phasonの日記: 物性物理の聖杯,金属水素がついに実現……か? 1
"Observation of the Wigner-Huntington transition to metallic hydrogen"
R. P. Dias and I. F. Silvera, Science, in press (2017).
※今回のこの話題に関しては,金属水素の室温での超伝導の可能性だとか,圧力を取り除いても準安定状態で金属水素が取り出せる可能性だとか,それによって超高圧縮状態の固体水素が作れるんじゃないかとかそういった話が出回っているが,そういったことが実現する可能性は非常に低いことは心に留めておいてほしい(いやまあ,今回の実験を遙かに超えるような超超高圧下なら室温超伝導もまあ出ても良いのだが……).
確かに軽原子は振動数が高いため,BCS理論などの予測にあるように非常に高い超伝導転移温度が実現できる可能性はゼロではない.しかしながら,超伝導転移温度は様々な要因による決まるものであるため,水素だから室温超伝導,というわけでもない.
ましてや,金属水素を準安定状態として常圧下に取り出せる可能性は,ゼロではないが今のところかなり低いと思っておいた方が良い.
一応,いろいろな仮定(いってしまえば,有利な仮定)をおいた理論計算から,「常圧下に準安定状態として取り出せる可能性もゼロではないよ」とか「その状態で室温超伝導を示す可能性もゼロではないよ」とかの論文はあるが,十中八九無理,万一できたら儲けもの,ぐらいだと思っておいた方が良い.
物性物理/固体物理の聖杯,金属水素探索の最新版である.
金属の電子物性,バンド構造の議論をする場合,仮想的なモデルとしてよく用いられるのが水素原子のような「緩く束縛された電子を1個だけもつ原子が,十分密に詰まった系」である.こういった系の特徴は容易に計算でき,金属の伝導に関する知識を学ぶのに適した系であるといえよう.もちろん現実の水素原子は二原子分子を構築してしまうため,このような単純な描像は成り立たなくなってしまう.
さて,もし水素ガスが十分に強い圧力によってぎっちりと圧縮され,分子間距離が十分に縮んだらどうなるだろうか?こうなるともう二原子分子という描像は成り立たなくなり,シンプルなモデルで考えたような「電子を1つだけ持つ原子がみっちり詰まった金属状態」,つまりは金属水素が実現できると単純には考えることができる.
このような示唆に富んだ……しかしながら脳天気な……予測がWignerとHuntingtonによってなされてから80年以上,高圧物性の研究分野において金属水素を実現しようという試みは星の数ほど行われてきている.ところが水素は,当初の楽観的な予測である25 GPa(=約25万気圧)で金属化しなかったどころか,様々な理論的予想を裏切り続け,ついには100 GPaを超えても金属化しないという,いわば物性物理における聖杯のような状況となっている(*).
これはまあ,水素分子というものの結合がかなり強く,しかも分子のパッキングの仕方がいろいろある&水素原子自体の量子性もかなり効くなど,実は意外に計算が難しいということでもあるのだが.このため,金属水素の探索(と未発見)は高圧技術や固体電子状態の第一原理計算などに多くの刺激を与え,それらの発展を促進してきたともいえる.
(*)ただし,木星内部などの非常に高圧の領域では水素が勝手に圧縮され金属化していると予想されている.このようにして生じた金属水素は対流によるダイナモ機構により強力な磁場を生み,木星型惑星の進化に大きな役割を果たしていると考えられている.
閑話休題.
そんないつまでたっても手の届かなかった金属水素であるが,近年,ようやくその尻尾が捕まり始めている.一つはパルスレーザーを用いた衝撃波による圧縮であり,非常に高温・高圧を実現できるため金属伝導と思われるものが観測されている.ただし,パルス状の圧縮であるため現象が非常に瞬間的で,その測定結果にはいくつかの実験上のエラーが入り得ることや,断熱圧縮による加熱の影響が大きい点がやや難点である.
もう一つは,とにかくダイヤモンドアンビルセルでガンガンに圧力をかけまくるという手法なのだが,金属化まであと一歩のところまで来たものの加圧の限界が見えていて実験が困難,という問題点もある.
今回報告されたのは,細かな工夫を重ねることで印可圧力をぎりぎりまで高めた結果,水素が金属光沢を示すようになった,というものである.
まず実験上の工夫であるが,著者らは「どうやってダイヤモンドアンビルセルの破損を防ぐか?」という点を追求した.著者らの考えるセル破損の原因は,表面に微細な欠陥が存在することによる応力の集中による破損,高圧下での水素の侵入による劣化,そしてレーザーによるダメージである.
まず前者の欠陥を除くため,セル内側表面を5 μmほど鉄を用いた化学研磨により削り取り,きれいで欠陥の少ない表面を作成した(AFMによる観察で,表面粗さ1 nm以下).さらに歪み・内部応力を取り除くために真空中でアニールする.
