ビジネスパーソンにとって、社内で率直な意見を交わし、仕事の本質やミッションを振り返ることは、自らのモチベーションやチームの結束を高めるうえでも重要なことです。
けれどもお互いの状況が「分かりすぎている」からこそ、雑談が単なる愚痴になってしまう。利害関係があるため、率直な意見を述べることができない… と悩む読者も多いのではないでしょうか。
以前取材したこともある予防医学研究者の石川善樹さんの著書『疲れない脳をつくる生活習慣』において、「ISMOCK」という雑談の会が紹介されていました。そこでは石川さんをはじめ、各分野の第一線で活躍する方々が、フラットな場で雑談を交わしているといいます。
「ISMOCK」を主宰しているのは、株式会社ほぼ日の取締役であり、CFOの篠田真貴子さん。コピーライターの糸井重里さんが代表取締役を務める会社では、ウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』や『ほぼ日手帳』が絶大な支持を集めています。
篠田さんが日頃社内で交わす雑談とは。そして「ISMOCK」を立ち上げたきっかけ、そこで得られたのとはどんなものなのでしょうか。詳しく話を伺いました。
PROFILE
- 篠田真貴子
株式会社 ほぼ日 取締役CFO - 慶應義塾大学経済学部卒業後、日本長期信用銀行(現新生銀行)に入社。約4年勤めた後、アメリカへ留学。ジョンズ・ホプキンス大学国際関係論修士号、ペンシルバニア大学ウォートン校MBAを取得。その後マッキンゼー・アンド・カンパニー、ノバルティスファーマ、ネスレニュートルションで経営コンサルティングや人事、経営企画に携わる。2008年に『ほぼ日刊イトイ新聞』を運営する東京糸井重里事務所(現株式会社ほぼ日)に入社、2009年より現職
「4カ月に1回の席替え」が創造的な雑談を促す
ー篠田さんは2009年からほぼ日のCFOを務めていらっしゃいますが、具体的にどのようなことに取り組んでいるのでしょうか。
小さな会社なので、「管理部門全部」という感じでしょうか。みんながやっている様子を見守りながら、「大丈夫、それで合ってるよ」と励ましたり、困ったことがあったら相談に乗ってあげたり・・・ というか、一緒に「さぁ、どうしようか」と考える感じですね(笑)
まわりからすれば、「篠田さんに投げておけばなんとかなる」と思われている節があるというか。(代表取締役)社長の糸井(重里)さんがあまり得意でない管理的な仕事全般を「はい、お願いね」という感じで、まるっと引き受けています。
ーほぼ日では社員のことを「乗組員」と呼んだり、事業戦略が評価されて「ポーター賞」を受賞したり、ユニークな組織運営をされている印象があります。
組織としては非常にフラットというか、一般的な会社の管理部門とは異なる部分が多いかもしれません。
一応、管理部門には法務や経理など、それぞれの持ち場はあるけれど、いわば社内を「お客さま」と捉えて、自分たちが役に立てるように「御用聞き」するというか、必要な情報を取りにいくんです。「たまたま耳にしたんだけど・・・」「これって大丈夫?」みたいな感じで。
昨日もちょうど、法務と企画担当者が3人で立ち話してたところに通りかかって、「あ、ちょっといいですか?」と呼びとめられて、15分くらい話しましたね。
ーオフィスも比較的皆さんが見渡せる感じで、話しかけやすい雰囲気がありそうですね。
このオフィスだけで契約社員やアルバイトも含めて80名くらいですから、わりと全員見える感じではありますね。もちろん、誰かと話すときには席のところまで出向きますが。
席は4カ月に1回、席替えをするんですよ。ですから、隣にはまったく異なる部門の人がいますし、関連部門の人と話すにも歩き回らなければなりません。必然的に、雑談も生まれて、まわりがどんな仕事をしているのか、なんとなく把握できるようになります。
ー「雑談を生む」ために、あえてそういうことをしているのでしょうか。
