海外ジャーナルに投稿する時のこと

新年度の授業が始まりました。今年はどんな学生さんたちとお会いできるのか、楽しみです。
私は英語でなかなか論文を書くことができず、書いても査読を通らず、これまで3本しか掲載されておりません(先日ようやく4本目を投稿したところですが、どうなることやら)。英語がとりわけ苦手、というわけではないのですが、どうしてうまくいかないのか、いくつか理由を考えてみました。
実際のところ、英語論文の書き方や表現方法を教えてくれる本はいくつも出版されています。私も学生の時に石井クンツ先生の本を読んだり、アカデミック・ライティングの授業を取ったりしていました。が、やはり本を読んで納得するのと自分でやってみるのとは全く違うのです(単に私の理解力や読解力が乏しいだけかもしれませんが)。基本的に、常に「泥棒きたりて縄をなう」方式で勉強してきたので……と書いていたら、自分が経験していないことを理解できないのでは、研究者としては致命的にダメなのではないかという気がしてきました。自分で書きながら気になったことをいくつか、メモしておこうと思います。

※以下、主に「すでに査読を通過した日本語の論文あるいは研究ノート等があり、それを元に英語論文として書き直して海外ジャーナルに投稿したい場合」について考えます。
※※私は↑のようなケースでこれまで3本投稿し、1本受理されました。「最初から英語論文として書く場合」は、これまで2本投稿して2本掲載されました。ということはいきなり英語で書くほうがいいような気もしないではないのですが、単にジャーナルとの相性の問題ではないかと思われますし、おそらく↑のようなケースの方のほうが多いのではと勝手に思っておりますので、それについて書きます。なお、両方やってみた結論としては、最初から英語で書くほうが楽です。その際には、私は日本語で箇条書きのメモをたくさん作って、それを切って貼って並び替えてから英語で書いています。でも英語だと細かいところまでうまく表現できなくて、そうなると思考も曖昧になりがちなので、最近は日本語の箇条書きの状態で完成させてしまってから英語にすることのほうが多いです。

(1)文脈の重要性
実際に自分で書いてみて、一番めんどうで面白いのは「自分の研究が読まれる文脈が異なる」というところでした。語彙や細かな表現は、最終的に英文校正者にお任せできます。しかし、「自分の研究が何として読まれるか」という問題や、節・パラグラフの組み立ては、英文校正者にはどうしようもない問題です(個人指導をお願いする場合は別です)。
博士課程1年生の時、オーストラリア国立大学に1セメスターだけ留学しました。その時に英語論文を書いてみようと思い(結局通らなかったのですが)、学内のAcademic Skills and Learning Centerというところにドラフトを持って行ったことがあります。頂いたコメントは「どの程度の知識のある人を想定しているのか?」「あなたはパラグラフの書き方を知らないのではないか?」という2点でした。どちらも非常に初歩的なことではあるのですが、今でもよく思い出して「またやっちゃった」と感じます。
つまり、これまで投稿してみた限り、私にとって日本語ジャーナルと英語ジャーナルの一番の違いは、言語ではなく、読者の前提知識の違いです。例えば、私の場合だと、これまで在日コリアンについて書かない論文というのは(書評論文以外で)ほぼありませんでした。日本の社会学雑誌に投稿する場合、例えば日本に在日コリアン(在日韓国人・在日朝鮮人・オールドカマー・などなど)という人間集団が存在することを全く知らない読者がいる、ということは、あまり想定してきませんでした。ですが、かつてJournal of Oral History Societyに投稿した際、査読者からついたコメントの中に「そもそも日本にエスニック・マイノリティがいるのか」「なぜコリアンが日本に住んでいるのか」といったものがありました。その時は査読コメントを読んで「まあ、そうだよな……」と1人でつぶやいてしまいました。

