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精神科医・松本俊彦のこころ研究所

コラム

松本俊彦さんインタビュー(1)ASKAさん逮捕 薬物依存症は犯罪なのか、病気なのか

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松本俊彦さんインタビュー(1)ASKAさん逮捕 薬物依存症は犯罪なのか、病気なのか

 病気で苦しんでいる人には支援の手を差し伸べる――。良識ある社会人なら当然のこの態度が、なぜ薬物依存症の患者にはなかなか発揮されないのだろう。先月末、ミュージシャンのASKAさんが覚醒剤取締法違反(使用)で逮捕された時、私たちは、薬物の影響で正常でないように映った姿を見て、彼を罵倒した。犯罪はそれ自体決して許されるものではないが、自分1人では抜けられない穴の中でもがいている人の姿を“消費”するこの社会には病的なところはないのか。ヨミドクターで 「精神科医・松本俊彦のこころ研究所 」を連載中の国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんに、私たちは薬物依存症とどう向き合うべきなのか、お話を伺った。(ヨミドクター編集長・岩永直子)

 ――ASKAさんに限らず、元俳優の (たか)()東生(のぼる) さん、元プロ野球選手の清原和博さんら有名人が違法薬物で逮捕される時の報道のあり方について、専門医としてどこが問題だと考えていらっしゃるのでしょうか?

 「マスメディアの報道の前に、警察のやり方もひどいと思っています。清原さんの時もそうでしたが、事前にメディアに逮捕するという予告情報を漏らしていますよね。とにかく、報道が盛り上がるようにして、あわよくば、一般の人が一番見る夜のニュースの時間帯に一斉報道されることを狙っています。あれは何のためにしているのでしょうか。もしかしたら、薬物乱用の抑止効果を狙って、『薬物を使ったら、こんな辱めに遭うよ』と伝えたいのかもしれませんが、僕自身は、あれは組織の存在感を示すためなのではないかと勘ぐりたくなります」

 ――逮捕がきっかけで、治療につながることはないのですか?

 「もちろん、僕らの専門外来にも、警察に逮捕されたことがきっかけで病院に来る人はいます。ただ、薬物の犯罪は警察だけでなく、厚生労働省の麻薬取締官に逮捕される人もいて、私の印象では、警察の場合はただ逮捕するというパターンが多いのに対して、麻薬取締官は逮捕とともに回復のための社会資源に関する情報を提供している場合が多いように思います。薬剤師資格を持っている人が多いということもありますが、犯罪ではあっても、ただ罰するだけでは問題は解決しないということを知っているからです。一方で警察は、今回のASKAさんに関して言えば、正式な薬物使用の鑑定結果が出る前に情報を漏らし、それならば早く身柄を確保すればいいのに、6時間ぐらい“泳がせて”いました。その間、ASKAさんはブログを更新したり、テレビに出演したりしています」

 ――その報道では何が問題だと感じましたか?

 「逮捕直前に出た情報番組では、司会が『そうは言っても薬を使ったんでしょ?』と決めつける、ずいぶん失礼なやり取りをしていたそうです。また、芸能リポーターが勝手にASKAさんの未発表曲を放送で流すなど、かなりひどいことをしています。何より、情報番組で放映された言動もブログの言葉も、多少ともメンタルヘルス問題に関心がある人ならば分かる妄想的な内容で、病的な状態にある人の醜態をなぜこれほど社会にさらすのかという気がしました。本当にASKAさんが覚醒剤を使っていたかは私には分かりませんが、あの状態から想像すると、最近まで真面目に使うのをやめていたのではないかという気がしています。頑張ってやめていた人が、ついうっかり久しぶりに使うと、ちょっと使っただけでああいう状態になってしまうことがある。追跡や盗聴をされているという妄想がひどくなって、怖くなって警察に助けを求め、そこで採尿されて“自爆逮捕”されるという典型的なパターンです」

 ――タクシーの車内での様子も放映されていましたね。

 「盗撮ですよね。それがテレビ局で放送されたり、自宅に報道陣がたくさん詰めかけて車をボコボコにされてしまったりして、その様子も放映されました。薬物事犯はよく“被害者なき犯罪”と言われますが、『いやいや家族は迷惑している』と指摘する人もいます。確かに家族は迷惑を受けますが、報道陣がこうやって騒いで、自宅に押しかけるから迷惑がかかるわけです。家族はもちろん、裏切られたという思いで傷ついていると思いますが、それに輪をかけているのがマスメディアなのではないかと思います」

 ――こうした報道のあり方は、本人の回復には害を与えているのでしょうか?