「雑談を生む」ためではないんですが、例えば経理とデザイナーのように異なる仕事をしている人の間の壁を低くしたい、というねらいは最初からありました。
雑談でいえば、糸井さんも雑談が好きな人ですし、ほぼ日が始まったころは一軒家のオフィスでしたが、そのころから今にいたるまでそこかしこで雑談して、「あ、それいいね!」みたいな感じでそれをコンテンツ化したり、商品化につなげたりしてきました。
雑談がアイデアの源泉にもなっていて、そういうものが会社のルーツにありますね。
ー社内で行う「雑談」が新たなアイデアを生む一方、同情や愚痴めいたものになってしまい、あまり建設的な機会にならなかったりするのでは… という懸念があります。
そりゃ、大人が何人か集まって雑談するわけだから、愚痴になることはありますよ(笑)
けれども、これはほぼ日の事業内容の特性によるものなのかもしれませんが、Webで情報を発信して、自分たちが「おもしろい」「これはいい」と思うものを売り、結果がリアルタイムで分かる。つまり、自分の仕事と成果が直結している。気持ちの健全さを保ちやすい会社なのかもしれません。
これが大企業の場合だと、複雑な人間関係や、上司のご機嫌伺いもあるんだろうけど、そういうものはあまりありませんから。愚痴だけでは終わらない、それ以外の仕事の健全でクリエイティブな会話があるので、「淀み」が生まれづらいのだと思います。
石川善樹さんや尾原和啓さんら6人の「昼間のしゃべり場」
ー石川さんの著書を拝見して、篠田さんが「ISMOCK(雑談をする会)」というものを主宰されていることを知りました。どんな会なのか、詳しくお聞かせいただけますか。”イスモック”という呼び方で合っていますか?
合っています(笑) 別に、何か意味のある言葉というわけではないんですよ。カレンダーに参加者全員の名前を入れるのがまどろっこしいので、参加している人の頭文字を組み合わせただけなんです。
メンバーは石川善樹さんとゲームクリエイターの水口哲也さん、ITビジネスの権威でAI研究に取り組む尾原和啓さん、起業家で情報学研究者のドミニク・チェンさん、「cakes」や「note」を運営するピース・オブ・ケイクの加藤貞顕さん、そして私の6名です。
そもそものきっかけは、尾原さんが開いた20名くらいのカンファレンスにご招待いただいたことなんです。そこに加藤さんもいらしていて、「この人、めちゃくちゃおもしろいんですよ」と石川さんを紹介してくださって。
その後分科会形式になって、ドミニクさんからも「石川さん、おもしろいですよね」と同じ話題になって(笑) 確かに、ちょっと話を聞くだけでも膨大な知識に基づいた刺激的な話が止まらない。
その場だったか、その翌日かどうか忘れましたが、とにかく石川さんのおもしろさを体感したいから、ドミニクさんに「一緒に石川さんのところに押しかけませんか?」と声をかけて、加藤さんと尾原さんも巻き込んだのがスタートでした。石川さんのオフィスで、朝9時からあっという間に昼過ぎまで。
「笑いというものを理論化できるはずだ」などと、科学的なアプローチから説明してくれて、本当におもしろおかしくて。それで「また次回も」となって、尾原さんが水口さんを呼んで… というのが成り立ちです。
糸井重里さんいわく「昔のスナック」、知識のライブ会場
ー集まる頻度や時間、場所など、ISMOCKでは何かルールのようなものがあるのでしょうか。
もともとは月に1回… 今は少し落ち着いて、3、4カ月に1回程度のペースでしょうか。基本的には昼間の3時間くらいで設定して、お互いのオフィスに集まって、女子高生みたいにお菓子持ち寄って話すんですよ。「あ、これ美味しい!」「なにこのハーゲンダッツの新しい味、知らなかった」みたいな(笑)
このオフィスで行ったこともあるのですが、通りかかった糸井さんにも「これ、昼間にやってたの? 昔のスナックみたいなのに」と言われて(笑) 用事もなく、昼間に集まって。世間一般でいう勉強会とは少し違いますよね。
