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スマホ中毒を阻止せよ! 元グーグル幹部の孤独な闘いがはじまった│前編

From The Atlantic (USA) アトランティック(米国)
Text by Bianca Bosker

PHOTO: ISTOCK

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スマートフォン上で眺めるウェブサイトも、あるいはオンラインのサービスやアプリも、すべては人を「中毒」にさせるためにデザインされている。決して、人々の幸福のためにデザインされているわけではない──。

グーグルの「製品哲学担当者」だったトリスタン・ハリスは、1年前に同社を去った。地獄のようなデジタル中毒を、世界から根絶するために。

ポケットのなかのスロットマシン

ある夜のサンフランシスコ。かつてグーグルの「プロダクト・フィロソファー(製品哲学担当者)」だったトリスタン・ハリスは、パジャマ姿の男から名札を受け取り、自分の偽名「Presence」を書きこんだ。

ハリスは「デジタルデトックス実験」のイベント「Unplug SF」にやってきたのだ。ここでは、主催者によって本名を使うことを禁じられている。本名だけではない。時計、「w-talk(仕事の話)」、「WMD(Wireless Mobile Devices / 移動無線デバイス)」も禁止されていた。

赤褐色の髪で、こざっぱりとした顎ひげをたくわえた華奢な32歳のハリスも、iPhoneを使えなくなった。ハリスは、iPhoneの中毒性は相当なものだと考えており、それゆえこのデバイスを「ポケットのなかのスロットマシン」と呼んでいる。

トリスタン・ハリス

トリスタン・ハリス


ハリスに続いて、私も広い会場に入った。集まった400人近い人々は、顔をペイントしたり、塗り絵をしたり、箸に糸を巻き付けたりしている。陽気なサマーキャンプの雰囲気だ。

だがこのイベントは、スマホの持ち主(ある調査によれば、人がスマホを1日にチェックするのは150回におよぶ!)に対し、二者択一の選択を思い出させるためのものだった。スマホの電源を入れたままにして、画面チェックの絶え間ない刺激に身を任せるのか、それとも完全に電源を切るのか──。

「でも、オール・オア・ナッシングの選択である必要はないのです。構造上の欠陥なのですから」

目の前で展開される図工の風景を眺めた後、ハリスは私に言った。

「自己責任」を機能停止にさせる

ハリスはシリコンバレーのなかで、良心に最も近い男である。「Time Well Spent」の共同創立者として、彼はソフトウェアの設計に際して、道徳的な一貫性を持たせようとしている。

彼はテクノロジーの世界に対して「人がより簡単にデバイスから離れられるようにする」ことを求めているのである。

スマホ中毒を、意志の弱さなど個人的な欠点のせいにする人もいるが、ハリスはそう考えていない。ソフトウェアそのものが原因だというのだ。

自分のスマホをチェックしたいという欲望が生じるのは、もともとアプリやウェブサイトが、可能なかぎり頻繁にスクロールされるよう設計されている以上、自然な反応である。

人々の注目を集める企業に利益がもたらされる「アテンション・エコノミー」により、ハリスのいう「脳幹の底部までのレース」が始まった。ハリスはこう説明する。

「人は『これは私の自己責任です』と言って、デジタル機器を使うときに自制心を発揮しようとするかもしれません。しかし、そのスマホのスクリーンの向こう側では、何千もの人々が、その『自己責任』を機能停止にしようと働きかけつづけているのです」

つまり、ユーザーをコントロールするために、技術はどんどん狡猾に進化している。そのため、もはや人々は、技術と自分との関係をコントロールできなくなっているのである。

PHOTO: ANIKEI

PHOTO: ANIKEI


シリコンバレーは見直しを!

Time Well Spentの後援のもと、ハリスはソフトウェア・デザインを根本から変える運動を主導している。彼は製品デザイナーたちを集めて、「ヒポクラテスの誓い」をソフトウェアに埋め込もうとしている。それにより、「人間の心理的な弱点を突く」行為を食い止め、ユーザの「行為主体性」を回復させる、というのだ。ハリスは言う。

「新たな評価、新たな基準、新たな設計が必要なのです。中毒にならないようなデザインは存在するのですから」

ジョー・エーデルマンはハリスのことを、技術と社会の問題の解決に注力したラルフ・ネーダーになぞらえる。ニューヨーク大学教授(マーケティング学)のアダム・オールターらも、ハリスの見解に賛同する。

シリコンバレーのベンチャー・キャピタリスト、ジョシュ・エルマンは、ハリスのことを「このような方法でまとめた初めての人」だという。「まとめた」というのは、問題、社会的費用、そして解決するためのアイディアを統合させた、ということだ。

エルマンは現在のIT業界を、たばことガンの因果関係が立証されていなかった時代の大手たばこメーカーにたとえる。彼らは貪欲に顧客が望んでいる以上のものを提供しようとするが、同時に人々の生命を脅かしているのだ。エルマンは言う。

「ハリスは、シリコンバレーがVR(仮想現実)のような没入型テクノロジーを進めてしまって引き返せなくなる前に、見直すことができるようなチャンスを与えているのです」

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