目指したのはハイボールとしての美味しさ「幼女戦記」上村泰監督インタビュー
原作ノベルを読んだ感想は「やるとしたら大変な現場になるな」だったという上村泰監督
テレビアニメ「ダンタリアンの書架」や「パンチライン」といった作品で監督を務め、その柔軟で繊細な演出力を認められて「幼女戦記」の監督を務めることとなった上村泰監督。第1話冒頭からの重厚な戦場シーンと、会話シーンでの細やかな演出。メリハリの効いた画面構成で見る人を飽きさせません。はたして、どのような部分に気を配っているのか。本作に対する熱い眼差しを感じられるインタビューをお届けします。
――上村監督に「幼女戦記」の話が来たのは、どういう経緯だったのでしょうか。
上村泰監督(以下、上村):以前から面識があったスタジオ・チップチューンの奈良井昌幸社長と、その後NUTを作る角木卓哉プロデューサーから「こんなタイトルがあるんだけど」と連絡が来て。原作を手に取ってみたらすごく分厚い!(笑) さっそく読みましたね。
――読んだ感想はいかがでしたか?
上村:やるとしたら大変な現場になるな、というのは予想がつきました。それから情報量も多いですし、ターニャ以外の心情も細かく書かれているので、逐一拾っていくと小説の持つ面白さが、かえって伝わりづらくなるなとも感じました。
――“小説の面白さ”は、どういうところにあると思ったのでしょうか。
上村:まず、戦争に対する描写ですよね。戦場だけでなく、政治的な駆け引きの話もかなり詳しく書かれています。本当はそこも詳しくやりたかったし、おじさんたちの話だけで終わっていくというのもアリというか、これはこれですごく面白そうだなと思ったんです。でも、やっぱりアニメから入るお客さんにとってはハードルが上がりすぎてしまうんですよね。
――そこで軸を通したわけですね。
上村:そうですね。ターニャがうまく立ち回ろうとしながらも周囲に振り回される。そこを描きながら政治や敵国家がどう動いていくのかを見せよう、という話を(原作者の)カルロ先生や(シリーズ構成の)猪原さんとしましたね。
――その視点からカットする箇所を考えていった、ということですね。
上村:原作ファンからすると、アニメはちょっとライトな印象を受けるかも知れません。企画の初期段階でどなたかにもお話ししたのですが、「原作小説はウイスキーのロック、アニメはハイボールでいくんだ」という、自分がウイスキー好きならではの話をさせていただいたんです(笑)。ハイボールはウイスキーを割ったものだけど、ハイボールにはハイボールにしかない美味しさってあるじゃないですか。だから、ターニャの魅力を中心に構成していくと。
――お酒を飲める人には、とてもよく分かる例えですね。今回はビジュアル化という作業も苦労されたのではないでしょうか。
上村:キャラクターデザインは原作小説の扉絵のインパクトがものすごく大きいので、そのニュアンスをしっかり出していこう、と話させていただきました。戦争や戦場の描写も、カルロ先生が非常にこだわっているというのは原作から十分伝わってきましたので、異世界ベースとは言え、できるかぎり調べた上でビジュアル化しています。
――“存在X”の描写は放送に載せる上で、かなり苦心されたのではないでしょうか。
上村:非常に悩みましたね。存在Xをどうするのかに関しては何か月間か、ずっと話し合っていました。小説ならではの描写で面白く表現していたところが、あまりに具体的になってしまうのはどうかと。フワッとした中でインパクトはどう出せるのか。第2話でフラッシュモブ的な形に落ち着いたのは、プロデューサーの角木さんからのアイデアでした。とはいえ、そこから最終的に今の形に落とし込むまでも、しばらく悩みましたね。
――実は存在X自体の描写をやめようかという話もあったということをうかがいました。
上村:ええ、ありました。存在Xとターニャのおっさん部分を全部カットしたらどうかと。ただ、やっぱり「幼女戦記」では、幼女の中身がおっさんであるというところが挑戦すべきところだし、存在Xとのやりとりは彼女の生存と保身への決定的なモチベーションでもあるので、外すわけにはいかん、と。その中で悠木さんにはおっさんの演技をやってもらっています。
――ターニャのモノローグではサラリーマンとしての声が流れますが、それも悠木碧さんというのがまた驚きのポイントでもありましたし、毎回すごく楽しいですよね。
上村:悠木さんには本当に助けられているというか、ちゃんとおっさんなんですよね。失礼な話ですが、悠木さんがおっさんに聞こえる(笑)。その上でちゃんと幼女も演じていただけているので助かってますね。実は最初、僕はモノローグは男の声がいいと言っていたんです。でも、KADOKAWAの田中プロデューサーから幼女の方がいいと提案があって、何週間か話し合いを経て、この形になりました。
――演出的なお話もうかがいたいのですが、この作品は会話シーンも多く、絵コンテでかなり気を遣われたのかなと思うのですが。