皆さんそれぞれ専門性があって、自らの関心事や専門分野を、専門外の人に話すのが得意な方々なんですよ。私はその中で、ただの「好奇心の強いオバちゃん」として(笑)、見たり聞いたりしている感じです。
ー「昼に行う」ということに、何か意味があるのでしょうか。
実は「たまには夜もいいよね」ということで、一度、飲みながらやったんですけど、同じメンバーなのに不思議と「飲み会の話題」になっちゃうんですよね。「学生時代にこんなことをした」とか、「妻へお土産にこんなものを買って帰ったら、意外と評判だった」とか。
昼間に集まる状況は、例えるなら、本を読んで新しい知識を得るのっておもしろいけど、それを「ライブ」でやっている感じ。昼だからこそ、頭もクリアに動いているんでしょうね。
私が「それ、どういうこと?」と聞くと教えてくれたり、「私が知っていることはこうなんだけど、どう解釈できる?」って聞くと、「それはこういうことかな」と話してくれたり・・・ 知識の輪郭に触れて、知的な刺激をスピーディーに味わっている感覚なんです。
ー毎回、何かテーマ設定をされるのですか。それに向けて、準備を行うこともあるのでしょうか。
そんな「気合い」とか「事前準備」とかないですよ(笑) 「あ、今日はISMOCKの日だな」くらいの感じで。
テーマめいたものが一応あるときもあれば、まったくなくフラットに話が進むときもあります。でも、それぞれ興味関心がはっきりしているし、常に何かしら考えて、実行を繰り返している。仕事の中で得た情報や話題、それぞれの経験談を持ち寄るので、おもしろいんですよね。
うまく説明できないんですけど、何か「プロトコル」が揃っているというか、自分の感じていること、知っていることを人に分かるように話すための作法が共有できているんでしょうね。大きくいうと理系分野の皆さんで、研究者も多いですが、「議論」や「論破」という感じではありません。
ー確かに、メンバーは学会など専門的な場だけでなく、講演など広く一般に開かれた場でもお話をされるような方が多いですね。
何か共通項があるとすれば、大きく「人間理解」ということなんでしょう。「人は何でよろこぶのか」ということに興味があって、それぞれアプローチが違う。
水口さんが「こんなゲームを考えている」とか、石川さんが「笑いを理論的に分解する」とか、それぞれ考えていることが口実というか、テーマになる。「ファシリテーション」はありませんね。それだと雑談になりませんし、フリーにやっています。
そういう意味では、私がいちばん専門性がなくて、ただの好奇心でドライブされている。「この場をうまく回そう」という意識なんて、まったくないんですよ。
あるとしたら、ほぼ日の中で得たものとリンクする感覚というか。常日頃から「コピーライター・糸井重里」の話も聞いているから、糸井さんが経験と直観で掴んだ感覚的なものと、彼らのサイエンティフィックな知識とが相似形を描く瞬間があるんです。「あ、それと似たようなことを糸井さんも言ってた!」みたいな。
ーISMOCKに参加されるメンバーを変えたり、追加されたりすることはないのですか。
今までは変わらずにやってきました。一度、ISMOCKでやっていることを糸井さんも交えて行ったのですが、グループダイナミックスが違ったんですよね。
みんなが「糸井さんはどうですか?」と聞く感じになって、それはそれで、私もいつもは聞かない糸井さんの話が引き出されて非常におもしろいんだけど、普段、加藤さんや石川さんなどから出てくるおもしろい話が少ない。そこに加わる力学が変化してしまうのだと実感しました。
他の人を呼んだこともありましたが、「ゲスト」という感じでした。水口さんは2回目からでしたけど、定着したのは、なんとなく相性がよかったのでしょう。淡々とおもしろい話をされます。尾原さんが仕事の都合上リモートで参加したこともあったけど、なかなかうまくいかなかった。お菓子食べながら、対面する・・・ というのがいいんでしょうね(笑)