 「覚醒剤取締法の再犯率がなぜ高いかというと、それは薬物依存症という病気だからであって、病気は罰しただけでは解決する問題じゃないのです。犯罪であると同時に、病気であり、容疑者は病者です。病者の人権という観点から考えて、警察やマスコミのあり方は本当に妥当なのかと問いたいです。例えば、暴走行為をして交通事故に遭ったとしましょう。ドライバーが 瀕死(ひんし) の状態にあるのに、みんなで寄ってたかって、誰も助けもせずに、苦しがっている表情を写真付き携帯メールで撮っている、そして、揚げ句の果てに、『暴走していると、こうなっちゃうんだよ』と瀕死のドライバーを責めているという状況を、今回の事件報道からは 彷彿(ほうふつ) とさせられます」

 ――今回の報道が、本人や社会にいる患者さんに与えた影響はどのようなものなのでしょうか? あの報道から依存症の患者さんはどういうメッセージを受け止めたと見ていらっしゃいますか?

 「患者さんは、実際に『苦しい』と言っています。『自分が批判されているような気がする』とつらい思いをしています。今、一生懸命頑張って回復しようと努力している人たちです。テレビのニュース番組のコメンテーターが何か言う度に、『自分の生き方を批判されている気がする』と言って、頑張る気がしょげてしまう。さらに、著名人が逮捕される度に、番組の中で繰り返し覚醒剤の注射器や粉の映像が出てきますから、『それを見る度に、虫が湧く。欲求が入る』と言っているのです。そこで再び使う人も出てきてしまう。世の中、楽しんで使っている人ばかりじゃなくて、苦しみながらやめようと頑張っている人もいます。マスメディアは何の権利があって、その人たちの足を引っ張るのかと思います」

 ――コメンテーターはよく「厳しく罰した方がいい」という内容のコメントを言いますね。それは回復には逆効果なんですか?

 「役に立たないし、害があります。特にテレビは一般の方たちに影響力が強いので、ますます薬物依存者に対する社会の偏見が強まって、『あいつらは回復できない。もう奈落の底に落ちるだけだ』と排除されていくのです。タレントのテリー伊藤さんも『音楽をやめるか、人間やめるか、死ぬか』などと極端なことを言っていましたが、薬物で失敗した人は、どんなに才能があっても社会復帰してはいけないというメッセージとして捉えられる恐れがあります。もちろん薬物を使ったことは日本では犯罪ですが、それをもって、その人のこれまでやってきたことや才能が全否定されるものではありません。世界的なミュージシャンであるデビッド・ボウイやエリック・クラプトンだって若い時に薬にはまり、その後、治療を受け、また活躍しました。それから、最後まで薬をやめられなかったけれど、みんなが好んでその音楽を聴いているミュージシャンだってたくさんいます。それはそれ、これはこれだと思うんです。薬のおかげでいいものを作れたわけではないのですから」

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松本 俊彦 (まつもと・としひこ)

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長

 1993年、佐賀医科大学卒業。横浜市立大学医学部附属病院精神科助手などを経て、2004年に国立精神・神経センター(現、国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所 司法精神医学研究部室長に就任。以後、同研究所 自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

 『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『もしも「死にたい」と言われたら――自殺リスクの評価と対応』(中外医学社)、『よくわかるSMARPP――あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存臨床の焦点』(同)など著書多数。

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1件 のコメント

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正論な先生

くま

テレビの報道の在り方、司会、コメンテーター、専門家にはいつも一方的な内容で疑問でした。 先生がおっしゃる事をもっと拡めてもらえませんか? 日本の...

テレビの報道の在り方、司会、コメンテーター、専門家にはいつも一方的な内容で疑問でした。
先生がおっしゃる事をもっと拡めてもらえませんか?
日本の報道、警察、専門家は古典的で、外国の良い情報を取り入れ、改正する必要があります。
推定無罪の段階で、異常な報道をしたマスメディアは正義だとでも思っているのでしょうか?
テレビ局に依頼された専門家も街頭のインタビューもいつも同じコメント。
テレビ局の都合に操られているとしか思えません。
先生のように、薬物の広い視点からの意見、事実からかけ離れ異常に膨らんだ報道姿勢の改善を願います。

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