THE ZERO/ONEが文春新書に!『闇ウェブ(ダークウェブ)』発売中
発刊:2016年7月21日(文藝春秋)
麻薬、児童ポルノ、偽造パスポート、偽札、個人情報、サイバー攻撃、殺人請負、武器……「秘匿通信技術」と「ビットコイン」が生みだしたサイバー空間の深海にうごめく「無法地帯」の驚愕の実態! 自分の家族や会社を守るための必読書。
January 12, 2017 08:00
by 牧野武文
ネットスケープの快進撃の一方で、不穏な動きが起こっていた。マイクロソフトだ。ビル・ゲイツは、インターネットは科学者やエンジニアのものであって、一般消費者が使うものにはならないと考えていた。ところが、ネットスケープの動向を見ているうちに、ゲイツはその考えが誤りであることを悟った。ナビゲーターが好調にダウンロードされていく様子を見て、マイクロソフトは商用版NCSAモザイクのコードを買収した。これをベースにして、マイクロソフト版ブラウザーを開発するのは明らかだった。
1995年5月26日、ゲイツは有名な「インターネットの大津波」と題するメモをマイクロソフト役員に回覧した。
「この20年の我々のビジョンは簡潔に要約することができる。コンピューター性能の指数的な進歩が、優れたソフトウェアを価値あるものにするというものだった。我々の義務は、最良のソフトウェアを提供できる組織を構築することだった。次の20年は、コンピューター性能の発展は、コミュニケーションネットワークの指数的な進化に凌駕されてしまうだろう。このふたつの組み合わせが、我々の仕事、学習、娯楽に根本的な衝撃を与えていくことになるだろう……」。
こうして、マイクロソフトはインターネットを最優先することに舵を切った。
本気を出してきたマイクロソフトに対峙したネットスケープは、意外に脆かった。マイクロソフトのインターネットエクスプローラー(IE)は、ブラウザーではあったが、Windowsの一部でもあった。最初にCSSに対応するという意欲的な挑戦をしただけでなく、マイクロソフト独自技術であるActiveXにも対応した。その結果、これまでのウェブが「静的なワープロ書類」レベルにとどまっていたのに対して、IEでは「動きのある多彩な表現力をもったページ」が表示できるようになったのだ。
しかも大ヒットとなったWindows 95の、拡張パック(Microsoft Plus!)に同梱され、一気にIEを使う人が増えていった。特にカタログや広告的なコンテンツをウェブで表現したい小売店は、IE対応のウェブを公開していった。CSSやActiveXを駆使したウェブは、ナビゲーターから見ようとするとアラートが表示されたり、表示が崩れてしまうよう。
Microsoft Plus! for Windows 95に含まれた「Internet Explorer 1」 Photo by Wikipedia
しかし、この戦いでネットスケープが敗北した最大の理由は、体力差だった。マイクロソフトは数百人体制でIE関係の技術を開発していたが、ネットスケープは数十人体制だった。しかも、ネットスケープのUNIX、Linux、Mac、Windowsというマルチプラットフォーム戦略が裏目に出た。それぞれのバージョンを開発しなければならず、ただでさえ少ない戦力が分散してしまったのだ。一方で、マイクロソフトは、後にMac版などもだすが、当面はWindows版に集中することができた。
あれだけ頻繁にアップデートされていたナビゲーターは、IE登場以降、まったくといっていいほど進化が止まってしまった。
IEと激しいシェア争いをしている最中、ネットスケープは方針転換をした。ナビゲーターにメール機能やニュース(インターネット上の掲示板)機能をつけて、コミュニケーターと名前を変えたのだ。普通の人が、インターネットで利用するサービスをオールインワンで取り込もうとした。
これは大きな判断ミスだった。いったい誰のためのソフトウェアなのかが、きわめて曖昧になってしまった。ナビゲーターは本来、先進的なネットユーザーに受け入れられたソフトウェアだった。シンプルで軽快で、マウスでクリックするだけでさまざまな情報が引き出せる。このような先進的なユーザーは、もちろんメールやニュースの機能を使っている。しかし、メールやニュースはテキストメッセージを基礎にしたサービスで、当時すでに時代遅れになりつつあった。メールは今でも使われているが、確実に届いたのかどうか確認する方法がない、相手が開封したかどうかを確認する方法がないなどの大きな欠点を抱えている。それでも、今でも使われているのは、メールソフトがさまざまな工夫を取り入れているからだ。サービスそのものは単純なテキスト交換サービスにすぎないが、それをメールソフトの工夫でさまざまな活用ができるようにしている。
