がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点
コラム
“画期的ながん治療”の罠(2)~エビデンス・ベースト・メディアのすすめ
“がん治療最前線、どんながん細胞をも認識し狙い撃ちする「ナチュラルキラー(NK)細胞」”とうたった、がん免疫細胞療法セミナー開催の広告が、今年になり、大手新聞の各紙に掲載されました。
大手メディアに、たとえ広告とはいえ、このように“がん治療最前線”などと掲載されると、信じてしまうのではないでしょうか。
ましてや、実際にがんになっている患者さんや、ご家族にとっては、 藁 にもすがる思いで、このセミナーを受けてみたいと思うのが当然のことと思います。
このように、保険治療外で自由診療として、がんにあたかも効果があるようなことをうたい、高額な免疫細胞療法を提供するクリニックがここ数年で相当に増えています。
がんの患者さんは、訴訟リスクが少ないとみられているせいか、最近では、一部の美容外科クリニックも、こうした、がんの免疫細胞療法に手を出しています。
進行がん患者を対象にしたビジネスに
「効果がないことが前もってわかっていたら、もっとやることがあった。子供や孫に少しでもお金を残しておくべきだった。孫ともっと遊びに行けばよかった」
こう語るのは、全財産をなげうって、700万円かけて、免疫細胞療法を受けた60代の患者さんです。
標準治療が終了して、主治医から緩和ケアを勧められたのですが、どうしてもあきらめきれないと、半年間、保険外の自費診療で、免疫細胞療法を受けたのですが、結局効果はありませんでした。
このような免疫細胞療法を受けようとする患者さんは、ほとんどが進行がん患者さんです。
患者さんは最後の望みをかけて、免疫細胞療法を受けるのですが、実際には効果がないばかりか、患者さんにとって大切な時間やお金も奪ってしまいます。
免疫細胞療法をやっている会社は上場企業となり、ビジネスモデルとして成功しているケースも多く、その資金力をいかして、さまざまなメディアで大規模な宣伝広告をしているのです。
藁にもすがる思いの弱い立場のがん患者さんの不安心理を利用したこのようなビジネスというべき行為は許されることなのでしょうか?
今回はこうした問題について考えてみたいと思います。
正しい免疫療法のすすめ
免疫細胞療法のエビデンス(科学的根拠)に関しては、このコラムにも何度も書いてきました(「正しい免疫療法のすすめ(上)(下)」)。
“免疫療法”と聞くと、免疫力でがんをやっつけ、副作用のない、画期的な治療法の印象があります。
ただ、免疫療法は、これまで、数十年にわたって、たくさんの研究がなされてきましたが、やっと本物と言えるものが出てきたという状況なのです。
“本物“というのは、きちんと医学的に効果が確かめられたというエビデンスが証明されたということです。
この本物の免疫療法は、免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれるものです。この話は、「正しい免疫療法のすすめ(下)」に詳しく書きましたので、こちらを参照してください。
免疫チェックポイント阻害剤が本物の免疫療法と呼べるのに対して、従来の“免疫細胞療法”に関しては、きちんとした効果はこれまで示されていません。
効果が示されていない=今後期待ができる?という誤解
こうした免疫細胞療法に対して、「効果が示されていなくても、今後、期待ができるのではないか?」と思われるかもしれませんが、これまで、患者さんを対象として行われた臨床試験は、実際、ほとんど全て失敗に終わっているのです。
新しい薬や医療が承認されるまでのしくみは、以前にも書きました(「標準治療って何?~標準治療はどうやって決まるのか?標準治療の誤解~(上)」)。
効果の確かめられていない新しい治療は、臨床研究や臨床試験として、厳密に患者さんに行われます。
新しい治療は、効果が期待できるというメリットがありますが、逆に、効果がないことや、未知の副作用にさらされる危険、また、患者さんの大切な時間を奪ってしまうリスクもあります。
実際に、がん治療薬に関しては、現在でも、全世界で数百の臨床試験が行われていますが、ほとんどが失敗に終わり、実際に有効性を示し、承認にまでいたる薬剤はほんのわずかなのです(1)。
このように新しい治療は、必ずしも効果があるとは言えず、さまざまなリスクもあるため、効果の期待があるからと誘導するようなことは、倫理的にも許されることではありません。
ある治療法の有効性を示すために行われる臨床試験は、多数の患者さんのデータが必要です。
1例や2例の患者さんに効果を示したとしても、たまたま効果があったのかもしれません。他の治療をやった場合にも同じ効果が出る可能性もあります。また、他の治療法のほうが、もっと良い効果を示す可能性もあります。
通常、がんの臨床試験では、有効性を示すためには、数百例以上の参加者が必要になります。
また、ただ、患者数が多ければよいのか?というと、そうではなく、有効か無効か判定するため、あらかじめ、必要な患者数が計算可能なのです。
ある程度の患者数があれば、新しい治療が有効か無効かわかります。
つまり、臨床試験の結果、有効とわかれば、早く保険承認になるよう、データを政府に速やかに提出し、承認してもらえばよいですし、臨床試験の結果、無効とわかれば、無効な治療をこれ以上、患者さんに続けることのないように無効であったことを公表し、研究は中止されるべきなのです。
ある免疫細胞療法のクリニックでは、「数千例の実績」があるなどと宣伝しているのですが、きちんとした臨床試験をやれば、数千例の実績は必要なく、数百例でも承認され、保険適用となります。
逆に言うと、「数千例の実績」があるのに、承認されていないということは、その「数千例の実績」というのは、誰のための実績でしょうか? 数千例をもってしても明らかな実績を示せず、保険承認されないような治療は、患者さんを無駄に危険にさらしている可能性がある、とも言えると思います。
また、免疫細胞療法は、費用が高いから承認されないのだという誤解もありますが、“本物”の免疫療法のオプジーボ(一般名ニボルマブ)は、肺がんの場合、体重60キロの患者が1年間使うと約3500万円(薬価改定により減額されましたが)かかる治療薬が、きちんと臨床試験を行うことにより承認されています。
実際に、オプジーボが肺がんに承認になったきっかけとなった二つの臨床試験(臨床第三相試験(2、3))では、二つの試験を合わせて、854人の患者さんの参加により、オプジーボは承認となりました。
私は、保険外の治療を希望される患者さんによくお話しするのですが、「日本は、世界に誇る皆保険の国であり、良い治療はすぐに承認するシステムができています。逆に、保険適用になっていない治療法は、効果があるとは言えず、積極的に勧められる治療ではないのです」と。
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