行イベントということでお集まりいただきました。この本にも登場していただいた、誠光社の堀部篤史さんをお招きしてのトークイベントです。
はじめになぜ堀部さんをお呼びしたのかというと、Titleがこの場所にできたのが2016年1月なのですが、堀部さんはその前の年の11月に、いまの店・誠光社を始められました。店のウェブサイトを同じウェブデザイナーの宇賀田直人さんに作ってもらっていたり、同じイベントが二つの店をまわっていたりと、いろいろと理由はあるのですが、この本の巻末で対談をしたときに、私には話しているあいだずっと面白いと思うことが多くて、もう少し話を深めたいなあというので、今回はわざわざお越しいただいたということです。
堀部 京都からまいりました、誠光社という本屋をやっています堀部と申します。
誠光社 撮影:小浜晴美
ご紹介いただいた通り、辻山さんとは店を開いた時期が近くて、また、辻山さんはリブロ、私は恵文社一乗寺店というところに勤めて独立しました。そのタイミングも近くて、取材の掲載誌でも〈東西の独立系書店〉のような感じで一緒に載せてもらうことも多かったんですね。
私は、今日初めてTitleさんにお邪魔させていただいたのですけれども、近しいというかシンパシーを感じる部分もある一方で、本も読ませていただいて、なるほどうちと全然違うなあという部分もあります。両方があるというか、不思議なんですよね。
辻山 きょうはせっかく堀部さんに遠くから来ていただいているので、まず堀部さんの話を聞くというところから始めさせてもらいます。
恵文社をやめて自分の店を持つと発表されたのは夏頃で、それも私とほとんど同じ頃だったと思うのですが、前から独立したいと考えていらっしゃったのですか。
堀部 よく訊かれるんですけど、いっさい考えていなかったです。どうしてもやめるって決めたときに、開業しようと思いました。その前は、「ここをやめたら何しようかな、 ゆくゆくは教員みたいな仕事ができたらいいな 」ぐらいに思っていたんですけど。やめるって決めた瞬間に考えたのが独立……
辻山 本屋を自分でやろうと。
堀部 うん、そうですね。
辻山 そうなんですね。じゃあやめる方が先にありきだった。
堀部 そうですね。やめたくなった。
辻山 私は、堀部さんが独立するということを、たぶんツイッターかなにかで見たと思います。自分の勝手な感想ですけど、「堀部さん、あきたんちゃうかな」って、そのとき一瞬思ったんですけど……。
堀部 ああ……そうですね。論理的な、こうだからやめて、こうしようというのはなくて、まあ全部後づけなんですよね。ぼんやりとしか考えていなくて、長期的なビジョンというのは基本的にないんですよ。
目の前の仕事をやってるうちに、ストレスであるとか、精神的になんか違うということが積み重なっていって。なんか違うっていうことは、バイアスなんですよね。
ほんとうは仕事でこっちのほうに行きたいのに、ずっとあっちに行っているから、からだに不調をきたしてしまって……。もうやめるってなったときに、こっちに戻る力がすごく強かったんで、ああじゃあ、今までなんか違うと思っていたことを排除していき、その反対のことをやろうと思いました。するとどんどん店をやる方法が具体的に見えていったんですね。で、それが結果的に、いまの店になった。
辻山 ということは、あまり人に言える話ではないかもしれないですけど、恵文社でもやもやというか、何か思うところがあったのでしょうか。
堀部 ありましたね。言えないという話では全然なくて、ネガティブなことでもないんですけど。やっぱり、私の店ではないということがまず第一にありました。
そのことに加えて、恵文社一乗寺店は、ある時からどんどん店を増床していったんですね。
辻山 生活館ができて、コテージもできましたよね。
堀部 計画的にやっているように外からは見えたかもしれないですけど、実際には隣の物件があいたからとかいう理由だったんです。「恵文社さん、最近景気よさそうやから借りてくれるでしょ」みたいな。借りるとなったときにはじめて、「さて、どうしましょう」と考えるんですよね。
2006年に生活館ができた頃は、辻山さんも本の中で〈白っぽい本〉と書かれていましたけれども、ライフスタイル誌やライフスタイルに関わる本の作り方が、変わってきた頃でもありました。クリエイティビティの注ぎ込まれ方というか……。それまでは実用本位だったものが、嗜好性やある一定の意志をもって作られるようになり、そうした本や雑誌がたくさん出てきた。
本屋や出版自体、世間の反映じゃないですか。そういうものが求められているから、出版状況が変わってくる。そういうものがひとかたまりのブロックになっていき、棚に反映されるんですよね。
だから増床してどういうものを増やすか考えたタイミングで、それまで棚がなかったライフスタイル本の棚をつくって、生活雑貨も置くというのは、経営上の判断でした。
でも増床によってレジをひとつ増やすということは、人をひとり増やさないといけない。それだけ本が売れるかというと、見ていてやはり難しいと予想される。コストはどんどん上がっていくのに、お客さんは増えるけどコアな部分の本を買う層は広がらない。
では何が買われるかというと、こまごましたエコバックとか紙袋とかそういうものなんですよね。だったら増床するならそこを増やさないといけない。
僕がよくたとえで言うのは、僕らのように新刊本や古本をよく買うような人ではない普通の人は、5000円の本を年3回とかは買わない。でも、5000円のバックや衣類を2、3着買う人は普通にいますよね。
なおかつ5000円の本を売っても利幅は2割なんです。たいていの本の単価はもっと低いですが。一方で5000円のバックを売ると利幅は4割、2000円ですよね。
そういう構造が、徐々に店のバランスをくずしていったんですよね。
「恵文社はなんとなくおもしろそうな本屋で人気の店だ。京都に行ったらあそこに行こう」そうやって結局増えていったのは、本を買うコアな層以外のまわりの層で、お客さんが増えるほど、本ではなりたっていないような店になるわけです。
私としては「ここは本屋で、カルチャーを発信しているんです」という立場だったのですけど、経営面では雑貨に助けられている感じだと、店長といっても雇われている会社員なわけですから、やはりストレスたまるじゃないですか。
辻山 自分のやりたいこととは、どんどん離れていっていると。
堀部 そうですね。その一方でスタッフの人数も増えて店が組織化されていったわけです。少ないメンバーでやっていたときは、固有名詞やソフトの話で意思疎通していたんです。「この本売りたい」とか「今度出た本はやばいから、絶対あれでイベントやろう」とか。
それがそうでなくなり分業になっていく。そうなると、ソフトや本の内容の話ではコミュニケーションをとれなくなっていくんですよね。システムやルールでみんなが働くようになる。でも僕はルールじゃなくて情緒の部分で働きたいというのがあったし、かつてはそうだったんです。
次回に続きます