そのため、当時から先進的なユーザーは、先進的なメールソフトを注意深く選んでいた。コミュニケーターのメール機能が必ずしも最適ではなかった。そういう人にとっては、コミュニケーターのメール機能は無用の長物にすぎない。しかし、そのようなお荷物を抱えているコミュニケーターは、肝心のブラウザー機能の軽快さが失われてしまった。
IEにシェアを奪われてしまい、ネットスケープは追いこまれていき、風前の灯といってもいいほどシェアを落としていった。IEは最盛期にはシェア90%を超えていたのだ。追いこまれたネットスケープが、逆転の策として打ち出したのがオープンソース戦略だった。ナビゲーターとコミュニケーターのソースコードを公開してしまおうというものだった。
インターネットが普及するに従い、ソフトウェアは個人や企業が所有するCPUの上で動作するものよりも、ウェブサーバー上で動作するものが増えていった。ユーザーは、さまざまなサーバー上で動作するソフトウェアを遠隔地からアクセスして利用するようになっていった。
それにともない、知らず知らずのうちにソフトウェアはオープンソース化していった。たとえばウェブはオープンソースだ。ウェブは、HTMLというマークアップ言語で記述されている。ブラウザーの役割は、このHTMLのコマンド行を読みこみ、それを解釈し、対応した表現をおこなっていくことだ。HTMLの「ソースコード」は、多くのブラウザーで「ソースを表示」を選ぶと見ることができる。ウェブがオープンソースであることで、従来のソフトウェアや知的財産とはまったく違った文化が生まれた。それはウェブが、一種の共有財産とみなされるようになったのだ。
デザイン的に優れたウェブがあったとしよう。ウェブデザイナーは、まず「ソースを表示」を実行して、そのデザインがHTMLでどのように実現されているのかを学ぶ。そして、自分がつくらなくてはならないウェブに応用していくのだ。それどころか、HTMLをコピーして、自分のウェブに組みこんでしまう安直な人もいた。
このようなHTMLの「剽窃」は、厳密にはオリジネイターの知的財産権を侵害している。しかし、それが大規模なものでなければ、いちいち調べるのも手間がかかるし、多少のことには目をつぶる文化ができあがっていった。
それで何が起きたか。互いにウェブを剽窃し合うので、ウェブのデザインは急速に進化するようになったのだ。ウェブデザインなど、すでに熟しているように見え、これ以上の進化はないように見えるが、そんなことはない。現在でも猛烈に進化し、ユニークなデザインが登場すると、あっという間に真似をされ、広まっていく。それがユーザーにとって、使いやすかったり、快適に感じられたりするのであれば、誰も「剽窃」を問題にしたりしない。
Javaも実質オープンソースだ。Javaは他のプログラミング言語と同じように、ソースコードをコンパイルし、実行形式にしてウェブに組みこむ。ところが、この実行形式は完全なバイナリーではなく、中間言語のような形態をとっている。そのため、実行形式を逆コンパイルすれば、簡単にソースコードに戻すことができる。HTMLと同じように、ウェブデザイナーたちは面白い試みをしているJavaの実行形式を逆コンパイルし、ソースコードを表示させて、どのように実現しているのかを学ぶ。HTMLと同じように、Javaの表現も猛烈な速度で進化してきたし、今でも進化し続けている。
ある人は言う。科学技術の知的財産や特許権を廃止して、発明したものはただちに人類の共有財産とするのはどうだろうかと。ウェブと同じように、科学技術は猛烈に進化し始めるだろう。「そんなことをしたら、発明や開発のモチベーションが失われて、進歩が停滞してしまう」と批判する人もいる。しかし、新たなウェブデザインの開発は、モチベーションがまったく失われておらず、ウェブデザイナーたちは今でも新鮮なデザインを求めて、努力を続けているのだ。これをどう説明したらいいだろうか。
ナビゲーター、コミュニケーターのソースコードを公開してすれば、なにが起こるかはわからないが、何かが起きるはずだ。ネットスケープはそう考えた。Linuxのように、多くのエンジニアがソースコードを見ることで、新たな展開が生まれることが期待できる。ナビゲーターの一部を自社ソフトウェアに組みこむところも現れてくるかもしれない。ネットスケープは決断をした。
しかも、実施は急がれた。やるならやるで早くやらなければ、ネットスケープ自体が倒産してしまう可能性があったからだ。「ナビゲーターを完全無料とし、コミュニケーターも次期バージョンよりソースコードを公開する」と発表したのは、1998年1月。その決断をしたのはわずか3ヵ月前だった。
(その11に続く)
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