(2)先行研究を変える
自分の研究が読まれる文脈が異なるという話に関連して、先行研究が変わります。私の場合、日本において「在日コリアン研究」と呼びうる先行研究群があります。しかし、私が投稿したいと思っている海外ジャーナルの読者はどうでしょう。博士課程1年生の夏、初めてダニエル・ベルトー先生とカトリーヌ・デルクロワ先生にお会いした時、ベルトー先生は私の学会報告を聞いて「つまりあなたは、日本におけるサン・パピエの歴史を研究しているんですね」とおっしゃいました。私はそれまで自分の研究が「在日コリアンの生活史」以外の何かであるなどということを考えたこともなかったのですが、私の報告は、ベルトー先生にとって「日本におけるサン・パピエの歴史」でした。
ということは、その日その会場にいた人々は、それぞれの関心や部会のテーマ(確か「移住者の家族とbiography」というテーマだったような)に引きつけて私の報告を聞いていた(か興味がなければそもそも聞いていなかった)ということです。そして私は、もっとその部会のテーマをきちんと読み込み、そこに来る人がだいたい何を期待しており、彼らの関心やそれをもたらしている先行研究が何なのか、ということを勉強してから報告するべきでした(そのときは、ベルトー先生とデルクロワ先生はとても親切にコメントをくださったのですが、それは私自身の力ではなく、データの力だと思います)。
当たり前のことばかり書きますが、このときの先行研究は、外国語で既に読まれているものの方が、相手(最初の読者=査読者)にとっては理解しやすいです。でも、査読者が誰なのかなんてわかりませんよね。ということで、そのジャーナルに掲載された過去の論文の中で、自分の投稿しようと思っている論文に関係しそうなものをいくつか読んで、その論文が引用している本や論文をまた読んで、という作業を繰り返します。あるいはWeb of scienceなどの検索エンジンを使って、自分の研究のキーワードに関連するものの中で被引用数の高い論文を読んでいく時もあります。さらっと書きましたが、ここが一番時間がかかります。そして、自分が「わかったつもり」になって見落としていたことにたくさん気がつくところでもあります。

(3)中身を変える
先行研究が変われば、当然ながらイントロダクションの部分(論文の目的や概要を書くところ)も変わります。なぜなら、イントロダクションのところでは、「この論文は何について書くのか」「なぜそれについて書くことが重要なのか」を述べなければなりませんが、それは、先行研究と結びついていなければ書けないからです。データの考察の箇所や結論部分も変わります(私がこれまで書いた限りでは、分析の箇所はあまり変わりません)。私は分析部分では基本的に「データから直接言えそうなことはかくかくしかじかのことですよね」という内容を書いていますが、考察部分では、データから導かれる知見について、つまり、データを噛み砕いた結果何が言いたいのか、ということについて、先行研究と関連付けて説明するからです。結論部分については言うまでもありません。結論部分では、結局この論文で言ったことは何なのか、それは先行研究に対していかなる貢献をなしたのか、ということをもう一度まとめるからです。つまり、データとその分析以外の箇所はほぼ全面的に書き直す羽目になる、ということです。そうでなければ、オリジナルな論文を投稿したとは言えないので、全面書き換えになってしかるべきなのですが。
この時に、日本語から英語に移し替えていくと、かなり変な論文になります。以前、International Journal of Japanese Sociologyに投稿した時、査読者から「組み立てがロジカルでない」というコメントをもらいました。何をどうすればロジカルになるのか、という問題については、おそらく数多く出ているパラグラフ・ライティングの教本が役に立つかと思われます。が、私の場合はとにかく「オチ→オチの理由→理由をいうためのデータ→オチ(→オチから導かれる「もう一声」、つまり、ファインディングを先行研究に関連付けた時、先行研究に対していかなる発見があり、それがどのような点で貢献できるのか)」の順になるように、そして日本語で書く時ならなんとなく流し読みできてしまうような表現をすべて削るようにしています。この作業については、元になる日本語の文章があることで、逆に足を引っ張られてしまうようです。

(4)最後に
海外ジャーナルに投稿する時に一番楽しいのは、実は、先行研究を変える時です。このジャーナルを読む人は何に興味があるのかな、私の研究はどういう風に読まれるのかな、この先行研究に関連付けるのはどうかな、へえこんなこと言ってる人がいるんだ、などなど思いながら読んでは書き読んでは書き、というのは、時間もかかるし面倒ではありますが、そもそも勉強というのは時間がかかるし常にちょっと面倒なものだと思います(むしろ面倒でなくなってしまったら、私の場合は堕落し始めているんだろうと思います)。査読コメントを読んで悔し涙で枕をぬらす(いやむしろ壁を殴って指を傷める)こともしょっちゅうですが、そういう「ちょっと嫌なこと」を繰り返すのが楽しいような気もします。

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