上村:そうですね。原作を読んだ時にゼートゥーアとルーデルドルフとレルゲンが非常に魅力的なキャラクターだったので、しっかり描かなきゃと思ったんです。だから、全体演出も大人向けの落ち着いた雰囲気を、と最初から意識していました。タイトルに似つかわしくないアダルトな演出を。参謀本部の3人を演じている大塚芳忠さん・玄田哲章さん・三木眞一郎さんの掛け合いもたまらないですよね。普通のシーンを“普通にカッコよく演じる”というのは、とても難しいんです。それを「これだ!」というところで演じてしまう。だから、アフレコは毎回楽しみです。
――会話中に一瞬抜かれる表情など、駆け引きの演出も印象的です。
上村:1カットで収めがちな会話シーンも気を遣っています。特にゼートゥーア。あの人は相手をすごく観察しているけど、そうは見せない。相当冷たいはずだけど何を考えているかわからない、という部分をうまく演出できたらいいな、と。一瞬表情を抜いて見せることで、心情の微妙な変化を拾っていくというのは、ものすごく気をつけています。
――また、コメディ的な部分も確実に押さえています。
上村:原作からそうで、固いだけの小説じゃないんですよね。ここが「幼女戦記」である所以でもあるし、カルロ先生のすごさでもあります。笑いとシリアスのバランス感覚が凄まじい。なので、それを映像に落とし込んでいこうと考えました。僕も笑わせるのが好きですし、絶対に外せないな、と。第4話が顕著ですが、社畜幼女のターニャが鬱々と考えて行って、どんどん裏目に出ていく。原作で読んでいても痛快なシーンだったので、どうにか映像にしていきたいと考えていました。
――各話ともテンポ感がよくて、1話にみっしり詰まっている感じで見応えがあります。
上村:猪原さんの構成のうまさだなあ、と回が進む毎に感じますね。
――ちなみに絵コンテを描いていて筆が乗るキャラクターはいますか?
上村:描きやすいのはターニャで、楽しいのはヴィーシャです。この先、話が進んでいくと分かるんですけど、ヴィーシャはすごいキャラクターですよ。ただシレッと流れていくことなので、気がつかない人は気がつかないと思います。筆が乗るということであれば全部ですね。描いていて楽しいです。すごく。日常芝居も戦闘も。
――現在も制作中とは思いますが、苦労したという部分はありますか?
上村:自分の作業的なことでいえば、やはり絵コンテですね。今回は特に第一次、第二次世界大戦の知識が問われますし、やはり戦争描写は単純に大変なんです。ただ、この作品に入る前にとても大変な絵コンテを2作品やったんですけど、その経験が今活かされているので、あの時苦労しててよかったな、と思っています(笑)。
――猪原さんが12話中、10話に戦争シーンを書いてしまったと悔やんでいらっしゃいました。でも、誰もNGを出さなかったとか。
上村:あははは(笑)。本当に! NUTが新しい会社だから、そういう無謀なことに挑戦するんだと思います(笑)。いや、10話に戦闘シーン出てくるって、とんでもないですよね(笑)。でも、上手いアニメーターさんたちが集まってくださっているので、非常に助かっていますよ。
――それでは最後に第7話以降の見どころと、視聴者の皆さんへメッセージをお願いします。
上村:第5話から戦争が始まりましたが、物語の流れが大きく変わるのは第7話からです。恋愛なんて遙か彼方にあるような作品で、ネタ的にご覧になっている方は心が抉られるかも知れません。でも、恋愛ものにはないものをお届けできると思います。原作からのファンの方は、アニメとコミックの両方を見比べていただけると非常に面白いんじゃないかと思います。どちらも原作をただなぞっているだけではないし、独特の面白さがあります。アニメからの方は、出てくる銃の種類など細かい部分で楽しんでもらうという見方はもちろんできますが、単純にターニャの行く末を楽しんで観ていただくということが一番大事かなと思っていますので、ハイボールとして、おいしく召し上がっていただければ嬉しいです。【取材・文=細川洋平】
■テレビアニメ「幼女戦記」
放送 :AT-X…毎週金曜22:00~ ※リピート放送あり
TOKYO MX…毎週金曜25:05~
サンテレビ…毎週日曜25:00~
KBS京都…毎週日曜23:30~
テレビ愛知…毎週日曜26:05~
BS11…毎週月曜24:30~
先行配信:AbemaTV…毎週金曜25:35~
一般配信:ニコニコ動画・GYAO!ストア・Rakuten SHOWTIME・ひかりTV・バンダイチャンネル・U-NEXT・J:COM オン デマンド・PlayStation®Store・DMM.com・ビデオマーケット・HAPPY!動画・ムービーフルPlus
スタッフ:原作…カルロ・ゼン(「幼女戦記」/KADOKAWA刊)/キャラクター原案…篠月しのぶ/監督…上村泰/キャラクターデザイン・総作画監督…細越裕治/シリーズ構成・脚本…猪原健太/アニメーション制作…NUT
キャスト:ターニャ・デグレチャフ…悠木碧/ヴィーシャ…早見沙織/レルゲン…三木眞一郎/ゼートゥーア…大塚芳忠/ルーデルドルフ…玄田哲章
リンク:アニメ「幼女戦記」公式サイト