続いて水素の侵入に対する対策だ.水素の侵入は当然温度が高いほど起こりやすいので,実験中はダイヤモンドアンビル全体を液体窒素温度または液体ヘリウム温度に保ち,複数回のランの間もその温度に保っている.室温への昇温を行わないことで劣化を最小限にするわけだ(その代償として,室温での実験はあきらめている).また,アルミナが水素の侵入に対しバリアとなることが知られているため,セル内部を50 nmの厚のアモルファスアルミナで覆った.なお,2000 Kまでの高温においても,このアルミナ被膜が高圧水素によってやられたり,逆にサンプルを汚染しないことは過去の実験で確認済みとのこと.
レーザーに関しては,かなり弱いものや,赤外領域のレーザーであってもダイヤモンド表面のグラファイトかを促進するため,できる限り使用を控えた.特に青色あたりの領域はダメージが大きいので使用には注意が必要である.そのため,著者らは観測においてはできるだけ赤外,しかもレーザーではなく熱源によるインコヒーレントな光(まあ要するに白熱電球の仲間)を用いた.
次に問題になるのは圧力の測定だ.88 GPaまでは,ルビーの蛍光波長が圧力依存することを用いる通常の手法を用いている.135~335 GPaの領域では,赤外分光による水素分子の振動波長を用いることで圧力を測る.この段階では水素はまだ透明であり,様々な計算との組み合わせにより赤外吸収と圧力との関係はだいぶわかっているといえる.
これ以上の超高圧領域では,超高圧下で生じるダイヤモンドのラマン散乱を利用する.圧力とダイヤモンドの振動との関係も計算などを組み合わせある程度正しいと信じられる関係式が知られているので,これを用いて圧力を決定する.ただしRaman散乱の測定にはレーザーが必要となるので,ダメージを最小化すべく最高圧力とあと1点程度のみを正確に求め(その結果,最大荷重でセルをつぶしたときの最高圧力が495 GPaと求まった),それ以外の点では圧力がかけている荷重にほぼ比例するだろうということで大まかな予測を行う(検証を見る限り,ほぼ正しいと思われる).
測定は,主に光学的手法によるものとなる.それもほとんどは分光というようなものでもなく,弱い光を当て,その反射をカメラで検出する,というようなものだ.
では,その結果を見ていこう.圧力が335 GPaを超えたあたりから,水素は明確に不透明の黒色へと変化していった.これは以前にも観測されているもので(ただ,その際はもうちょっと低圧で生じると報告されていた),ギャップの狭い半導体か,やや伝導性のあるものであると考えられている.
その後しばらくは黒色のまま推移したが,圧力を465 GPaから最高圧である495 GPaに切り替える間のどこかで,サンプルが急激に金属光沢を放つようになることが観測された.装置の都合上この間を細かく測定することはできていないが,もしこの金属光沢の発生が金属水素への相転移であると仮定すると,その転移圧力は465~495 GPaの間のどこかにある,ということになる.
金属光沢が確認されたので,著者らはいくつかの波長で反射率の測定を行っている.といってもまあ,使用しているのはたったの4波長(1550,647,532,405 nm)であるのだが,あまりいろいろなレーザーを当ててセルを壊すわけにもいかないのでしょうがないのだろう.
測定した生データでの反射率は,例えば5 K,495 GPaでは,各波長で順におよそ0.9弱,0.85,0.67,0.52程度となる.ただしこの圧力ではダイヤモンドによる吸収がそこそこあるので,それを大まかに見積もって補正すると全波長域で反射率はおよそ0.9~0.85の間程度,となる(短波長ほど少し下がる).これだけ高い反射率ということは,確かに金属的な可能性が高いとは考えられる.
反射率の波長依存を直線で近似し,それに対してドルーデモデルを適用することでプラズマ周波数を見積もっている.それによると,5 Kでプラズマ周波数がおよそ32.5 eV,ここから(ドルーデモデルが成り立つとすると)キャリア密度が計算でき,およそ7.7×1023/cm3となる.この値は,この圧力下での水素原子の密度の理論予測の数値とほぼ一致しており,ということは水素原子1つあたりちょうど1つの伝導電子がいる,つまり水素が単原子状の金属水素となっていることを示唆しているといえる(水素分子のまま金属化すると,キャリア密度が変わる).
ただまあ,たった4点の測定点で強引にドルーデモデルを適用しているので,このあたりの議論に関してはまだかなり怪しい部分もあり,今後さらに詰める必要もあるだろう.
というわけで,金属水素探索の最新版であった.
限界ぎりぎりの圧力で高反射状態が出た,というのはなかなか興味深いが,まだまだ詰めなければならない点は多い.とはいえ,着実に進んでいるようで何よりである.
可能性もゼロではない(専門用語) (スコア:0)
一般人の用語に翻訳すると、「ありえない(断言)」ですね。