終わった後にも延々、Facebookメッセンジャーで感想を言い合ったり、「こないだ話してた内容についてはこの本が詳しいよ」「この記事読んだ?」なんてシェアしあったりして。
メッセンジャーでは尾原さんが話題を提供してくれることが多いのですが、そこから「型とは」「守破離とは」「そもそも・・・」とか、物事の本質を問いなおすような話題もよく出てきますし、さらに「それ、マンガで言うとこの本ですね」と話がどんどん発展して・・・ 皆さん、つながりを見いだす能力が高いんだと思います。
ほぼ日とISMOCKに共通する「良い雑談」のカギ
ーISMOCKで得られた学びを挙げるとすれば、どういったものですか。
何か即物的に「こんな仕事に活かせた」というのは、そんなにありません。ほぼ日で石川さんと糸井さんの対談がコンテンツとして形になったくらいじゃないでしょうか。
仕事というよりも、世の中をより広く理解しようとしたとき・・・ 例えば「AIってなに?」みたいなことが、ISMOCKで得られた知識や理解が前提となって、タイムラインに流れてきた記事を読むと、「あ、これがこの前加藤さんが言っていたことか」と、より深く理解できる。
「人間理解」という抽象度で捉えれば、それは仕事にも活かされると思います。
ただ、確かに「人間理解」という抽象度で捉えれば、それは仕事にも活かされると思います。
私の感覚的には、いつでも連絡できて、「教えて」と言ったら教えてもらえる。何か頼まれたら、「よろこんで!」という関係性ができたことのほうが大きいかもしれません。具体的に何か頼んだわけではないけど、それだけの信頼関係ができた、ということですね。ISMOCKでの時間がなければ、そうはならなかったと思います。
ー率直に言いたいことを言い合えるというのは、それだけお互いを信頼しているということですよね。
「それ何?」と聞くことは、「知らない」ということをお互いに見せあっているわけです。先ほどプロトコルと言いましたけど、「俺はこんなこと知っているぜ」とひけらかすような、「どうだ!」というのはまったく感じないですね。「駆け引き」や「マウンティング」のようなものが一切ない。
メンバー一人ひとり、それぞれ各分野の第一人者です。「あの水口さん」「あの石川さん」・・・ ですよ(笑) 私だって冷静に考えれば、「尾原さんとお話できるんですか?」という感じですし、本当に運が良かったと思います。
本人たちが意図しようとしまいと関係なく、この場にはそういう「ひけらかし」がない。ただ純粋に、分からない問いに向かっているんです。その姿勢は、仕事にも通じるところはあるかもしれませんね。
ー読者がもし、社外に他人とフラットに意見を交わす場を作ろうとしたとき、ISMOCKのように錚々たる顔ぶれを揃えることは難しいかもしれませんが、どんなことがカギになるのでしょうか。
おそらく前提となるのは、「その人たちと一緒に話すのがおもしろい」という感覚がお互いにあることでしょうね。過剰に「人脈を得よう」「何かに役立てよう」ということではありません。
あと、「ほぼ日」での雑談と「ISMOCK」での雑談には、共通項があるなって。それは、雑談する人同士のプロトコルがそろっていることと、「どうだ!」というひけらかしが誰一人としてないこと。でないと、良い「雑談」になりにくい。
ーそれと篠田さんのように、「この人に会いたい」「もっと話を聞きたい」という気持ちに素直になるのもいいのかもしれませんね。
そうそう。目の前の仕事に直結する情報ばかり収集していると、視野がせまくなりますよね。人によっては、走ることで仲間が増えたり、活力を得たりしている場合もあるんでしょうけど、私の場合、それがISMOCKという雑談の会なんですよ。
仕事のルーティン的な作業よりもよほど頭を使っていますし、終わった後はぐったりするんだけど、逆にエネルギーをもらっている感じです。「はー、これでしばらく楽しく過ごせるわー!」って(笑)
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[取材・文] 大矢幸世、岡徳之